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<オリジナル話・9>

斎【1】


 9月末。
 慌ただしく、また多くの想い出を生み出した夏休みも終わろうかという頃、忘れ掛かっていた人から、忘れ掛かっていた件について連絡があった。
「・・・というわけで、だ。その日、寮まで迎えに行くから待っているように。男達には云わずにいてくれた方がいいな。」
 夏の間アメリカに行っていたという斎からであった。
 夏の初めに、浴衣の着付けを教えてもらったお礼として提示された条件は・・・『斎と一日デート』である。
 一応警戒心のある鳥貝は、「普通の女性同士がする以上の事」をしないという約束をさせてから、快く応じた。・・・レズビアンの斎には初対面でキスをされた事があって、百合子同様に気の抜けない相手である事は十分に理解しているのである。


 新学期が始まる数日前、寮の男達はもちろん、百合子にも内緒で寮の側まで迎えに来た斎の車に乗り込んだ。
 どこへ行くんですか、の鳥貝の問いかけに、斎はひどく楽しそうに笑った。

 最初に、都内にあるオフィスビルに連れて来られた。ロビーに展示されてあるものやポスターなどから、アパレル関係の会社だと知れるが・・・何故にこんな所に連れて来られたのか、鳥貝にはさっぱり分からない。
 勝手知ったるオフィスビルなのか、斎は挨拶をする受付の女性に笑いかけて手を振り、いちいち案内を確認せずにエレベータに乗り込み、降りた所にあったのは・・・、小さいけれど写真撮影でもするようなスタジオのような場所。
 慣れない場所にきょろきょろする鳥貝だったけれど・・・。
「春海ちゃんっ!」
 突然、横から飛びついてきた人物に大層驚いた。・・・リオだった。
「は? リオさん?」
 つい先週、寮に訪ねてきた彼女と会ったばかりだった。
 今日はワインレッドのキャミソールの上に生成りのジャケットを羽織り、長い足を際立たせる細身のデニムパンツ姿。髪の毛を緩く結い上げているから、元々綺麗な首筋が栄えてより美しく見える。
 今日も完璧に美しい彼女がここにいる事に驚くばかり。
「斎さん、どうして?」
「うん。こいつに話したら、是非自分も参加させて欲しいと云うのでな。」
「・・・参加?」
 とは、何の事だろう。
 小首をかしげている鳥貝だったけれど、にこにこ笑顔のリオとにんまり笑顔の斎は簡単に答えてくれそうにない。
 そうこうしているうちに、リオに腕を掴まれてスタジオの隣の小部屋に連れて行かれて・・・目を丸くした。
 そこは、衣裳部屋のようだった。
 色とりどりの服がハンガーにかけられていたり、床の上に置かれた畳の上に並んでいたり。
 そこには、鳥貝の見知らぬふたりの女性がいた。
「紗織、その子がそうなの? ふぅん、かわいらしい子ね。」
 40歳前後の女性が鳥貝を検分するように見回しながら云う。アイメイクに重点を置いた攻撃的に見える化粧と、かっちりしたスーツ姿の女性は、どことなく斎に似ている気がするけれど。
 もうひとり、20代前半の今時風のおしゃれな出で立ちの女性が、にこにこ笑いながら鳥貝を見る。
「かわいい。そして、腕のふるいがいがありそう。でも、紗織ちゃん、髪を切るのは御法度なのよね?」
「ああ。この子の保護者がうるさいからな。髪に鋏を入れたぐらいでも、きっと怒鳴り込んでくる。ピアスホールでも開けようものなら、どんな報復をされるか。」
「うふふ。大事にされてるのねぇ・・・本当は徹底的にいじりたいけれど・・・OK、大丈夫。任せてちょうだい。」
 何の事やら、さっぱり分からない。
 きょとんとして立ち尽す鳥貝に、スーツ姿の女性が笑いかけながら近寄って、その髪をくしゃっとなぜてきた。初対面だけれど、親しげなさわり方は、不快ではなかった。
「確かに、紗織が好きそうなお嬢ちゃんだわ。もし、使えそうな写真ができたら、こっちにも回してくれる?」
「だめだ、姉上。今日は商売抜きだと云っただろ。これは、この前の貸しだ。」
「・・・はいはい。ここ、午前中は好きに使ってくれてもいいけどね、ちゃんと元通りにしておいてよ。午後からは商売の方で使うのだから。」
「了解。」
「カギは帰る時に受付にでも渡しておいてちょうだい。わたしも出かけなきゃならないから。」
 どうやら、女性は斎の姉だったようだ。確かに、全体的な雰囲気が良く似ていた。
 けれど、他の事情はさっぱり飲み込めない。
「今のはわたしの姉でな、ここのアパレル会社の副社長をしている。旦那が社長だ。リオも元はこの会社のイメージモデルだったんだよ。」
「おねえさんに強引に誘われたのよね。ここに来るのは久しぶりで懐かしいの。」
 大量にある服を色々と物色しながらリオは云う。
 事情も状況も飲み込めない鳥貝は、何から質問していいものやら分からなず立ち尽くしている。
「で、紗織ちゃん、どういう風にする?」
「とりあえず、ここで何枚か写真を撮って、それからカジュアルなもので出かけるつもりだから・・・、リオ、いいのあるか?」
「春海ちゃんは何色が似合うかしら。やっぱり、明るい色。マリンブルー! クリーム色やパウダーピンクもかわいいけれど・・・赤とか紺、黒、キツイ色は・・・どうかしら。ああ、でもいっそ、イメージ全然変えて、大人っぽくセクシーに・・・、」
「リオ、わたしは鳥貝の魅力を引き出した格好がいいんだが。この子の持ち味を活かしたい。」
「あ、やっぱりそぉ? じゃあ、ここらへんと・・・、」
 一体、何が起ころうとしているんだろう。
 鳥貝は嫌な予感に、おろおろし始める。
「あ、あの、斎さん、一体、何を・・・?」
 斎の服の裾をつんつん引っ張ってやっとそう尋ねると、斎はにんまり笑う。
「そりゃもう、女の子の夢、着せ替え人形ごっこ実写版、特別バーションだ。」
「・・・はい?」
 
 『着せ替え人形ごっこ〜実写版』
 それは、女の子大好きな斎とリオのふたりが、素材はいいのにそれを生かし切れていない、好みのかわいい女の子を好きなように着飾らせて楽しむ遊びである。
 聞けば中学生の頃からよくしていたと云う。もっとも、学生の頃は、主に手持ちの洋服や化粧品で遊んでいただけあり、ここまで本格的なものは初めてで、この遊び自体久しぶりなのだ。

 ・・・と、とてもとても楽しそうにふたりは説明した。

 つまりは、生きたお人形さんに仕立て上げられた鳥貝は、それからの数時間、実に実に、大変な思いをした。
 普通の女の子のカテゴリから少々ズレ気味の鳥貝だけれど、いろいろな洋服を着られる事は嬉しい・・・が、嬉しいのはせいぜい最初の2,3枚だけ。その後は、ほとんど記憶にない。
 最初こそ恥ずかしがった、人前で下着姿になる事すら、最後の方にはどうでもよくなっていた。
 おしゃれな女性は、斎の友人でもある美容師のTと云い、斎とリオの注文にノリノリに応えつつ、ふたりと共に鳥貝の髪と顔をいじり回した。当初の注意通り、髪は切られなかったけれど、産毛剃りと眉の形を整える事はきっちりされた上に、アドバイスももらった。
 ちなみに、斎とリオも何着か着替えをして、鳥貝と共に、特に気に入った格好の写真を(こちらは、素人がデジカメを用いただけだが、ライトなどの機材は本物だ)撮った。
「うんうん、よく撮れてる。」
「春海ちゃん、カワイイ。ね、紗織、これちょうだいね!」
 デジカメ画像を見て大層ご満悦の斎とリオ。
 鳥貝は・・・正直、それどころではない。そもそも、自分が着飾った写真に興味は薄い。
 ぐったりしながら見た時計は12時少し前である。
 一日斎とデート・・・これからどんな難題を押しつけられるのか・・・鳥貝はため息をついた。
「じゃあ、鳥貝、これで最後だ。」
 会社で借りている服を汚すわけにはいかないので、脱いで綺麗に元に戻した後、借りもののバスローブを着ながらお茶を飲んでいた鳥貝に、斎は箱を差し出した。
「? ・・・何ですか?」
「この服で最後だよ。多分、君に似合うと思うんだが。」
 鳥貝の目の前で開けられた箱には、シンプルなシルエットと色合いだけれど、可愛らしくて上品なワンピースが入っていた。普段着としても着られそうなデザインであるが、多分とても上質な素材であるのは洋服に格別のこだわりのない鳥貝にでも知れた。
 そう、洋服に格別のこだわりのない鳥貝だから気づかないけれど、それは世界的に有名なブランドのマークのついた箱に入っていた。
「アメリカにいた時に、これならば君に似合うと思ってね、購入してきた。サイズもおおよそ分かっていたから大丈夫だと思うんだが。着てみてくれ。」
 実際、ぴったりだった。
 洋服に合わせたメイクをしなくても、普段の鳥貝に似合うデザインである。
 しかも、そのワンピースによく合うパンプスも斎は取り出した。
「じゃあ、わたしはこれ。」 
 云って月成が取り出したのは、アクセサリー。控えめな大きさのイヤリングとネックレス、髪留めは、小花をあしらったかわいらしいものだった。
 それを、月成は自分の手で鳥貝につけてくれる。
 色々着せ替えられたどの服も、ふたりの見立ては良く鳥貝に似合っていたけれど、多分、このワンピースが一番よく似合う。
 美容師のTが鳥貝のメイクをいったん落としてから、鳥貝の持つ少ないメイクアイテムでも十分にできるメイク方法を細かく教えてくれながら、メイクをしてくれた。髪型も、ほとんど元の状態から整髪料で少々形を整えただけのものだ。
 ナチュラルだけれど、鳥貝の顔立ちがよく映えるメイクと髪型だった。
「よし、これで、OKだ。」
 満足げに斎は頷いた。
「・・・えーと、最後にまた写真撮るんですか?」
 時間が迫っている。
 片付けを始めたTにお礼を云ってから、鳥貝が斎を見ると、月成と顔を見合わせて笑ってから・・・云った。
「写真はいらないな。」
「うん。またその格好で、一緒に遊びに行ってくれる方がいいわ。」
「・・・? でも、」
 これは借り物の服で・・・と、云い出す前に、斎が鳥貝を抱き寄せた。
「ひゃっ、」
「わたしからのプレゼント。・・・なんてかわいい。」
「アクセはわたしからね。よく似合ってる。」
 月成が鳥貝の頬に手を添えて微笑む。
 同性からこういう事をされるのに慣れていない鳥貝は顔を赤くして戸惑うしかない。・・・しかも、ふたりとも誰もが憧れる美女である。
「で、でも、こんな高価そうなもの、いただけません。」
 これだけはきっぱり云う。
 理由もなく、こういうものをもらえるわけがない。鳥貝の倫理観だ。
「わたしは、それを着た君が見たくて、君に着せたんだ。君のためでなく、自己満足だよ。」
「わたしのは、無料でもらったものだから、あげても問題ないのよ。自分でデザインしたものの、試作品のひとつなの。」
 それでも、なんだか気がひける。
 まごつく鳥貝に、斎とリオは顔を見合わせて提案した。ふたりとも考えることは同じだったようだ。
「じゃあ、今度その服を着てまたデートをしよう。」
「わたしは春海ちゃんとゆっくりお茶とお喋りがしたいわ。」
 鳥貝としては・・・彼女たちから受ける過ぎた好意に未だに慣れないけれど、自分より遙かに大人な彼女たちの好意に甘える事にした。
 彼女たちが、こうして(かわいい)女の子にちょっかいをかけるのは趣味であり生き甲斐だ、とは寮の男達もよく口にする事でもあったし。
 自分が夏目の妹で、その親友達と懇意にしている、という以外で彼女たちが自分に良くしてくれる理由は鳥貝には分からないけれど、彼女たちには鳥貝も好意を持っていたからでもある。
 ・・・彼女たちが鳥貝に良くする理由は純粋に「かわいい」からであるのだけれど、女子校育ちレズビアン系の彼女たちのその趣味は、鳥貝には分からない。


 その後3人でランチを食べに行き、ショッピングにふらつき・・・ふたりの美女に弄ばれながらも、楽しい時間を過ごした。
 ちなみに、これらの事は寮の男達にも百合子にも内緒の出来事である。
 彼らは(うちひとりを恋人に持つ人物でさえ)彼女たちの事を基本的に苦手とし、鳥貝が彼女たちと懇意にしている事について、微妙な態度を取るのが分かっているからだ。
 鳥貝は、あえて周囲に波風を立てるのを好まないのである。


 10月に入り、夏休み明けのけだるい講義が始まってしばらく経った頃、校内で偶然会った斎に、丁度良かった、とこの間の約束を翌日に実行する事となった。
 斎曰の校内デートである。
「もちろん、あの服を着てくるんだよ。アクセもな。メイクとヘアも独力でがんばっておいで。わたしが手直ししてあげよう。」
 朝デート・昼食デート・放課後デートだ、と鳥貝の講義予定を聞いて斎は云った。
 校内では時間があると鳥貝にくっついてくる百合子の事が少し気がかりだったけれど・・・一日くらいいいかな、と簡単に考える鳥貝は、百合子の(人並み外れた)恋する心を把握しきれていない。



つづく