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<オリジナル話・9>

斎【5】


 斎に用意してもらい、お風呂に入る。
 着替えは斎の物を借りることにした。長身の斎だから、比較的サイズを問わないワンピースだ。当初は見るからに高価そうなものを貸してくれようとしていたから、かなりお願いして普段着の中から選んできてもらった。
 お風呂に入っている間、鳥貝は携帯ごと鞄を寮においてきた事に気づく。
 これでは、百合子からの連絡を受け付けられない。
 紅茶とクッキーを用意してくれていた斎にその事を伝えると、意地悪に笑う。
「そういえば、百合子の奴は私の携番も知らないし、ここの場所も知らないんじゃないかな?」
「・・・っ! そんな、それじゃ・・・、」
 百合子の頭が冷えてきて、会いたいと思ってくれても、百合子から連絡を取る手段はない。
 しゅんとした鳥貝の頭を斎はなぜなぜする。猫の頭を撫でるように。
「本気で君に会いたいと思えば、寮の他の男なり、リオなりを当たるだろう。多飛本さんと安羅は私の携番を知っているし、安羅と白熊はここの場所を知っている。白熊の所の姉が一時期同じマンションに住んでいたらしいからな。・・・それで来なければ、その程度の男だと思って、考え直すんだ。この状況で君からの許しをただ待っているだけの男ならば、君が愛してやる必要はない。」
「・・・。・・・はい、」
 その通りだとも、思う。
 あんな事までされて、自分から百合子に手をさしのべるのは、きっと百合子を甘やかすだけだ。
 けれど・・・鳥貝は、やはり百合子が好きで・・・大好きで、愛していて、一度別れる事も考えたけれど、それでも、会いたいと思うのだ。
 こくん、と香りの良い紅茶を喉に通して、鳥貝がほっと息をつくと、部屋にチャイムの音が鳴った。来客だろうか。
 鳥貝は、どきりとする。
 そして、斎は笑う。
 きっと、来客はふたりの予想通りの相手。
「早いな、あれからまだ1時間も経ってない。・・・リオから電話を貰って、25分という所か。」
 斎がキッチンの壁にあるインターフォンのボタンを押して応答しようとした途端、声が響いた。
「春海、ごめん!」
 鳥貝はどきりとして飛び上がる。インターフォンの画面の前で、斎が腕を組んで、カメラに映っているだろう百合子の姿を見て、鳥貝を手招いた。
「おれ、いつもおまえを傷つける。そのたびに、後悔はする。反省もする。けど、おれ、おまえの事になると、時々理性が働かなくなる。感情に流されて、とんでもない事をする。自覚は、あるんだ・・・自覚、してる。だから、普段はなんとかしようとはしてるんだ。自覚して抑えられる時もある。けど、今日みたいに暴発してしまう時も、ある・・・、」
 マンションの玄関で、来客用のカメラに向かいながら、切々と訴える。
「けど、おまえがいなきゃ、おれきっと、このままだ。おまえがいるから、変われる・・・おまえと出会ってから、変わってきてる自覚もある。だから、お願い、おれから離れていかないで・・・、」
 涙は涸れた、と云い張っていたけれど・・・今、百合子の目には輝いた物が見える気がした。
 鳥貝の胸はうずく。
 百合子の事が大好きだから・・・された事は、既にもう許しているから。
 咄嗟に口を開こうとして、斎に口を塞がれた。
「!?」
「百合子、鳥貝はまだ会いたくないと云っている。それはそうだ。無理矢理あんな事をされたんじゃあ、な。女性にとってどんなに屈辱的な事か。・・・まぁ、とりあえずマンションの中には入れてやる。が、部屋の前でもう一度、ちゃんと、鳥貝に謝罪しろ。」
 厳しい口調でそれだけ云うと、インターフォンを切った。
「斎さん!?」
「簡単に許したんじゃ、つけあがる。・・・やはり、君は甘いな。子育てには厳しさも必要だと云っているだろう? 夏目さんが甘やかして育てた分、君が厳しく躾けてやれ。」
「・・・兄さん、そんなに甘かったんですか?」
「本人にそのつもりはなかったかもしれんが、かなり甘かったと思うぞ。私なら張り倒すか投げ飛ばすかするような事でも、頭を小突いて説教するだけ。まぁ、それはそれで効いてはいたようだが。」
 張り倒す、投げ飛ばす・・・鳥貝は口の中で呟いて、苦笑いした。斎ならやりかねない。
 インターフォンで対応してから5分ほどで、百合子はチャイムを鳴らした。
 マンションの中層にあるこの部屋まで来るには、エレベーター待ちの時間がないにしても、もう少しかかりそうなものだけれど。
「早かったな、」 
 斎が応答すると、しばらくの沈黙の後、乱れた息づかいと絶え絶えの声。
 画面に映るのは、壁に手を突いて身体を支えながら、肩で息をする百合子。
 随分涼しくなってきたこの季節なのに、顔は赤く汗が噴き出している。
「・・・階段で、きた。エレベーター、上階で、止まっ、てたから、時間、かかると思って、」
 ぜぃぜぃと激しい呼吸の音から、どれほど慌てて階段を駆け上ってきたかが伺い知れる。
 斎は笑う。
「何事もスマートにこなせるおまえらしくなくて、上等。おまえのそういう無様な慌てっぷりが見てみたかった。」
 意地の悪い言葉に、百合子は反駁しない。
 何度も深呼吸を繰り返し、呼吸を整えている様子だ。
「・・・春海は?」
「その前に・・・、謝罪、だ。」
「するから、春海の声を聞かせろ。」
 真っ直ぐに、カメラを睨み付けて云う。
 斎は溜息をついて、先ほどから斎の横で心配そうにやりとりを見ていた鳥貝に場所を譲った。
「・・・。あの、百合子さん・・・、」
「春海・・・、」
 やっと鳥貝の声が聞けて、百合子はほっとした表情になる。
 優しく、緩んだそれに、鳥貝はどきりとする。
 何か云いたいけれど、云い出せずにまごついていると、カメラの向こうで百合子が・・・。
「本当に、ごめんっ!」
 土下座した。
 コンクリの廊下に膝をついて、こちらに向けて頭を下げる。
「百合子さんっ!?」
「・・・ほぉ、」
「二度としない・・・とは、云い切れないかもしれないけど、少しだけ長い目で見て欲しい。おれはまだ子供で、これから先もおまえを傷つけてしまう事があるかもしれないけど、それでも・・・おまえが好きなんだ。愛している。この気持ちは絶対だ。それに、おまえがいないこれから先なんて、考えられないんだ・・・。必ず、もっと大人になって、おまえを傷つけないようになる、守ってやれるようになるから! 夏目にも、そう約束してるからっ!・・・頼むから、春海・・・、」
 呆然と、鳥貝はそんな百合子を見て、言葉を聞いていた。
 けれど、クツクツ笑う斎の声で我に返る。
「いや・・・この男、本当に・・・、」
 とても楽しそうに瞳を細めて、お腹を抱えている。爆笑したいところを、そこまで抑えているといった風だ。
 さすがに鳥貝もむっとする。
 大好きな百合子があざ笑われているのだから。
「斎さんっ、笑わないでくださいっ!」
 鳥貝の頬を膨らませた一括に、斎は笑い涙をぬぐって、インターフォンを切った。
「いやいや、この男が、己をうち捨ててまで君に許しを請う姿を、夏目さんにも見せてやりたかったな、と。心底、君が好きなんだ。惚れているんだ。多分、自分自身よりも、君を大切に想っている。・・・あり得ない事が起こったから、おかしいんだよ。彼をあざ笑っているわけではないから。」
 鳥貝の背中を押す。
「もう、いいだろう。顔を見せてやれ。君のぬくもりに触れさせてやるといい。それがどれだけ有り難いものなのか、実感するだろう。中に入れてやりなさい。気に入らない男だが、今回の頑張りに免じて、お茶くらいは出してやるから。」
 

 鳥貝は慌てて廊下を走り、靴も履かずに鍵を開けて、マンションの廊下に出た。
 百合子はまだ土下座の姿勢のままでいた。
「百合子さんっ!」 
 その声に顔を上げた百合子は、鳥貝を見て弱々しく微笑んだ。
 だから、鳥貝は、抱きしめずにはいられなかった。
 同じように廊下に膝をついて、百合子の頭をきゅっと胸に抱きしめた。
 先ほど階段を全力疾走してきた余韻だろう、身体はとても熱かった。
「大好きです。好きです・・・わたしも、百合子さんを愛してるんです・・・、だから・・・、」 
 だから、別れようと思った。
 けれど、それは解決に至る考えではなかった。
「だから、百合子さんがわたしに飽きちゃうまで、そばにいてください・・・、」
「逆だろ。おまえがおれに飽きるまで、だ。」
 鳥貝の背中に腕を回し、強く抱きしめた。


 百合子を斎の部屋に招き入れる。
 リビングに入ると、コーヒーの良い香りがした。
「斎さん、今回の事は・・・、」 
 キッチンに斎の姿を認め、何か云いかける百合子の言葉を、斎は遮る。
「発端は私だ。それに、彼女を美しく着飾らせることで君を凹ませたいという下心もあった。だから謝罪はいらないし、当然苦情も受け付けない。」
 百合子は苦笑いを浮かべ、鳥貝を見る。
 鳥貝は、微笑んで百合子を見ている。いつも通りの、彼女だ。
「じゃあ、お礼だけ。ありがとう、と。」
「君にお礼を云われるのは、中々気味が悪いものだな。・・・なぁ、男たちではなく、リオに連絡したのは、自戒の為か?」
「ああ。目一杯罵られた。歯に一切の衣を着せずに。・・・おかげで、すっきりしたけど。」
「君、Mだったのか?」
「・・・いや、むしろSだと自覚してるけど?」
「見たところ、鳥貝は無自覚Mだな。だから、君とつきあえているんだ。」
 ふたりの会話に鳥貝はきょとんとしている。
 SとかMとか云われても、ピンと来ないのだ。
 ふたりとも、敢えて鳥貝には説明しない。
 斎はコーヒーをふたり分用意して、リビングのソファに座ったふたりの前に置く。
「さて・・・私は仕事がある。別室にいるから・・・きりがついたら、必ず声を掛けるように。帰る時は送っていってやろう。」
 云って、リビングを出て行ってしまった。
 斎の気遣いに、ふたりは感謝する。
「・・・結局、あの人に救われたんだよな、おれたち。」
 斎を視線だけで追った百合子が、苦笑いする。
「はい。」
 百合子は3人掛けのソファに並んで座る鳥貝の手を取り、その顔をじっと見る。
「・・・おれさ、おまえといると、おかしくなるみたいだ。今まで付き合った誰といても、こんな事なかったのに、」
 真剣な表情で鳥貝を見つめてくる。
 言葉に、少し胸が痛い。・・・自分がいる事で百合子に狂気が訪れる・・・それを、今日実感してしまったから。
「おまえへの独占欲が原因だと思う。・・・おまえを誰にも触れさせたくないとか、おまえの声を誰にも聞かせたくない、笑顔を見せたくない・・・。自分でも異常だと分かってるから、普段はそれを抑えてるんだ。けど、時々爆発する。ひどいと、今日みたいに・・・、」
 頭を抱えて、溜息をつく。
「・・・リオがな、夏目と別れるときに云ってた言葉を思いだした。好きだから別れる、と。自分の中に生まれた獣が、自分自身だけじゃなく相手も壊してしまいそうになるのが怖かった、と。・・・それだった。おまえを、壊してしまいそうだった・・・、」
 少し心配げな顔で自分をじっと見つめている鳥貝の頬に触れ、苦笑いをする。
「別れないよ。別れようとは思えない。おまえを壊してしまうのは、怖いけど・・・おれは、おまえとは別れられない。おまえに別れを切り出されると思った時、心が凍えた。いっそ、このままおまえを、おれの腕の中に永遠に・・・なんて、マジで怖い事が頭を掠めた。おれ、そういうタイプの恋愛をする男じゃなかったハズなのに、」
 何度目かになる溜息を吐く。
「なぁ、春海・・・、」
 鳥貝の頭を引き寄せて、胸の中に抱きしめる。
「おれのこの愛情が重くなったとか、おれを真実嫌いになったとか、おれより他に好きな奴ができたとか・・・そういう事がない限り、おれの側にいてくれないか。もし真実別れたいと思ったら、斎さんでもいい、多飛本たちでもいい、間に誰か立てて、きっぱり話して欲しい。でないと、おれはきっとおまえを執拗に追い詰める。ヤバイ事になる自覚があるから・・・引き際はきっちりしたい。」
 腕の中の鳥貝の表情は見えない。けれど、鳥貝の肩が震えているのが分かった。
「・・・春海?」
 泣いているのかもしれない、と不安がよぎるが、顔を上げた鳥貝は笑っていた。
「まだ、別れる事なんて考えられません。どうして、今そういう事云うんですか。好きだって云いました。愛してるって。この気持ちは簡単に消えるものじゃないです。・・・百合子さんって、落ち込む時はとことん落ち込むんですね。極端すぎますっ。」
 笑って、百合子の頬に両手を伸ばし、暖かい手でそこを包み込む。
「・・・大事にしてください。百合子さんがわたしのことをちゃんと想ってくれてるなら、わたしは別れません。わたしも、別れたくはないんです。だから、別れなくてもいいように、わたしを大事にしてください。」
「・・・うん、」
 自分の頬を包む鳥貝のぬくもりに瞳を細めて、百合子は笑う。
「今日のこと、後悔してくれているのなら、二度としないように、努力してください。」
「・・・うん、」
「わたしを好きでいてくれるのは勿論嬉しいですけど、わたしにだって色々な交友関係があるんです。それにいちいち嫉妬しないでください。わたしを縛り付けようとせず、わたしを信じてください。わたしは、誰より百合子さんが好きなんですから。・・・だから、必ず百合子さんの所に戻ってきます。」
「・・・うん、」
 百合子は鳥貝を抱きしめた。
 強く・・・でも優しく。
 この春、出会って、恋して、付き合い初めて・・・一年も経たないうちに色々あった。だからきっと、これからももっと色々ある。
 鳥貝は、まだまだもっと百合子を好きになれる自信がある。
 百合子は、この強い気持ちが変わらず続く自信がある。
 様々な事を乗り越えて、ふたりの絆は深まっていく・・・きっと。


 それから、送ってくれるという斎の言葉を辞退して、ふたり、のんびりと徒歩と電車を使って、寄り道をしながら帰宅した。
 車でなら20分ほどの距離だけれど、ふたりが寮に帰るまでは寄り道をした事もあり、2時間近くかかった。
 けれど、色々話すことがあったから、その方が良かった。ほとんどたわいない話だった。
 リオに罵られた事を百合子が溜息混じりに話すのに、鳥貝は笑った。
 手を繋いで歩く。
 それが、幸せ。


 寮に帰り着いたのは、夜9時前。
 寮には珍しく男たちが勢揃いしていた。
 それぞれが怖い顔をしていたり、呆れた顔をしていたり。
 今日の事情はどの程度かは分からないけれど、伝わっていると思われる。
 けれど、伝わっているからこそ、ふたりの仲むつまじい様子を見て、皆表情を緩めた。
 鳥貝に、斎が絡んでいるのだ。百合子が無傷で今回の件を乗り切れたとは誰も考えない。
「リオから大体聞いた。・・・斎さんがちゃんとお灸はすえてくれたようだから、今回ぼくたちは何も云わずにいてやるよ。」 
「本当は殴りつけてやりたいけどね・・・まぁ、いつも通り、春海ちゃんが許してるんだから、ぼくが口を出すまでもない。」
「百合子、春海ちゃんの優しさにいつまでも甘えられると思うなよ? おれたちは、春海ちゃんの兄でもあるんだ。」
「春海ちゃんが本気でおまえを拒絶するような事になったら、ぼくたちは全力で彼女の側につく。斎さんと月成さんもそうだろう。おまえの信用はごくごく薄いものだと、肝に銘じておいた方がいい。」
 今日の事情・・・つまりはアレコレを含め知られている事について、男たちは一切気にしていないようだが、鳥貝はやはり恥ずかしい。
 皆に自分が大事にされているのだという実感も得られたけれど・・・それでも。
 百合子が男たちに対して、いつも通り惚気出した隙に、顔を真っ赤にした鳥貝は、自室に駆け上った。
 夕方百合子に無理やり抱かれた、まさにその場所で、彼らと顔を合わせているのが恥ずかしかったという事もある。
 後ろから百合子が追いかけてくる声と足音がしたけれど、かまわず鳥貝は部屋に駆け込んで、鍵を閉めてしまった。
「春海? おーい、春海?」
「ご、ごめんなさい。今日は、もう寝ますっ。」
「なんだよ、それじゃあ、おれも一緒に寝るから・・・、」
「ダメですっ! 今日は、百合子さんのせいで疲れましたから、ひとりでゆっくり寝たいんです。」
 しばらくの沈黙の後、溜息。
「別に何もしないよ。夕方無茶なことしたから、本当に一緒に寝るだけだから。」
 百合子が今日十分反省した事は分かっている。
 だから、その殊勝な声に鳥貝はほだされて、扉をそっと開けて・・・ほとんど無理矢理部屋に押し入られ、いつもながらの甘くて心地良い後悔をするのだった。


「春海、愛してるから・・・、」
 優しく、優しく・・・甘い声で何度も何度も囁かれて、大切に身体を抱きしめられて・・・感じるのは至福。
 またいつか、今日の夕方のような状態にならないともしれないけれど、それでも・・・その後に、こんな風に優しく、甘く、大切に扱われたら、簡単に許してしまうんだろうな、と、鳥貝は思った。
 百合子の胸に顔を埋め、鳥貝は微笑む。
 ・・・だって、百合子の事がこんなにも好きなのだから・・・。



おわり