※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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| <オリジナル話・1> 歓迎会の夜【1】 その日、歓迎会は夜遅くまで続いた。 主賓の鳥貝は勿論、一応の未成年である百合子にもアルコールはふるまわれなかったし、途中までは成年の面々もアルコールは控えていたが、午后11時を過ぎた頃からブランデーやワインのビンが登場しはじめた。安羅いわく、大人の時間になったからだそうだ。 とはいえ、この寮の男たちは己の節度をわきまえている正しい成人らしく、各々自分の度を越えない量と速度で酒を喉に通していた。見たところ、白熊はあまり酒に強いほうではないらしく、ワインをグラス二杯ほど空にする頃には、ワインと同じ顔色になっていた。まだ思考能力はあるようだが。時屋はハイペースでワインを煽り、それでも顔色ひとつかえない。百合子の説明によれば、時屋は倒れる寸前まで顔色を変えないため、限界が掴みにくいらしい。また、多飛本は酒による酩酊を好まないらしく、グラス一杯のブランデーで少しずつ唇を濡らす程度の飲み方をしている。安羅も自分の限界を理解しているのか、ほどよくブランデーを煽っている。 鳥貝は自宅で折節に催される小規模な宴会の席で、親戚や近所の男たちが酒を煽って大騒ぎしている様を思い出し、都会の男はやはり違うのだな、と感心していた。おそらく、ここにいる面々が少々特殊なだけだろうが、鳥貝が気づくはずがない。 全てが明らかになった今だから、話題にはつきなかった。 鳥貝がいまだ複雑な感情を持っている兄・夏目のことも話題に上ったが、鳥貝はそれにいちいちどう反応していいのか実は戸惑っていた。兄への感情をまだ整理しきれていない鳥貝を男たちは理解し、自分たちを通しででもいいから、少しずつ整理をしてくれていい、と言葉にした。ありがたかった。 もっとも約一名は、この歓迎会の席を不満に思っているらしく、いちいち鳥貝にちょっかいをかけては誰かしらに窘められていたのだが。 「おれもここに住もうかな。」 「部屋はもうあいていないぞ。」 「おまえとルームシェアは御免こうむる。」 「ターシャはどうするんですか?」 「というか、何時までいるつもりだ? 終電なくなるぞ。」 「泊まっていってもいいが、今晩はここで寝るんだな。」 つぶやいた一言に、他の全員が言葉を被せた。 要するに、寮に住まないのに歓迎会に参加している一名、百合子が不平不満をためていたらしい。 今までも寮に泊まる事があったが、だいたい夏目の部屋にだった。けれど、今夏目の部屋は鳥貝の部屋となり、さすがにそこに百合子が泊まるわけにもゆくまい。 「今晩は泊まるよ。こんな時間にひとりだけ帰るのもわびしいだろう。それに、ターシャの散歩はおふくろがしてくれるさ。」 「・・・・・・まぁ、どうせおれたちは、朝までこうやって飲んでいるつもりだからな。おまえもシラフで付き合えばいい。」 多飛本が云い、安羅がつづける。 「百合子は構わないけど、春海ちゃんはもうそろそろ寝なよ? ここ数日、色々ありすぎて疲れただろう。荷物の片付けは、明日手の空いている者も手伝うし、」 「春海ちゃん?」 安羅のその呼び方に、まずは百合子が反応したが、当の鳥貝も目を丸くした。 「女の子相手に、鳥貝、だなんて呼び方、味気ないだろう? せっかく、かわいい名前があるんだ。名前で呼んだ方がいいじゃないか。もちろん、春海ちゃんがいやでなければ。」 アルコールのせいか少し潤んだ瞳で鳥貝をふりかえって、意見を求める。TK大最悪の女たらし、との二つ名の意味が理解できる。鳥貝は少しだけどきりとした。 名前を呼ばれることは、いやなわけではない。ちょっと、こそばゆいだけ。鳥貝は照れ笑いしながら、構いませんよ、と口にした。 時屋と白熊も安羅同様に「春海ちゃん」と呼びかけてきた。多飛本は。 「ファーストネームで呼ぶのは、どうもぼくの性にはあわないな。ぼくはひきつづき鳥貝と呼ばせてもらうよ。」 「じゃあ、おれは春海で。」 百合子が少しだけ拗ねたような口調で云う。云いながら、鳥貝の席までやってきて、後ろから羽交い絞めにする。 「ちょっと、百合子さんっ、」 そのまま、キスでもはじめそうな勢いの百合子に、鳥貝は焦った。百合子のキスはきらいじゃないと自覚した。でも、もちろん、みんなの前ですることではない。 隣の席に座っていた多飛本が百合子の服の衿元をぐいと引っ張る。鳥貝の唇に触れようとしていた百合子だったが、その勢いで、後ろから床に投げ出された。 「多飛本・・・・・・っ、」 「彼女がいやでなければ、呼び方はおまえの好きにしていいさ。けど、そういう事を人までされて喜ぶ女はいない。違うか?」 床の上に座り込んだ百合子は、しばらくむっとして多飛本を睨んでいたが、ふいと横を向くと立ち上がって、2階へと続く階段に消えた。 「百合子さん・・・・・・、」 男たちは、やれやれ、と皆苦笑している。鳥貝はひやりとしたが、どうやら、この程度はいつものやり取りらしい。多飛本が云っていたように、百合子をコントロールできるのは夏目だけ、ということが今もって続いているからだろう。 「鳥貝、放っておいていいぞ。云っただろう、恋に狂っているときのあいつは、良くも悪くも、大ばかだと。自制が効かないんだよ。きみに恥をかかせることも考えられない状態なら、この場から立ち去ってくれた方がいい。」 「百合子はいつもあんな感じだ。しばらくしたら、頭も冷えるだろう。心配することはないし、きみが気にやむ必要もない。あいつだって、頭では分かっているんだろうけど、自分で自分をコントロールできないのさ。いや、する術をまだ見出せてない、という所かな。夏目がいなくなったことで舵取りをうしなって、残っている舵を自分で上手く動かせないでいる。」 白熊が云い、時屋がうなずく。 「そういう所は、まったく子供のままだ。夏目に甘えきっていた結果だろうな。あと数年、夏目が元気でいてくれたら、あいつも自然、巣立ちできたかもしれないだろうけど。予期しない別れが早すぎた・・・・・・と、ごめん、しんみりさせちまったな。」 ワインの空き瓶を傍らに数本転がして顔色ひとつ変えない時屋が、苦笑して頭を掻く。 鳥貝は兄の事をほとんど知らないから、その影響力をまだ理解しきれていない。けれど、兄がどれほど皆に影響を与えていたかは、彼らの語る内容で、自分への態度で分かる。親友同士ではじめた基本女人禁制の寮に、夏目の死とその言葉によって例外であるはずの女の鳥貝を受け入れてくれたのだから。 兄の影響力は、すごい。けれど、兄の人となりをほとんど知らない、知ろうと思っても知る事が難しい鳥貝にとって、兄はまだ夢の中の人物にひとしい。かつて、夢だと思っていた幼い頃のあの思い出、その中の男の子が成長した姿を想像しても、うまく形にならないのだ。兄を形作るに足る要素が鳥貝の中には不足している。 だから、兄のまわりに集ったかれらに自分が大事にされるのも、正直なところ、まだ少し居心地がわるかった。最初はどうあれ、今は彼らが鳥貝個人を大事に想ってくれているのはわかる。でも、まだ彼らが自分をみる眼差しに兄の影響力のフィルターがかかっているのを感じずにはいられなかった。 鳥貝は、その兄の影響をもっとも強く受けていた百合子に、好きだと云われた。多分、それは、鳥貝が夏目の妹だからではないと思う。昨夜の百合子には、鳥貝の向こうに夏目を探すような様子はひとかけらもなかったから。百合子は夏目の存在を抜きにしても、鳥貝に好意を寄せてくれている。きっかけは兄だったとしても、今は鳥貝自身をもとめてくれている・・・・・・かなり過激なもとめかただけれど。 「あの、わたし、」 鳥貝は立ち上がり、2階へ続く階段を見上げた。それだけで男たちは理解をし、安羅が代表して口を開いた。 「きみが気になるのであれば、行っておいで。ただし・・・・・・あの傷つきやすい野蛮人にはくれぐれも注意するんだよ。」 笑い含みのやさしい声音に背中をおされて、鳥貝は百合子の姿をもとめて、二階へとむかった。 「春海ちゃん、まんまと百合子に転がり落ちそうだぞ。」 「百合子も本気みたいだから、いいんじゃないか。別に夏目の影を追っているわけでもないだろう、あれは。」 「百合子相手じゃ、苦労するぞ。彼女の苦労性は夏目と同じ気質なのか、不思議なもんだ。いや、美羽子さん譲りかな。」 「けど、彼女なら、上手く百合子をコントロールできそうな気がするけど。やっと百合子の舵取りが見つかったかもしれないぜ。これで、夏目の心残りもひとつ減る事になるかな。」 男たちの話題は尽きそうもなかった。この一年、愛する友人の死によってもたらされた、だれもが気づいていながらどうにもできないでいた重くよどんだ空気が、彼女が現れた事によって静かに、でもはっきりと清浄化されようとしていた。 百合子はどこにいるのだろう。 鳥貝は、二階に来てはみたものの、廊下を見渡しても百合子の姿を見つけることができず戸惑った。どこか部屋に入っているのだろうか。だが、人の部屋を勝手に開けるわけにもいかないと思った鳥貝は、まさかとはおもいながら、自分にあてがわれた「6」番の部屋を開けた。 暗い部屋。今日運び込んだ荷物のダンボール十箱程度が部屋の片隅に積み上げられ、黒い影になっている。家具類が備え付けられているため、服と本と少々の日用品程度を持って来ればよく、女性にしては少ない荷物になっている。 はじめてこの部屋に入った時に感じた、濃厚な他人の気配。それは、兄の気配だった。 まだ夢の中の人物にひとしい兄の気配を、鳥貝は不気味にさえ感じてしまう。兄を知る人間にとっては、この気配に懐かしみや愛おしさを覚えるのかもしれないが、鳥貝は、そういう気持ちになれない。これからなれるかも、まだ分からない。 「・・・・・・電気、つければ?」 ふいに闇の中から聞こえてきた声。声がしたのは、つくりつけのクローゼットの前だった。細身の男の影が、クローゼットの扉にもたれかかって、こちらを向いていた。足元に、小さな影も見える。鳥貝の同居人であり、この部屋の先住者、ミス・ノーラだ。 左手の壁を手探りして、スウィッチをみつけて灯りをつけた。 「悪い。おまえの部屋なのに、勝手に入った。」 クローゼットの扉から身をおこし、足元のミス・ノーラを抱き上げる。ミス・ノーラは従順に百合子の腕の中に納まり、目を細めて喉を鳴らしている。 「べつに、いいです。」 百合子のことが気にかかって追ってはきたものの、彼に対して何をどうしたいのかまで考えていなかった。だから、何を云うべきかわからなかった。 「この部屋、もうおまえの部屋なんだよな。だからさ・・・・・・鍵のついた引き出しやクローゼットの中のもの、おまの好きにしていいんだぜ? 捨てたきゃ捨ててもいい。おれが、勝手に仕舞いこんだものだ。」 「・・・・・・でも、ミス・ノーラは同居人だからいてもらわなくちゃ困ります。」 少しだけ、茶化した。百合子も、かすかに笑って、ベッドの上にそっとミス・ノーラをおろした。鳥貝は、ポケットにしまってあった百合子から預かった鍵をとりだし、百合子に差し出す。 「・・・・・・なに?」 「百合子さんがあけてください。兄の事、百合子さんのほうが沢山しっている。わたしは、何も、しらないから。」 百合子は鳥貝まで歩み寄って、そっと・・・・・・おそるおそる鍵を受け取った。鍵を握り締め、手の中の鍵の感触を確かめている。 鳥貝の知らない兄夏目のことを、百合子は知っている。本来、肉親として鳥貝が夏目と過ごすはずだった歳月を、そのまま百合子が夏目と過ごしてきた。百合子の悲しみの深さを、鳥貝は完全には理解できない。理解できないことが、悲しいと思った。 鍵を見つめた百合子は、まだどこか怯えるような表情と躊躇いがちなうごきで、鍵のかかったクローゼットまで近づいて、鍵穴に鍵を差し込みまわした。カチリ、と音がする。ゆっくり扉が開かれる。 「・・・・・・夏目の服、夏目の靴、夏目の旅行鞄・・・・・・、」 夏目の死後、百合子を含めた友人たちや美羽子が遺品整理をしたのだろう。あるいは、それぞれが彼の遺品の形見分けを受け取ったのだろう。けれど、百合子は受け取らなかった。受け取らず、ここに仕舞いこんだ。そうすれば、まだ、この部屋の中に夏目の影を追うことができる気がしたから。もしかしたら、長い旅からひょっこり帰ってきた夏目が、鍵のかけられた引き出しやクローゼットを、また百合子のいたずらだと苦笑してくれるかもしれないと思ったから。 机の小引き出しや、箪笥の引き出し。鍵のかかった場所をすべて、百合子は解き放った。開けられたそれらの場所から、夏目が現れて、昔のように笑いかけてくれるのを期待したが、それが叶えられず、百合子は自嘲をうかべた。涙はもう出ない。 むろん、わかっているのだ。涸れ果てた涙が、夏目がもうこの世にいない事を物語っている。 「・・・・・・全部、おまえの好きにしろ。おれは、何もいらないから。」 鳥貝もクローゼットの中を見てはみたが、何も感じなかった。男物の衣類が整然と片付けられている。ただ、それだけだ。服、靴、鞄・・・・・・それらに付随するはずの想い出を、鳥貝は持たない。 引き出しの中も整然としたものだった。使い込まれた文房具。ペンや万年筆、各種定規やコンパスなどの製図用の器具、途中まで図が書き込まれた用紙。鳥貝がそこに見出せるのは、几帳面で生真面目な建築科の男子学生の姿。それが兄夏目の姿なのかもしれないが、実感はない。 箪笥の引き出しの中に、少しだけ目を引くものがあった。B5サイズ程度の大きさの木箱だった。白木の箱の表面には何も書かれてはいないから、余計に気になった。手を触れていいものか分からず、百合子を振り返るが、百合子は鳥貝の方を見ることなく、ベッドの上に腰掛けて、ミス・ノーラの毛繕いを手伝ってやっている。 引き出しから木箱を引っ張り出して、何か恐れに近い感情を抱きながら、それを開けた。中に入っていたのは・・・・・・。 「あいつ、入院していてる間、暇な時に入院してる子供たちに手品を見せてやってたみいだ。それ、あいつの十八番。」 色とりどりの造花、白いハンカチ、それから、毛糸で作った白いまるいぽんぽんには、ひつじの顔がついていた。 胸が熱くなった。突然、想い出が湧き出した。 夢のようだった子供の頃の思い出。夢の中の幼い男の子の顔が、くっきりと浮かんだ。あの現実を理解した。そして、目頭が、熱くなって、兄に会いたいと、初めて思った。 白いひつじを木箱からそっと取り出した。やわらかい感触が掌をくすぐる。 ひつじがいなくなって、隙間の開いた木箱の底に、白い封筒が見えた。これも、手品の道具だろうか。鳥貝は、封筒を引っ張りだしてはっとした。びくりと、震えた。白い封筒には、彼女の名前が書いてあったのだ。つまり『春海へ』と。 「百合子さん、これ・・・・・・」 ベッドの上に座り、意識的に、必死で鳥貝の行動を気にしないようにしているらしい百合子に封筒を差し出した。百合子も目を丸くした。初めて気づいたらしい。 「それ・・・・・・、知らなかった・・・・・・、」 「わたし、でも・・・・・・読んでいいのか・・・・・・。」 「おまえ宛だろう。おまえが読むべきだ。読まなきゃ、ならない。」 百合子は、鳥貝に封筒を押し返した。 鳥貝は、夢がいきなり現実に繋がったような気分で、封筒の文字を眺めた。とても几帳面でいて、見ていて気持ちの良い文字だった。たった三文字のそれに、こんなに好感が持てることが不思議だった。 「読んで、いいんでしょうか。」 「というか、読め。」 戸惑う鳥貝に百合子は指をつきつけて云い、彼女を半ば無理やりソファに座らせた。 つづく |