※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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<オリジナル話・1>

歓迎会の夜【3】


 ソファに座る鳥貝も、その膝枕に身をゆだねる百合子も、夏目という大切な兄の存在を感じられるその空間の中にあって、夏目に優しく見守られているように感じていた。互いの存在を感じながら夏目の存在も感じていた。今はもう言葉を交わすことも、その温もりを感じる事も適わない夏目が、すぐそばでふたりを優しく見つめている気がした。
 夏目とともに育った弟同然の百合子と、血を分けた妹の鳥貝。
 夏目を知るもの、夏目の血を分かつもの。
 ふたりをめぐり合わせたのは、夏目だった。ふたりの心をつなぎあわそうとしてるのも、きっと夏目だ。
 けれど、百合子も鳥貝も例え夏目という存在がなくても・・・・・・いや、例え死を免れて、今現在温もりをもって夏目が存在していたとしても、惹かれあっていたのかもしれない。
 「運命」という通俗的な言葉がそれに当てはまるかどうかは分からないけれど、人と人との縁とはそういうものなのだろう。
 ミス・ノーラが洗いこまれたベットカバーの上で大きく伸びをした。
 言葉もなく、伝わる温もりと鼓動と吐息で互いの存在感を実感し、また失われたはずの夏目の息吹を空間の中に感じていたふたりは、ゆっくりとまばたきをした。
「・・・・・・もう、0時になっちゃいましたよ。」
「だな・・・・・・、でも、もっと、こうしていたい。朝まで・・・・・・、」
 百合子は自分を覗き込む鳥貝の頬を引き寄せて、キスをもとめようとしたけれど。
 トントンと、扉を叩く音がした。
 正確には、開け放たれた扉を叩く音、だ。
「ごめん。無粋な事はあまりしたくないんだけど、春海ちゃんの事が心配で、一応。」
「疲れきっている女の子を、これ以上疲れさせるのは感心しないから。」
 安羅と白熊が顔を出した。
 一時間近くも帰ってこない百合子と鳥貝が何をしているか・・・・・・の、論争が酒をたしなんでいた男たちの間でおきたのはほんの数分前。「いい所なら邪魔をしたくない。」の寛容な意見が一、「出会って4日目では早すぎる。」「かわいい妹に手を出すなんて、お兄さんは許しません。」「まだ春海ちゃんには純粋でいて欲しい。」の意見が三。多数決による即決で、ふたりの様子を見に来た次第だ。ちなみに、出会って4日目云々と主張した男は、出会ったその日にでも平気で手を出せる神経の持ち主である。夏目の云う所の「女性にとって好ましからぬ性癖を持つ者」のひとりだ。
 キスの手前で寸止めを食った百合子はむっとした表情をしたが、鳥貝は膝枕状態を見られただけでも恥ずかしかったらしく、慌てて立ち上がった結果として、百合子が床の上に転がった。
「まぁ、無事なようで良かった良かった。百合子は下に連れて行くから、春海ちゃんはもう休んでくれていいからね。」
 床に転がったまま不貞腐れている百合子を手招いて、立ち去ろうとする安羅を鳥貝は引き止めた。
「あの、私ももう少しの間だけでいいんで、皆さんの所に行ってもいいですか?」
「うん? 別に、いいけど。皆、まだそれほどアルコール回っていないと思うし。でも、春海ちゃんは疲れてるんじゃないの?」
「皆さんに云いたい事ができました。どうしても今、云っておきたいので。」
 鳥貝の笑顔と強い眼差しに安羅は目を細めた。彼も出合って4日で鳥貝の何を知っているわけではないけれど、この小一時間の間に彼女の内面にすっきりとした芯が通ったような気がした。
「じゃあ、おいで。歓迎会の続きだ。」


 居間には、一時間前とほぼ変わらない光景があった。
 男たちはあまり酒の肴は口に入れないらしく、テーブルの上には空になった酒瓶が少し増え、グラス、アイスペールが整然としてあった。様子を見に来なかった時屋と多飛本も一時間前と変わらない状態で酒に口をつけていた。
「春海ちゃん、無事だったみたいだ。よかった。」
「なんだ、まだ寝ないのか? ゆっくり眠るには百合子が邪魔だろうから、どの道連れ戻しには行くつもりだったが。」
 鳥貝を見て、ふたりとも笑いかける。
 実の兄はもういない。けれど、兄のような存在ができた。一度にたくさん。
 兄と共に時間を過ごすことはできなかったけれど、兄ともいえる彼らと共にこれからしばらく時を過ごすことは、きっと鳥貝に兄と過ごす楽しさと喜びを与えてくれるだろう。彼らが迷惑でさえなければ、彼らを兄と慕いたい。
 鳥貝の後から階段を下りてきた百合子が、素早くふたりがけのソファを陣取って鳥貝を手招きした。今までそこに座っていた白熊が、やれやれとでもいうように肩をすくめて、自分のグラスを持ってソファを移動する。姿を消した安羅は・・・・・・多分、台所だ。
 すみません、と白熊に軽く会釈して、鳥貝は百合子の隣に座った。
「で、もしかして、何か話でもあるのかな?」
 多飛本が鳥貝の真剣な表情を察して、グラスを置くと、真っ直ぐに彼女を見据えた。アルコールが入っているなんて思えないくらいに普段通りの顔色と口調。
「はい。」
 鳥貝は、真剣な表情から深く息を吸い込んで、微笑む。
「皆さんに聞いた欲しい事ができました。」
 丁度台所から戻ってきた安羅が持ってきたグラスが鳥貝の前に置かれた。琥珀色の炭酸水。
「うっかり忘れてたところ、さっき思い出した。ちょっと漬かり過ぎてるかもしれないけど・・・・・・、」
「ああ、夏目のか?」
「そう。入院する前に漬けてたヤツだから、2年もの。炭酸水の割合高めたから、春海ちゃんでも大丈夫だと思うよ。」
 兄の漬けてた・・・・・・何だろう、と思ったけれど、皆に話の前に、と飲むように勧められて口をつけた。
「杏・・・・・・、」
 甘くてかすかに酸っぱい杏の味がした。鳥貝の郷里の果物で、なじみのある味だ。しかも、酒精が含まれる。
 未成年である鳥貝だが、この年頃のほとんどの人間がそうであるように、少々のお酒のたしなみはある。強いか弱いかを判断できるほどの量を飲んだことはないにしろ。
「夏目秘蔵の杏酒。梅酒と同じ要領で造るらしい。」
「前の杏酒は夏目にふるまわれて皆で飲んだんだけどね、これは・・・・・・手をつけるのが勿体無くて、そのまま保存してあったんだ。君に飲んでもらえるなら、いいだろう。」
 懐かしい杏の味は、郷里にいる頃は当たり前のものだった。昨日も郷里に帰ったばかりだったし、まだこちらに出てきて一ヵ月も経っていない。けれど、懐かしい郷里の味と、兄の姿が不思議と重なって感じられた。
 懐かしくて、愛おしい。郷里を感じるように、兄を感じる。
 鳥貝はグラスの半分ほどの杏酒を喉に通した後、アルコールのせいか少しばかり高揚した気持ちになって、白い封筒をテーブルの上に置いた。
「皆さんに、読んで欲しくて。」
 白い封筒に書かれた宛名書きの文字だけで、皆にはそれが誰による手記か分かったらしく、年長者の多飛本が最初にそれを自分の手元に引き寄せた。
「君宛のものらしいが?」
「わたしはもう、読みました。兄さんからの気持ち、受け取りました。皆さんにも、兄さんの言葉を知っておいて欲しくて。」
 鳥貝は胸元を押さえて云った。鳥貝の心の中にはもう、兄夏目の姿があるという事だ。
 ほんの少し前まで、夏目の存在に戸惑ってさえいた鳥貝の今のこの様子は、男たちにとっては嬉しい変化だった。
 誰も口に出す事はなかったが、愛する親友を、その妹である彼女にも愛して欲しいと願っていたのだ。
「そうか・・・・・・わかった。」
 多飛本は唇に微笑を浮かべて、封筒から便箋を取り出し、数枚のそれに目を走らせた後、今度ははっきりと笑った。
「あいつらしい。実に。」
 微かに目じりに涙が浮き上がって見えたが、それを悟られまいとするためか、天井を仰いで目を閉じてしまった。
 手紙は安羅の手に渡っている。
 安羅は一読後、声を出して笑い「らしいな、さすがだ。」と、呟いた。
 時屋、白熊、と夏目の手紙は男たちを一巡した。
 みな、笑っている。誰もが手紙の中に懐かしい夏目を見出したようだった。
「女性に好ましからぬ性癖・・・・・・って、誰だよ。」
 夏目がその性癖を持つ人物として真っ先に名指ししそうな人物が口を開いて、時屋と百合子の顔を見た。
「おれは、相手は選ぶ方だ。見境はあるぞ。」
 時屋が呆れたように云い、
「今は春海一筋だし、好みで云えば女より男のが好きだ。春海は特別。」
 云いながら、百合子が鳥貝の肩を引き寄せた。一瞬間だけ百合子の胸の温もりを感じた鳥貝だが、すぐに百合子の手を肩からはぎ落として、近づこうとしていたその整った顔をえいや、と掌で押しやった。
 なかなのあしらい術。
「この様子だと、女性に好ましからぬ性癖を持つ人間が周りにいても安全そうだな。春海ちゃんにとってその最たる者のあしらいにも慣れてきているようだし。・・・・・・安羅、夏目の心配事を増やすんじゃないよ?」
 白熊がいい、夏目が名指ししようとしていた男は「え〜?」と不満そうに云った後、くすくす笑った。
 このひと時は、まるでかつてのあの日・・・・・・夏目がいて皆がいた、当たり前に続くと思っていた楽しい日々の一日。その日が再びやってきたようだった。
 夏目はもういないけれど、夏目というその存在がここに確かに在った、そしてこれからもずっとみなの心の中に在り続ける。
 賑やかなひと時に、鳥貝も心から笑った。
 コップ一杯の杏酒を飲みきったあと、改めて鳥貝は云う。
「みなさんに、あらためて云いたい事があります。」
 アルコールで、杏のように頬を染めた鳥貝が皆の顔を見回した。
「わたしをこの寮に迎え入れてくださって、ありがとうございます。そのために、色々気を使っていただいた事にも、深く感謝しています。」
 頭を下げる鳥貝に、皆は気にする必要のない旨の言葉を向ける。
「ほんの少し前まで、兄夏目は私にとっては幽霊そのものの存在でした。目に見えないのに、そこに在る。あるいは恐れさえ感じるような。でも、今は・・・・・・兄はわたしの心なかにいます。しっかりした存在感で。幸せな想いとか、優しさとか・・・・・・そんなものを伴って、わたしの中にいてくれます。けれど、皆さんが知っている数パーセントもわたしは兄の事を知らない。兄との想い出をほとんど持たない。だから・・・・・・皆さんの中に兄を探すことを、許してください。皆さんと生活する中で、兄との生活を思い描く事を許してください。皆さんを自分を構成する要素だと云う兄だから、きっと兄の心の欠片みたいなものが皆さんの中にあると思うんです。それを、これから・・・・・・どれくらいの時間がかかるか分かりませんが、せめてこの寮にいる間だけでも、探させください。可能であるならば、探す手伝いをお願いします。もう、兄との想い出は作れないけれど、兄の想いを沢山、心に持っておきたいから。だから、宜しくお願いします。」
 再び頭を下げた鳥貝の、頭をくしゃっと撫ぜたのは百合子だった。
 けれど、皆鳥貝に同じような行動を示したかったに違いない。頭を撫ぜない代わりに、多飛本から始まって、全員が拍手をした。
 それは鳥貝が、亡き夏目が望みうる最良の形でこの寮の住人となった証だったのかもしれない。
 顔を上げた鳥貝は、全員の笑顔を見回して、赤い顔を満面の笑みに崩した。まだ幼さの残る少女の顔が、杏の花のように鮮やかに花開いた。この寮にやってきた新たな居住者が、心からの笑みを浮かべたのは、それが初めてだった。これが、ここにいる全員に、彼女が心を開いた瞬間だ。
 そして、ふっと力が抜けた事を酒精とここ数日の疲れが後押しして、鳥貝は倒れこんだ。
 勿論、横にいた百合子が彼女の支えを怠るわけがなかったけれど。
「春海?」
 ふらっとした鳥貝の身体を支えて、完全に力が抜けた彼女を自分の方に抱き寄せながら、百合子は鳥貝の顔を覗き込んだ。
 真っ赤な顔で、でもまだ唇に笑みを浮かべながら、寝息を立てている。
 百合子はその子供のようなあどけない寝顔に、吹き出し笑いをした。
 あまりに、かわいかったからだ。
「百合子・・・・・・、ステイ。」
 傍に座っていた時屋が、眠る鳥貝の唇を奪いそうな百合子の額をビシリと叩いて止めさせた。寝ているとはいえ、人前でキスは止めた方が良いだろうとの配慮だ。
「ま、疲れてたんだろうな。よく頑張ったよ、彼女。慣れてきたとはいえ、ぼくたちといる時は少なからず緊張し通しだったみたいだから。」
 ソファから立ち上がった多飛本が、鳥貝の傍まで歩み寄って、その寝顔を見て微笑んだ。
「事前に話し合ってはいたけど、女の子がひとり入るんだ。また、色々と不文律も付け加えないといけないよね。・・・・・・特に、百合子、」
「と、安羅と時屋も。」
 安羅の言葉尻に白熊が言葉を被せた。安羅は何か云い返そうとして、息を吸い込んでから、言葉を出さずに息を吐き出して、呟いた。
「はいはい。絶対に彼女には手を出しませんよ。ぼくだって、意識的に女の子をひっかける事は稀なんだけどね、これでも。だから、彼女が勝手にぼくに惚れたとしても・・・・・・、」
「や、それはない。春海はおれのもんだし。」
 寝入る鳥貝を抱きしめながら百合子が云う。
「安羅はともかく、百合子が春海ちゃんと付き合うのは別にいいんだけどね、彼女が自分でそう望んでいるみたいだし。ただ、今まで女の子の宿泊を不可にしてきたように、そういった繊細な部分を共用の場で晒さないようにして欲しいわけだ。つまり、やるなら上手くやれ、と。」
「共用スペースでいちゃつきすぎるのは厳禁。風紀が乱れる。一応おれらだって、ここに彼女を連れてきた事はないんだから。」
 白熊と時屋が云い、多飛本が笑う。
「そもそも、この鳥貝はそう簡単に百合子といちゃつくタイプには見えないけれどね。彼女は百合子とは違って倫理観をしっかり持っている。そういう事はあえて云う必要もなさそうだけど。」
「だからこそ、百合子の方にはしっかり云っておかないと。春海ちゃんが、苦労する。」
 安羅の言葉に、確かに、と頷く声数名。
 百合子はむっとして何か云い返そうとはしたけれど、完全に眠りの海に落ちている鳥貝が抱き枕とでも勘違いしたのか、百合子の身体にしがみついてきて、気勢をそがれた。
「・・・・・・やべ、かわいすぎ・・・・・・、」
 火照った鳥貝の頬に手を添えて、にやける百合子を見て、男たちは彼女の幸先を案じた。 とんでもない男に惚れられて、また惚れてしまったものだと。
 男たちは、付き合いが長い分、百合子のこれまでの行状はよく理解しているのである。
 そして、夏目の手紙の内容を思い起こして、百合子だけは止めて置くように書いて欲しかった、とも思うのであった。・・・・・・もっとも、夏目も百合子には甘い部分が多々あったものだから、今のこの状況を見れば、むしろ喜んでいるのかもしれないけれども。
 夏目の妹は、今日から皆の妹となった(百合子以外の)。
 これから彼女を見守り続けていくのは、兄である彼らなのだ。だから、百合子が彼女を不幸にするような状況になった時、彼女の兄の立場から、百合子に制裁を下す事も可能という事になるのだろうか。妹を不幸にする男を、兄が許せるわけがないのだから。
 眠りに落ちた鳥貝を部屋まで運ぶのは当然百合子ではあるが、何人かの男がそれに付き添った。百合子の事だ、彼女を部屋に運び込んだ後、パジャマに着替えさせようとしたり、添い寝をしようとしたり、しかねない。
 実際、横抱きに抱えた鳥貝を部屋まで運び込み、ベットに横たえて布団を被せた後、百合子が、眠る彼女にキスをしようとしている所を止めなければならなかった。キスくらいいいだろ、との百合子の言葉はもっともであるが・・・・・・目の前で妹に手出しされて喜ぶ兄は、どこの世にもいないものだろう。
 鳥貝がよく眠っているのを確認した後、ぐずる百合子を鳥貝の部屋から連れ出して・・・・・・男たちは、朝まで、新たな入居者「妹」についての不文律を語らい続けた。


 この日から、鳥貝は新たに4人の兄と、一応の恋人をもつことになる。 
 きっと鳥貝にとって、この春からの生活は、人生でもっとも忘れられない数年となる事だろう。



おわり