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[鳥貝大学3年の春のアナザーストーリー]

Memories〜春海【7】


「・・・、っ、あの、先にシャワーを・・・、」
「構わない、」
「んっ・・・、でもっ、」
 あの後、抱き上げられ、そのまま鳥貝の部屋に運ばれた。一階の居間から二階の部屋までずっと、この細い男のどこにその力があるのかと思うほどだった。
 部屋の灯りはつけずにいてくれているけれど、ベッドに降ろされた後、そのまま抱きしめられている。
 こういう行為が初めての鳥貝は、どうしたらいいかわらない。ただ、恥ずかしくて仕方ない・・・でも、百合子をずっと身近に感じられて、嬉しくもある。
 百合子の唇が首筋を這い、鳥貝の服を慣れた手つきでたくし上げる。
「っ、ひゃ・・んっ・、」
 首筋に百合子の熱い唇と舌と吐息の感触。百合子の手が直に素肌に触れてくる。それだけで、あられもない声が出てしまう事に、鳥貝は自分でも驚く。
「・・・春海、かわいい・・・、」
 嬉しさに弾むような声を、小さく抑えて鳥貝の耳にささやきかける。
 百合子の愛撫に身体中が敏感になってきている鳥貝は、それだけでぞくりとする。
「ゆ、百合子、さん・・・、」
 やらしい声を聞かれている事が恥ずかしくて、震える声で鳥貝は云う。
「なに?」
 始終嬉しそうな声をしている百合子は上機嫌で応える。
「・・・あの・・・、わたし、」
 歯切れの悪い鳥貝の言葉だけれど、百合子はじっと続きを待つ。彼女の云わんとしている事が分かっているのかも知れない。
「こういう事するの、初めてだから・・・、その、」
 さすがに鳥貝の言葉に、息を吐いて笑ったけれど。
「・・・百合子さんっ、」
「そうだよな。うん、おまえは初めてだ。」
 「は」に力を込める意味を、鳥貝だって理解する。
「だっ、だって仕方ないじゃないですか・・・、本当に初めてで・・・、」
「うん、分かってる。・・・やさしくするから、」
「えと、・・・その、それに、どうしたらいいか分からない、から、」
 鳥貝がしきりに不安がるのに、百合子は笑い出す。
 実際、ふたりは付きあって2年以上をすごし、こういう事も当たり前の行為になっていたのに、それをまったく覚えていない鳥貝が可愛くて、可笑しかった。
「おまえは、何もしなくていいさ。おれに任せとけばいいよ。」
 鳥貝は戸惑いながら頷き・・・それから。
 気がつけば互いの服はなくなって、素肌で抱き合っていた。
 薄闇になれた目は素肌の互いを確認し合う。
 百合子の愛撫は鳥貝の弱点を知り尽くしていて、彼女の理性はあっという間に希薄になりながらも、それでも、羞恥心は捨てきれずにいる。
 自分自身でさえも見たことのない場所を丹念に舐められて、何度もかすかな抵抗の言葉を口にする。
 感じているのにそれでも、理性を失いきらないのはやはり鳥貝だ。
 そして、鳥貝の体は驚くくらい素直に百合子に反応を返し、本人の戸惑いとは裏腹に軽い絶頂を迎え、百合子を微笑ませた。
「・・・初めてにしては、すごい感じっぷりだな・・・。ここもぬるぬる、」
 少しだけ意地悪な言葉を云って、彼女の感じる部分を指先でこね回す。指を差し入れてかき回す。
「ひゃ、やっ、だって、あっ、や・・・ん、指、やだっ、」
 内股が震える。中に入れた指を心地良く締め付ける。
 今の鳥貝にとっては、指を中に入れられる事さえ、初めてで怖い。
 百合子は、鳥貝との最初の夜の事を鮮明に記憶に保存している。だから、あの夜に比べて、彼女の体が柔軟に百合を受け入れようとしているのが分かる。
 記憶では初めてでも、体はちゃんと覚えている。
「春海、やっぱりおまえ、すげぇかわいい。」 
 何度目になるか分からない「かわいい」を百合子は繰り返さずにはいられないくらい、鳥貝が可愛くて、愛しくて仕方ない。
 久しく鳥貝に触れていなかった事もあり、いつもより興奮の度合いが深いけれど、今の性経験のない鳥貝を怯えさせるわけにはいかない。
「・・・入れるけど、大丈夫か?」  
「・・・っ、え、えと・・・は、はい、でも・・・、」
 闇の中でもはっきり分かるほど顔が赤くなって、ひどく戸惑っている様子が分かる。
 なぜ戸惑うのかも、手に取るように分かる。
 百合子は鳥貝の頬に手を添えながら、さっきも思った事を、優しく、少しだけ意地悪に口にしてやる。
「怯えなくても、おまえの体はおれを受け入れる。おまえの体は、おれの事をちゃんと覚えていてくれているから、大丈夫。」
「っ、あっ、はい・・・、」
 返事はしたものの、鳥貝は強ばるようにきゅっと目をふさいでしまった。
 その様子がまた、ひどく初々しくてかわいくて、唇に優しいキスを落とすと、己の欲望の昂まりを理性で押さえ付けながら、優しく鳥貝を蹂躙した。


「・・・っ、ぁ、ど、して・・・、」
「・・・何が?」
「んっ、初めてなのに、」
「気持ちイイ?」
 くすっと笑って言葉の先を口にしてやると、鳥貝は小さく呻いた後、ぎこちなく頷いた。
「初めてじゃないし・・・おれとおまえの体は相性がいいんだよ。・・・おれも、すげぇ、気持ちイイ。」
 こんな快楽、他には知らない。一度知ってしまったら、二度と手放せなくなる。体だけではここまで気持ち良くなり得ない。ふたりの心も繋がっているからだ。
「さっきからシーツばっか握りしめてないで、おれの背中に腕回せばいい、」
「でも・・・きつく握っちゃいそうで、」
「おまえの力で握られたくらいどうって事ない。爪をたててくれても構わない。・・・おまえがそれだけ夢中になってる証拠だからな、」
 鳥貝の手を取って自分の背中に回すと、おずおずと鳥貝も百合子の背を抱きしめ、ほっと息をついた。
「・・・この感触、知ってる、」
「ん?」
「百合子さんの背中の感触、懐かしい。・・・指先が覚えてるみたい、」
 瞳を細めて幸せそうに微笑む鳥貝が、ひたすら愛おしくて。
 蕩けるようなキスをしてから、再び彼女の内なる感触を確かめる作業に没頭した。


 ふたりが真実初めて体を重ねたあの日、百合子は気持ちを抑えきれずに鳥貝に対して結構無茶なことをし、初めての鳥貝はそれでも百合子を受け入れた。
 今の鳥貝は、気持ちでは怯え、体は緊張しながらも百合子をしなやかに受け入れて、心地良く締め上げてくる。
 百合子の知る鳥貝の体そのものだった。
 最初こそ緊張していた体も心も、すぐにもたらされる快感に従って、柔らかく緩んで、芳香を放ち始める。
 鳥貝の声は、最初こそ戸惑いがちだったのに、そのうち普段より遠慮がちではあるけれど、甘くなって百合子を求め始める。
 心と体が繋がる。
 ふたりでいる充足感をより感じられる。
 溶け合ってひとつになる。
 だから、鳥貝とするこの行為が、百合子は大好きだ。
 20歳でも16歳でも関係ない。彼女が彼女である限り、愛さずにはいられない。
 自分を忘れてしまった彼女。2年を越える歳月の間に培ったふたりの関係はあまりに強すぎる。それを忘れられてしまったのは、辛い。当初は絶望さえ覚えた。けれど、ふたりの人生のこれから先は長く、今の彼女との関係が2年、それ以上にもっと長く続けばいいだけの事。
「・・・春海、愛してるから。これから先も、何があってもおまえを離さない、」
 腕の中の鳥貝は可愛い泣き顔と笑顔で必死に頷いてくれた。


 少し離れた場所から響く電子音のメロディで目を覚ます。
 携帯の着信だ。自分のものではない。が、メロディには聴き覚えがある。鳥貝の携帯だろう。
 百合子は腕の中の暖かな鳥貝の感触がしばらく後に離れて、彼女の携帯に応答する声を夢うつつで聞く。
「おはよう。でも、どうしたの、こんな時間に?」
 相手の声は聞こえない。
 鳥貝の砕けた口調からも、それがごく親しい身内だと理解する。・・・おそらく、両親だ。
「え? なに? ごめん、よく意味が分からない。何の事? ・・・は? どうしたの、お母さん、寝ぼけてる? ・・・うん、はぁ?」
 鳥貝の言葉には疑問符がつきまくりだ。
 百合子はゆっくりはっきり意識をうつつに移し終え、体を起こした。
 鳥貝に違和感を覚える。
「記憶喪失? ・・・って、誰が? わたし? はぁ!? なんで、そんな事、」
「春海!?」
 電話中にも関わらず、思わず呼びかけてしまう。
 鳥貝は、携帯を耳に当てたまま振り返り、小首を傾げる。
 カーテンが引かれ、朝日が遮られた部屋だ。けれど、どこかから入りこむ光によって薄ら明るい。
 体に何も身につけていない鳥貝は、恥ずかしがるそぶりもせずにベットの縁に腰掛けていた。
 百合子のする事全てに羞恥を表していた昨夜の鳥貝ではない。
 それは、まるで・・・。
「・・・百合子さんに? うん、分かったけど・・・。・・・百合子さん、母が電話を替わって下さい、って・・・、」
 やはり小首を傾げながら百合子に自分の携帯を差し出してくる。
 言葉に含まれる感情が、自分に対する態度が、違う。
 百合子こそ戸惑いながら携帯を受け取って、混乱した様子の鳥貝の母の声を聞く。
「春海、もしかして記憶が戻ってます!?」
 礼儀正しい鳥貝の母親にしては珍しい、挨拶も前置きもない唐突なその言葉に、百合子は、ああ、と思う。
「おれも、さっき気付いたばかりなんで、分からないです。でも、多分・・・。確認して、後でかけなおします。」
 母親の心配はもっともだ。鳥貝のそばに居るわけじゃなく、百合子以上に状況が把握できないのだから。
 けれど、寝起きの百合子にも何も分からない。
 だから、百合子は携帯を切った後、鳥貝の腕を引き寄せた。
「春海、」
「なんですか。・・・というか、お母さん、何だったんですか? わたしが記憶喪失とか云ってたけど・・・百合子さん、何か・・・、」
 百合子に裸の腰を抱かれていても、抵抗することなく体を預けてくる。
 これは、昨日の夜の鳥貝と違う。
 唐突にキスをする。
 鳥貝は少しだけ驚いた様子に体を震わせたけれど、あっさりと百合子のキスに応え、濃密なそれを続けさせた。
「・・・ん、朝から、もう・・・。一体、何だって云うんですか?」
 甘い声で拗ねたように云い、真っ直ぐに百合子を見上げてくる。
「春海・・・、」
「なんですか?」
「おまえ、昨日の夜のこと、覚えてるか?」
「はい?・・・だから、一体何が、」
「思い出せたら、話す。」
「・・・っ、もう・・・、」
 唇を尖らせた鳥貝は、それが当たり前とでもいうように、百合子の腕に体を預けながら、記憶を思い出そうと瞳を細めた・・・けれど。
「・・・百合子さんと、喧嘩、しましたよね?」
 声が不安そうに震えている。
「してない。」
「うそ、だって・・・、あれ、でも・・・、」
 言葉が乱れて、俯いてしまうのを、百合子が抱きしめる。
「思い出せる内容、話してみろ、」
「・・・記憶が、あやふやなんです。どうしてだろう・・・。」
 記憶力が良いはずの自分の記憶に自信がない。しかも、昔のそれじゃなく、たった昨晩の記憶なのに。鳥貝にとってそんな事は初めてだった。
「百合子さんがまた無茶なことして・・・お茶をパソコンにこぼしちゃったから、それで、わたしが怒って、部屋を出て、多飛本さんの所に・・・、」
 云っている最中に百合子が強く抱きしめてきて、鳥貝は息苦しくなって、身じろぐ。
 記憶は、戻った。
 鳥貝の言葉に、態度に、確信できてしまう。
 百合子は叫びそうになるのを必死で抑えるために、鳥貝を抱きしめ続ける。
 嬉しくて、たまらない。
「っ、ちょっと・・・、」
「春海・・・、すげぇ、好き、」 
 云われ慣れた言葉に、鳥貝は少しだけ頬を膨らませ、抗議しようとした。さっぱり状況が飲み込めないのだから。
「だから、さっきから何なんですか、説明を・・・、」
 けれど、言葉は途中で飲み込まれる。
 百合子が・・・泣いていたから。
 頬を緩く流れる涙の筋を見たら、何も云えなくなった。
 状況はまったく分からない。
 けれど、鳥貝は百合子を抱きしめた。
「・・・後で、全部、話す。だから、今は・・・もう少しおまえを感じさせて、」  
 百合子も鳥貝を抱きしめ返し、ふたり、しばらく抱き合っていた。


 階段から落ちて、記憶を失って、一週間。
 百合子は鳥貝に説明し、その後、心配して連絡を待っているだろう鳥貝の両親に連絡した。
 両親は驚いて、喜んで、これから東京に向かうと云った。顔を見ておきたいのだ、と。
 鳥貝本人も勿論大層驚いていたけれど、百合子の言葉はともかく、生真面目すぎるくらいの両親がそういう大層な嘘はつけないと知っている。
 だから、納得した、けれど。
「・・・っ、もしかして、やだ、ヒドイ・・、」
 お風呂場に入ってすぐの事である。
 体の各所にくっきりと残った痣は云うまでもなく百合子の痕。
 それは、まぁ、いつもの事だからともかく。
 鳥貝が泣きそうな顔をしたのは、もっと別の事。
「わたしが何も知らないからって、いいように弄んだんですね、」
「人聞きの悪い。おまえも同意していたし、やらしく腰ふっておれにおねだりして・・・、」
 云いきる前に、鳥貝が百合子を抓る。
 昨夜の記憶が一切ない鳥貝だけれど、百合子と抱き合った後だというのは、今朝の状況からでも理解できた。無理矢理ではなかったのも、理解できる。体に嫌な感じは残っていない。
「百合子さん、ひどい。何も知らない16歳のわたしを、だましたんだ。普段のわたしが、口を酸っぱくして云ってる事、守ってくれなくて、」 
 鳥貝は当てこするように云い続ける。
 記憶がないからこそ、不快なのだろうし、他にも・・・多分別な感情もある。
 ちなみに、鳥貝がひどい、と云い続けている原因は・・・。
「そんなに云うなら、責任持っておれが洗ってやる、」 
 シャワーを引き寄せて、鳥貝を抱き寄せて、百合子は鳥貝のその部分に手を伸ばした。
「やっ、ちょ・・・!」
「中も、奥の奥の方まで洗ってやるから・・・、」
「ひゃっ!」
 百合子の指が入ってくる。
 長い指。器用な指。
 慣れた感触とは云え、百合子の巧みな動きに、いつも流される。
 鳥貝の中にまだ留まっていた百合子の精が、長い指で掻き出され、ぽたぽたとタイルの床にしたたり落ちる。
「やっ・・・、っ、ん、」
 鳥貝の吐き出す吐息はすぐに甘くなる。
 百合子にこんな風に体を洗われる事は、時々ある。毎度鳥貝が迎合しての事ではないけれど、でも・・・そういう行為に及ばれることに、鳥貝は慣れてきてしまっている。本人、後でいつも後悔するのだけれど。
「思ったより、すげぇ残ってる・・・そりゃ、2度も長々と中で頑張れば当然か・・・、」
「ん、もぉ! ・・・最初もそうでしたよね。分かってないわたしに無理矢理・・・、」 
「けど、昨日の夜は、おまえが中でもいいと云ったんだ、」 
「・・・いっ、云うわけありませんっ!」
「云った。気持ちいいから、このまま、って。初めてだって自称していたわりには、すげぇやらしい声あげて、腰震わせて、」
 百合子はにやにや笑っている。からかわれているのか、事実なのか分からない。
 百合子と出会うまでそういう事を何も知らなかった、16歳の自分が百合子が云うような淫乱めいた事をするとは思えない。
 自分の知らない16歳の自分。
 百合子と肌を重ねたのは自分なのに・・・。
 鳥貝は、思い切り顔をしかめて、百合子の腕をふりほどいた。
「自分で洗いますっ!」 
「うん、じゃあ、洗っている所をじっくりと・・・、」
「ばかっ! 百合子さんは後で入って下さいっ!」
 百合子を外に追い出して、鳥貝は溜息をついた。
 嫌な気分が胸の中にある。
 洗い流すために、自分でその部分に手を伸ばして・・・小さく呟く。
「自分に嫉妬して、どうするんだろ・・・、」
 昨晩に百合子とした会話も、どうやってそういう状況になったかも、一切覚えていない。百合子の事だから、そこら辺も詳しく教えてくれるとは思うけれど・・・聞いて、改めて嫉妬するのは、嫌だった。
 けれど・・・さっき、自分を抱きしめて泣いてくれていた百合子を想うと、嫉妬の感情も和らいで、微笑んだ。
「でも、事実確認だけはちゃんとしないと!」
 そういう所に関しては百合子を100%信用していないから、シャワーを浴びてすっきりしてから、寮の男達に確認を取るつもりではいた。
 さすがに一週間、丸ごと記憶がないのは色々不都合だし、おそらく各方面に迷惑をかけた事を考えれば・・・。
「お礼、ちゃんとしないといけないな、」
 生真面目な鳥貝はそう思って、体を洗うことを再開した。そろそろしびれを切らした百合子が入り込んでくる事を想定しつつ。
 

 百合子とじゃれ合いながらシャワーを浴びて後、身支度をして階下に降りると、既に出かけてしまった多飛本以外の男達がコーヒーを飲みながら居間で待っていた。
 百合子がお風呂場の外で待機している間に、男達に連絡を済ませたようだ。
 朝食の用意が出来ているから、先に食べておいで、と食堂に促され、鳥貝は色々聞きたいこととお礼を胸元に留めつつ、朝食をいただく事にした。
 が、その最中に来客だ。
 寮の扉のノッカーが打ち付けられる。
「百合子、彼にも連絡はしたのか?」
 鳥貝と向かい合って食事をする百合子に居間の安羅が立ち上がって問いかける。
「してない。」
「じゃあ、ま、ついでだな、」
 彼とは誰の事だろう。
 扉を開く前から来客が分かっているのだろうか。
 百合子に眼差しで問いかけても、百合子は肩をすくめただけだ。
 どうせすぐにわかる、そう云っている。
 実際、安羅が玄関を開けて招き入れた人物は。
「安羅さん、おはようございます。あ、皆さんも。春海ちゃんは・・・、」  
 玄関から入ってすぐ、スリッパに履き替えた男が辺りを見回すのに、安羅は苦笑いして食堂を示してやる。
 その声が食堂まで聞こえてきて、鳥貝は首を傾げた。
「Nくんだ。どうして寮に?」
 百合子は、薄く笑って小さく「吠え面、見てやろうじゃないか、」と呟いたけれど、その意味を鳥貝は解さない。
「春海ちゃん、おはよう。今日はご両親見えるんだよね? 夕方? 荷造りはもう終わったの?」
「・・・、えーと、」
 状況説明を求めるように百合子に視線をやれば、百合子はサラダのトマトをフォークに刺しながら、にやっと笑って・・・鳥貝は嫌な予感を感じる。
「鳥貝の両親が見えるのは昼過ぎだ。それから、荷ほどきは今日中に済ませる。」
「・・・って、え、もしかして、」
 Nは目を丸くして動きを止めた。
「・・・あのね、わたしもまだ状況が把握できてないけれど、記憶喪失の事で、Nくんにも迷惑かけてた、かな?」
 Nとの事、Nへの想いも、当たり前だけれど綺麗さっぱり忘れている。もっとも、昨晩の段階で既に百合子はNに勝利を収めていたわけだけれど。
 百合子はにやにや笑っている。
 Nは、頭を振って、頭を抱えた。
「Nくん・・・?」
「ああ、いや、迷惑なんて・・・。そうか、戻ったんだ、オメデトウ、」
 あまり心がこもっていない。
「これで、名実ともに、春海はおれの恋人だ。おまえは以前通り、良いお友達まで格下げだな、」
 けけけ、とせせら笑う。
「・・・お友達で結構です。けど、諦めてはいませんから!」
「諦めろ。昨日の夜の、16歳の春海だって、ちゃんとおれに惚れて告ってくれたんだ。そもそもが所、おまえの出る幕はアリの隙間ほどもない。」
「っ! どうせ、百合子さんが無理になんかしたんじゃないですか!?」
「違ーう。ちゃんと春海に意思確認とってから、行動に移した。」
「・・・って、もしかして、」
「白雪姫の目覚めはキスだけだったが、春海はおれとの愛あるえっちで・・・、」
 それまでふたりの云い争いにげんなりした表情をしていた鳥貝が、顔を赤くして、百合子の頬を抓った。
「百合子さん、いい加減にしてくださいっ、」
「は、春海ちゃん、本当!?」 
「・・・、Nくんも、そういう話題、ナシ! そもそも、わたし、この一週間の記憶はないんだから、昨日の夜の事だって、何も覚えてないし。」
「昨晩の春海、すげぇかわいかった。初めてなのに一生懸命おれに応えてくれて、ふたりの初めての夜を思い出した・・・、っ、てっ!」
 云い続ける百合子の両の頬を抓り上げる。
「ゆーりーこーさん。そういう事云わないっ!」
「だって、事実だからな。昨晩何があったかは、今晩にでもじっくり教えてやる。1週間分の16歳のおまえも、初々しくてすげぇ可愛かったから、できばそれも思い出して欲しいしな。」
「ばかっ、もぉ!」
 ふたりのいつものじゃれ合いが復活した。
 Nは大きすぎる溜息をついて、肩を落とした。こうなっては悔しいけれど百合子の言葉を受け入れるよりない。・・・自分の入る隙間がほとんどなくなったのだと。
 Nの背後からぽんと肩を叩いたのは安羅。同情たっぷりの苦笑でNを居間へと導いていった。
 そして、朝食の後片付けが終わるまで、鳥貝と百合子のじゃれあいは続き、その後は居間でこの一週間の事々を話した。
 それから・・・鳥貝は大忙しだった。各所への連絡、訪れた両親との対応。また、連絡を受けた人間達の来訪。
 夕方になるといつの間にかケータリングサービスで料理が運び込まれ、パーティが始まっていたりして。こういう派手派手しい事の首謀者は当然・・・斎とリオ。
 自分の回復を祝う人達に囲まれて、鳥貝は本当に幸せだった。
 けれど、何よりの幸せは、やはり・・・。


 人が引けた夜遅く、鳥貝は荷造りして段ボールに詰めてあった荷物を紐解きながら、楽しかった今日一日を振り返る。
 その側には当然のように百合子。
「明日から復帰するつもりか?」
「もちろん。だって、大学の子たちにもお礼云わないと。」
「・・・一日くらい延ばせよ。」
「ズル休みはダメです。」
「ズルじゃない。おまえの両親も云ってただろ、もう一度病院に行かないと。それに、おれの家にも来てくれるだろ? 千早が会いたがってた。」
 病院は午前中に行くつもりではあった。けれど、百合子の家族にも心配をかけていたのだと改めて思うと、結局百合子の言葉に丸め込まれてしまう。
 しばらく考え込んだ後、溜息をついて百合子を見る。
「じゃあ、午前中に病院に行って、それから百合子さんのお家にお邪魔します。」
「了解。それじゃ・・・久しぶりに、しよ?」
 自分の言葉に丸め込まれてくれた鳥貝に気を良くしてにっこり笑った百合子が、背後から鳥貝を抱きしめる。
「・・・は? ・・・、・・・昨日の夜、したんじゃないですか!?」
「昨日の夜は、16歳の春海だった。おれは、今の20歳の春海としたいんだ。ふたりが培ってきた2年以上の歳月を、確かめたい・・・、」
「・・・、そんな云い方、ずるい・・・、」
 抵抗を口にしようとしてた鳥貝は、その言葉に何も云えなくなった。
 鳥貝だって、昨晩の記憶がないから・・・百合子とはしたい・・・とは思わないでもない。というより・・・実は、今朝目覚めてからの、云いだせないもやもやした嫉妬が、まだ胸の中にあったから、それを打ち消したかった。だから。
「・・・明日、病院も行くんですから、跡は残さないでくださいね・・・、」 
 小さい声で云う鳥貝に、百合子は笑った。
「昨日の跡がまだ消えていないけどな、」
「・・・、・・・目立たない場所なら、つけていいです・・・、」
 ちりっ、と胸が痛くて、拗ねるように云ってしまった言葉に、百合子は鳥貝の心情を察したのか、声を立てて笑った。
「それなら・・・えっちな場所に、いっぱいつけてやるから、」 
「・・・っ、もう・・・、」
 いつもながらに恥ずかしい。でも、嬉しくて、鳥貝は微笑んだ。
「16歳のわたしにしたよりもっと、いっぱい、愛して下さい・・・、」
 顔を真っ赤にした鳥貝の精一杯の嫉妬を含ませた誘い言葉に、百合子はうっとり微笑んだ。
「おまえは何歳でもかわいい。おまえがおまえである限り、おれはどうしても愛してしまうんだ。だから・・・嫉妬してくれて、嬉しい。16歳のおまえもすげぇかわいかったけど、おれの事ずっと好きでいてくれる、今のおまえが一番好きだ。」
 唇を重ね、抱きしめ合って、今ふたりがここで繋がっている至福を感じた。
 これから先も、きっとずっと、一緒にいられる。
 ふたりは委ね合った互いの心と体を実感して、そう、思い、いっそう幸福感に包まれた。
 ふたりは、きっと、何があっても離れない・・・確かに絆がある。



おわり