※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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| <オリジナル話・12> 永遠の嘘【4】 「あいつの、命日だ・・・、」 ぽつり、ぽつりと中ノ瀬は話した。 鳥貝に語ると云うより、記憶を整理し、反芻し、忘れないよう焼き付けているかのようだった。 鳥貝は相づちを打つことなく、静かに聞き入った。心の中では、驚きが大きかったけれど・・・それは出さないようにした。 中ノ瀬の視線の先を追って、本棚を見る。 そこにある何枚かの写真は、学生時代の彼らなのだと知れる。2人の青年と、女性が無邪気に笑っている。 そして、写真の横に置かれた風呂敷のような布で包まれた小さな箱と、もっと小さなそれが何か、鳥貝は何となくあたりをつけた。 「あいつの実家は東京の端の方にある。墓もそっちだ。親戚はほとんどいないらしくて、墓もほったらかしに近かった。友人も多くはなかったしな、」 中ノ瀬はひとりで彼の墓所に向かったのだろう。何も覚えていない彼女には話すことなく。 そして、3人で過ごしたここに帰ってきていた。 思い出として語るには重い過去だ。中ノ瀬の中ではまだ過去の記憶として処理したくない出来事に違いない。 中ノ瀬がこの部屋への他人の立ち入りを嫌がっていた理由がよく分かった。 この部屋は普段本心を誰にも見せない彼の、本心そのもの。 話し終えた中ノ瀬は、呆けた瞳で写真を見つめている。 今彼の心の中には、過去の記憶がゆるやかに流れているのだろう。きっと、毎年この日に、彼はこうしてひとり、過去を反芻してすごしてきたに違いない。そして、それはこれから先何年も変わらない。 鳥貝は中ノ瀬の側で、彼の言葉を聞き、彼に呼吸を沿わせる。ひとりきりではやりきれない。けれど、煩わしい同情なんて以ての外。だから、ただ、静かにそこにいる。 不意に中ノ瀬が鳥貝を振り向いて、ゆっくり彼女の腕に触れた。いつもの彼ではない。瞳は心を映し、揺らいでいる。 「おまえは、暖かいな、」 それは、体感する温度の事かもっと別の何かか。 鳥貝をそっと抱きしめ抱き寄せる。 鳥貝は抵抗しないでおいた。心細いときに何かの温もりを求める事は、誰にでもある。この男でさえ、それは例外ではない。 「・・・、・・・そう、か、」 中ノ瀬は、小さく呟く。 「・・・もし、あいつらの子が生まれていたら、今のおまえと同じ年だったんだな、」 云いながら、鳥貝の顔をじっと見つめてきた。 鳥貝も目を逸らさない。それから、唇が重なってくるのにも、抵抗しない。 いつか無理矢理されたキスとは違う。重なるだけのキスだけれど、優しく熱い。 「・・・嫌がらないのか?」 くすっと笑う声が耳をくすぐり、鳥貝はやっと口を開く。 「・・・今日だけは、許してあげます、」 少しだけ冗談めかした口調で応える。 「これ以上を求めても許してくれるのか?」 「・・・。・・・ひどい事をしないなら、構いません、」 鳥貝の返答に中ノ瀬は低く笑った。 彼女の柔らかな体と心が、この上なく気持ち良かった。 哀しみに沈み込んでいた心が、彼女の存在で少しずつ引き上げられていく。毎年、今日という日は、哀しみの後わき上がる衝動で、誰かを激しく攻め立てるばかりだった。けれど、今日はこの柔らかな少女の中に穏やかに沈みたいと、そう思えた。 百合子が選んだ少女。 別々に育った夏目の妹。 幼く見えた。ただの田舎育ちにすぎないと思った。 最初はあの百合子が、夏目の妹という事だけで、どうしてこうまで執着するのか分からなかった。天の邪鬼な百合子の気まぐれなのだろうとも思っていた。 けれど、何度か彼女と接触を持つ内に、百合子が彼女を手放さない理由は分かった。 彼女の側は不思議と心地良い。 人が緑の中で感じる安らぎにも似ている。 だから、心地良い彼女の体を抱きしめて、自分の手で従順に形を変える彼女を感じ、耳を潤す囀りを堪能し、彼女の深くに沈みこんで・・・より安らかな気持ちを得る。 「おまえとユキは・・・幸せになるよな、」 寮まで送ってもらう車の中で問われ、鳥貝は少しだけ考えた後、頷いた。 「・・・先の事は分かりませんけど、百合子さんといる事は幸せです、」 「・・・おまえらには何の障害もない。これから先どうなるかは勿論分からないが・・・でもな、おまえらが幸せになる事を、おれは願いたい、」 珍しく叙情的な事を云う中ノ瀬に、鳥貝は小さく笑う。 「いつも、ふたりの仲をかきまわしにくるあなたに云われたくないです、」 笑いを含ませた言葉に、中ノ瀬も笑う。 「だから、おまえらが可愛いから構いたくなるんだ。おまえらが破局するような事は望んでないぞ。・・・おまえらのじゃれあいを見てると、あいつらを思い出す・・・、」 言葉尻は、前を見ながら目を細め、呟くような声で云う。 こんな風に中ノ瀬が過去を振り返る男だとは思いもよらなかった。普段の彼からは想像がつかない。 彼の過去を知り、本性を知った。 鳥貝は、きっともうこの男を嫌えない。 「奥様の事、とても大事にされてるんですよね、」 笑いながら云う。返ってくる答えを何となく想像しつつ。 「・・・、当たり前だ。気が強いのはいつまで経っても変わらない。・・・彼女は妻という以上に、家族だからな。おれたちにはお互いしかいない。」 中ノ瀬の口から、その妻のことを聞くのは初めてだった。とても柔らかい口調と表情をしている。 「一度、お会いしたいです。」 「おれの愛人だとでも紹介するか?」 「・・・修羅場はごめんです、」 「修羅場にはならんさ。おれたちは互いに了解して愛人を持つ身だからな、」 中ノ瀬は笑う。 そこには後ろめたさも卑屈な感情もない。 中ノ瀬夫妻の関係がどんなものなかは鳥貝には想像もつかない。 ただ、鳥貝と百合子との関係とは全く違いながらも、ふたりの間にはしっかした繋がりがあるのだという事は分かる。愛情、信頼・・・ふたりを結びつけるものに当てはまる言葉は自分たちとはまた違うだろうけれど。 「・・・中ノ瀬さんたちみたいにはなれないでしょうけど、わたしも百合子さんとずっと、強く結ばれていたいとは思います。」 鳥貝の言葉に中ノ瀬は声を立てて笑い、片手で鳥貝の頭をぐしゃぐしゃに撫でた。 「・・・っ! 中ノ瀬さんっ、もぉ!」 「いや、かわいいよな、おまえ。・・・ほんと、娘みたいだ、」 「・・・娘に、ああいう事しないでしょう・・・、」 むくれて云うと、今度は小さく笑う。 「さて、どういう事だ。おれは知らんな、」 とぼけている・・・わけではない。 今日の出来事は、ふたりの秘密だ。そして、なかった事として示し合わせた出来事。ふたりきりの時でも、それを口に出しては云わない。 だからだ。 鳥貝もすぐにそれを理解して、小さく笑う。 「じゃあ、五人目のお父さん、って事にしておいてあげます。」 「五人? ・・・実の父、育ての父、坂井氏・・・それから?」 「百合子さんのお父さんです、」 「ああ、なるほどな。おまえ、父親持ちだな。父の日は大変だ。」 「はい、そりゃあもう。でも・・・近しい人が多いほど、幸せになるのは、分かりましたから。それが、より近しい父親であるから・・・より幸せなんです、」 ほんわり笑う鳥貝に中ノ瀬は心から笑う。 子供じみた綺麗事さえ、彼女の口から出るとそうは聞こえない。 「・・・おまえに嫌われるのも、憎しみの眼差しを向けられるのも新鮮で愉快だったが・・・慕われる方が気持ちいいもんだ。」 「無理矢理無茶な事をしようとしなければ、ずっと慕ってあげてもいいです、お父さん。」 『娘』を意識した発言に中ノ瀬は笑う。 あれから何十年、巡ってくるこの日にはいつも、記憶に押しつぶされそうになって苦しんだ。己を建て直す為、過度の快楽を求めた。 これから先も、それは変わらないだろう。 中ノ瀬は過去の記憶によってわき上がる不安な心で身動きが取れなくなるのを、誰かに助けて貰おうとは思わない。己の過去の過ちを生きている限り受け入れるつもりだ。誰に助けを願う気はない。 ただ、彼女のような存在がその時に側にいてくれれば、僅かばかりでも心は安らぐのかもしれないとは思う。己を建て直すのに以前ほど手間をかけないで済むのかもしれない。 もちろん、彼女を手に入れようとは思わない。けれど、彼女の云うように、彼女の父のひとりとして彼女を見守り、その存在によって癒されるのであれば、それもいい。 「・・・そうか、それじゃあ、おまえらが結婚する暁には、ユキにお定まりの台詞を聞かせて貰わないといけないな。そして、1発ぐらい殴らせて貰う、」 「百合子さんはもう息子のようなものなんじゃないんですか?」 「息子より娘が可愛いのは当然だろう。」 赤信号で車が止まった。交差点を抜け、住宅街に入ると寮まではすぐだ。 中ノ瀬がじっと目を見て顔を近づけてくるのを、鳥貝は掌で押し返す。 「父娘のキスは娘からの特権ですよ。」 微笑んで、中ノ瀬の頬に軽いキスをした。 中ノ瀬は大笑いしてから、片手で鳥貝を抱き寄せた。 信号はもうすぐ青に変わる。 「我が娘ながら、かわいいな。・・・時々は食事くらい付き合ってくれよ?」 「もちろんです。でも、息子も同伴になると思いますけど?」 「父娘水入らずの時間も作ってくれるのなら、考えておく、」 ハンドルを切りながら云う。唇は笑っている。 こういうたわいないじゃれあいに心が癒されている。学生のあの頃に戻ったように。 自分が、自分たちが経験を重ね、年月を経るごとに失ってしまったものを、彼女たちはまだ沢山持っている。 だから、彼女が・・・彼らが愛しい。 「とりあえず、近いうちに寮の夕飯にでも誘ってくれ。」 「はい、是非。」 鳥貝も笑って応じ、寮の前でふたりは別れた。 中ノ瀬の過去とそれに伴って本性を知ることで、鳥貝は中ノ瀬に好意を抱いた。 鳥貝の心と体の柔らかさを、心地よさを知って、中ノ瀬は鳥貝を必要な存在だと認識した。 長く付き合っていた中ノ瀬と百合子が、関係を絶ってからも付き合い続けているように、鳥貝もきっとこれから先長く中ノ瀬と付き合い続けていくだろう。 もっとも、ふたりは百合子には決して云えない秘密を共有することになったけれど・・・それは、大した問題ではないのかもしれなかった。 結局、中ノ瀬の部屋掃除は前払いをしてもらった3ヶ月分まで勤め上げ、終わることにした。 中ノ瀬としてはもう少し続けて欲しい様子であったけれど、鳥貝はきっぱりとそう云いきった。 中ノ瀬の過去も、ふたりの間にあった事も、鳥貝は誰にも云うつもりはない。また、中ノ瀬が云うわけがないと信じられた。あの男はそういった信用に足る存在だと思えた。 あの夜のような事は二度とないと断言できるけれど、彼との関係が変わったのは実感した。 9月のある晩、戯れ言に近い約束・・・寮の夕食に招待する、を鳥貝は実際に実行し、百合子や寮の人間と共に中ノ瀬と賑やかな夕食を取った事も彼との関係が良い方向に変わった印。中ノ瀬を「お父さん」呼びして、百合子のみならず他のメンバーにも気味悪がられた。 そして・・・ 中ノ瀬の部屋の掃除が終わってから講義が始まるまでの一ヶ月、教習所を終わらせ無事に免許を取り終えてから、鳥貝は百合子と楽しい夏休みを過ごした。 車でN県まで行く! と主張した百合子をどうにかなだめ、ふて腐れる百合子と新幹線でN県まで帰って家族や地元の友人達と楽しい数日を過ごしたり。 免許を持つ寮の誰か、もしくは百合子の地元の友人を捕まえて運転に付き合って貰ったり。 笑いの絶えない夏休みだった。 もちろん、(ほぼ)百合子の求めるままに体を預け、甘くて幸せな時も、何度も過ごした。・・・中ノ瀬との違いは・・・、多々あった。その行為にも様々あるのだと鳥貝は知った。けれど、やはり百合子と過ごすのが一番幸せで気持ち良くなれるのだと実感をして、自分からも百合子を求め、更に百合子との行為に幸せと快感を得られるようになったのは・・・中ノ瀬の言葉通り。 「・・・大好き、百合子さん、」 百合子の胸元に甘えるように頬をすり寄せ、鳥貝は囁く。 百合子とこうしている間は彼の事しか考えられない。けれど、ふと中ノ瀬の事が胸に浮かんできて、少しだけ苦笑いを浮かべた。・・・苦笑いで収まる感情だった。 「春海、・・・変な笑い方、してる?」 「変じゃないです。幸せだから笑うんです、」 「・・・うん。幸せだな。・・・ずっと、このままこうしていたい。」 百合子は鳥貝と中ノ瀬の事を疑ってもいない。 ただ、この夏の掃除の間に彼らの間の信頼の絆が深まったのだ、とだけ判断していた。 中ノ瀬という男を信頼し尊敬している(勿論、その性格は熟知しているので、油断ならない男だとも理解している)から、鳥貝もそうであってくれるのは嬉しい事だった。 アルバイト時、中ノ瀬に会うといつの間にか鳥貝を娘呼ばわりしているのは割と愉快な気分で、百合子にしては珍しく表面通り受け取っていた。 ・・・子供のいない中ノ瀬にとって、鳥貝は正しく娘のような存在になったに違いない、と。 それは正しい解釈ではあるけれど・・・そうなった起点を百合子が知ることは、おそらく永遠にない。 「そういや梓にな、」 中ノ瀬の名前が出ても、鳥貝は平然と受け止める。後ろめたさはほとんどないから。 「もし結婚を決めたら、おれにもちゃんと挨拶をしにこい、ってさ。娘を嫁に出す心持ちを味わいたい、って、」 くすくす笑う百合子の言葉に、鳥貝も笑う。 「今までおまえ、あいつの事嫌ってたのに、いきなり父娘か。な・・・梓となんかあったのか?」 変な勘ぐりではない。純粋な疑問だ。 鳥貝は微笑んだまま嘘をつく。 けれど、不思議と後ろめたくない嘘だ。 「掃除婦さんとして労って貰いました。」 「・・・うん? それだけ、」 「少し、お話ししました。・・・8月の半ば頃に、」 言葉尻をぼかして云うのは、その後にあった事がやましかったからではない。中ノ瀬の大切な記憶を簡単に口外しない方がいいと思ったのと、多分百合子ならそれで理解してくれると思ったから。 「・・・ああ、そうか・・・、」 案の定百合子は小さく息を吐いて苦笑いした。 「梓の唯一最大の弱点、おまえも知ったのか、」 「百合子さんも、聞いたんですか?」 「いや、おれは、詳しいことは聞いていない。ただ、写真を見た。そばに置かれたふたつの小箱が、遺骨だという事を聞いた。・・・あいつの嫁の事も知ってるし、あいつが8月のある日前後に普段になく不安定になるのも、知ってる・・・何十年経ってもあの男の心を掻き毟る、余程の事が何かあったというのが分かっている程度だ。知る必要もない、」 百合子の事だから、様々な断片的事象から、ほとんど真実に近い事を想定しているに違いない。 「おまえは、聞いたんだな、」 「・・・はい。・・・中ノ瀬さんの事、嫌いになれないと思いました。」 今まで散々嫌って避けてきた、その態度の大きな変容の原因は中ノ瀬の過去。 鳥貝の事だから、普段から見たことのない様子のあの男の態度に、胸を突かれたという所だろう。同情とかいう自分本位のものではなく、痛みを知る人間は根本的に悪い人じゃない、というような思考に基づいていると思われる。 百合子は鳥貝を胸元に抱き寄せた。 「あいつに気を許して、付け込まれるなよ? 分かってるはずだろうけど、」 冗談を含んだ口調だけれど、何割かは本気。 百合子に心配されて、鳥貝は少しだけ胸を痛める。 けれど、あれは・・・付け込まれたわけではない。 中ノ瀬の本心に触れて、鳥貝の心が動き、彼に好意を感じ、彼を受け入れる事への抵抗がなくなった結果だ。 罪悪感はかすかにあるけれど、後悔はない。 だから、嘘をつく。 「大丈夫です。父娘でそういう事にはなり得ません。」 百合子は胸の中にある鳥貝の頬から顎に手を這わせ、その顎を持ち上げると、しばらくじっと彼女の顔を見た。鳥貝も微笑みながら見つめ返す。 「・・・うん、そうだよな。梓のやつも、おまえに癒しを求めてるだけで、手出しはしないだろ。・・・で、」 鳥貝が言葉に頷く前に、話題を終了して次の話題を切り出してくる。 百合子の鳥貝に対する信頼は高い。少しだけ鳥貝は胸を痛め、向かい合う百合子の胸に再び額をくっつけた。 「梓はおまえの5人目の父親なんだって? ひとり目から三人目は分かる。全員知ってる。けど、4人目は誰だ?」 百合子が『お父さん』の別の意味を勘ぐっているのがおかしくて。 鳥貝は再び顔をあげ、微笑みながらじっと百合子を見つめた。綺麗な眉が不快な感情の為に歪んでいる。 鳥貝はくすくす笑いだし、普段から先の事は分からないと云いながらも、先の事を希望した内容を口にした。 「・・・百合子さんのお父さんです、」 云った途端に抱きしめられた。苦しいくらい。 それから、再度百合子は鳥貝を求め、鳥貝も口で嫌がる程嫌がった態度を示すことなく・・・ふたり愛しあえる幸福に身を委ねた。 おわり |