※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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| [鳥貝大学3年の春のアナザーストーリー] Memories〜春海【6】 記憶が戻らないまま6日目を迎えた。タイムリミットは迫っている。 翌日になっても記憶が戻らなければ、鳥貝は郷里に帰る事になる。それは、毎日両親と取る連絡の中で何度も確認した。 7日目の朝に戻っていなければ、迎えに行く、と。 基本、しっかり者の娘の自主性を重んじる両親だけれど、現在の普通ではない娘の状態を考え、その状態で周りにかける迷惑を考え、良識的な彼らは娘を手元に戻す事に決めていた。 当初であれば、鳥貝もそれに簡単に納得していたけれど、昨晩は少しだけ云い争った。両親とほとんど喧嘩したことのない鳥貝にしては珍しい事だ。 云い争いの原因は、もう少しだけこちらにいたい、と主張した事。両親は「きりがない」とそれを却下した。今の自分がどれだけ周囲に迷惑を掛けているかも諭され、結局鳥貝は押し黙らずにいられなかった。 大学に休学届けを出すよう両親は言い含めたけれど・・・その書類を手元に置いてまだ、鳥貝は悩んでいた。 鳥貝がこういう状態になって以来、毎日誰かしら訪れる寮もさすがに夜間は人気も途絶えていた。 今日は昼に斎が来て、近隣のドライブに連れて行ってもらった。昨日はほぼ半日月成がいて、一緒にお菓子作りに挑戦した。途中から千早も参加した。大学の友人達も顔を見せ、そして、現状の鳥貝の恋人であるNもやってきて、百合子とらちのあかない嫌みの応酬をしていた。 寮の男達は、勿論鳥貝を気遣って融通をきかせて鳥貝といる時間を取ってくれつつも、日常の生活をおろそかにもできないため、常に寮にいるわけではなかった。今日は夕食を取るためと鳥貝の様子を見るために、夕方に一度帰ってきたけれど、それぞれがそれぞれの所用で出払った。 結局、寮には鳥貝と百合子だけが残る。 当初こそ百合子を嫌い、苦手にしていた鳥貝も、今はもう彼がそばに居ることを当たり前に受け止めていた。 彼がそばにいる事に以前のような不快感はないけれど・・・己の心の中の葛藤が苦しかった。 つまり・・・恋人であるNよりも彼に惹かれてしまう、自分の不謹慎さへの嫌悪。また、そばにいるのに彼に触れることのできないもどかしさ。 「今日で最後、か・・・、」 居間で大学一年時の一般教養の教本とノートに目を通す鳥貝の側で百合子は呟く。 「・・・。まだ明日もあります。」 「けど、明日の朝、もどってなければ、だろう? 同じ事だ。」 声に宿る切なさに、胸を突かれる。 16歳の鳥貝にとって、百合子は見知らぬ男にすぎなかった。 でも、今は・・・正直な気持ちは・・・。 「・・・ずっと考えていたんですけど、」 言いだせずにいた馬鹿げたことを口にする。 きっと、みんなから反対されて怒られるに違いないこと。でも、ここにいられるのはもう明日の朝までしかないかもしれないから。 「なんだ?」 百合子が真っ直ぐ見つめてくる。 「・・・わたしが記憶を無くした時と同じ事、再現したらどうかな、と・・・階段から落ちてみるとか・・・、」 「っ! ばかか!」 案の定というか、鳥貝の言葉を遮って百合子が怒鳴った。 かなり本気で怒っているらしい、表情が非道く険しく、頬が紅潮している。 「何を考えてるんだ、おまえはっ!! あんなこと、二度とごめんだ! 記憶がなくったって、おまえは生きてる! おれは、もう、それだけで・・・いい、」 言葉尻が静かになり、百合子は溜息をついた。 「・・・頼むから、そういう事考えるな。おれは、おまえが生きていてくれるだけで、いい。記憶は・・・諦めないから、」 この一週間ずっと一緒にいて、自分が彼に惹かれていく気持ちは、そのまま彼が自分に向ける恋情に引きずられていると思っていた。 こんなに強く愛されていて・・・彼に恋しないわけがない。 「・・・わたしは、あなたにあなたの恋人を返してあげたいんです。・・・わたしは、あなたの恋人じゃないから・・・記憶を、取り戻したいんです。」 切ない想いを口にする。 言葉の裏に、彼への想いが隠れている。それを百合子は感じ取ったのか、苦笑した後、鳥貝に向かって微笑んだ。 「おまえが、おまえであるなら、おれはおまえを愛さずにはいられないんだ。・・・愛してるよ。」 細めた瞳で、唇に乗せた柔らかい笑みで・・・想いを真剣に伝えてくる。 こんな恥ずかしい言葉を真剣に云われた事はない。 ・・・きっと、20歳の自分はこんな言葉を当たり前に受け止めていたに違いない。 いたたまれなくて、己に嫉妬する自分が情けなくて、鳥貝は俯いてしまう。 百合子は何も云わない。深い溜息が聞こえて、恐る恐る顔を上げると、変わらず細めた瞳で鳥貝を見つめていた。 鳥貝に何も云わない・・・だから、更にいたたまれなさが募って、思わず自分から口を開いてしまう。 聞きたくて、聞けずに胸の中にあった疑問のひとつ。 「あっ、あなたは、わたしの、どこが好きだったんですか・・・?」 答えを聞くと、また己に嫉妬してしまいそうで。 鳥貝の質問に、何ら表情を崩すことなく、百合子は即答する。 「何もかも全て。」 嫉妬・・・というより、呆れてしまう。 もう少し明確な答えがあるかと思っていたのに。例えばNが鳥貝の事を好きだと表現するときに使ったのは「穏やかな笑顔」とか「柔らかい口調」とか「頑張り屋さんな所」とか。 そういう答え方をされると、逆にどこまで本気なのかとも疑ってしまいたくもなる。 思わず不快な表情をした鳥貝に百合子は苦笑して肩をすくめた。 「・・・そうだな。最初におまえを見たのは・・・多分、今のおまえの年頃だよ。N県の、おまえの郷里で、遠目におまえを見ていた。決して気づかれないようにな。・・・夏目のために、」 夏目、鳥貝の兄。 その存在は病院で説明されて以来、鳥貝も理解している。自分の部屋に残る彼の遺品、彼を知る人間達から時折漏れる彼の話題。 20歳の自分も直接兄と面識があったわけではないけれど、兄の存在を大切にしていたと云う。兄を知るためにもこの寮で生活を始めたのだと。 今の鳥貝も、見知らぬ兄を思うだけで、不思議とその存在を暖かく感じさえする。 「緑豊かな田舎の町で、能天気に友達と過ごすおまえを見たよ。穏やかに笑っていた。おまえの周りには、和やかな空気があった。おまえの傍にいればきっと、春の日溜りの中で穏やかな気持ちで安らげるような、そんな空気をおまえは纏っていた。・・・おれは、あの時からおまえに恋していたよ。だから、夏目がそう望んでいたように、おまえの生活に変化をもたらす事を・・・おまえの空気を一変させることを、おれも避けようと思った。」 幸せそうな表情をして百合子は語った。 自分がそういう風に誰かに恋される存在であるとは思えない。しかも、こんな男に。 「それは・・・夏目兄さんの妹だから・・・、」 「違う。」 鳥貝の言葉をきっぱり否定してから、微笑む。 「・・・いや、勿論、興味を持ったきっかけはそうだった。けど、おまえだから、おれは好きになった。おまえを見て感じていた淡い恋心は、おまえと出逢って、もっとおまえを知ってから輪郭をはっきりさせた。おまえと付き合い出してから、それはかけがえのないものになった。年月を経るごとに、ますますおまえを愛おしく思うようになったんだ。・・・これは、もう何度もおまえに云っている事だが・・・思い出さないよな?」 百合子の切ない眼差しを受け、鳥貝は戸惑いながら頷く。 どれだけ百合子が自分を好きでいてくれるのか・・・きっと、自分も同じだけ彼が好きだったに違いない。 だって、今、どうしようもなく彼を恋しく感じる。 気持ちは20歳の頃の自分と重なっているだろうに、記憶がないのが、心を掻き毟りたくなるくらいにもどかしくて・・・泣けてくる。 「っ、春海、」 泣き出して俯いた鳥貝に思わず呼びかけてしまい、反射的に彼女に手を伸ばしている自分に気付いて、百合子は、姿勢を正して深呼吸する。 「悪い。・・・思い出せないのは、おまえのせいじゃないから、気にするな、」 「・・・ちがい、ます・・・、違うんです・・・、」 気持ちが内側で膨張して、息が出来ない。 苦しくて苦しくてしかたない。 だから、鳥貝はついに口にする。もう今日しかない、明日には百合子と別れて生活しなければならないと思ったら、口に出さずには、いられなかった。 「わたし、あなたが・・・好きなんです。」 そう思う自分も不謹慎で嫌だった。それに、それを伝える事で、百合子に呆れられるのも嫌だった。何度も彼を拒否して、彼から距離を取ったのは自分の方なのに。彼の恋人は16歳の今の自分ではなく、20歳の自分なのに。 云ってから、怖くて顔を上げられない鳥貝の耳に、そよ風のような柔らかな笑い声が届いた。 「・・・うん、気付いてた。」 優しい声。 鳥貝との事を語った時同様、幸せそうな声。 鳥貝はゆっくり顔を上げる。綺麗な顔を更に綺麗に緩ませて見つめてくる百合子の顔が間近にあった。 「おまえ、分かりやすいから。・・・でも、おまえが自分から認めない限り、絶対におれからは口にしないと、手出ししないと思ってた。・・・おまえの口から、ちゃんとその言葉を聞きたかった。今のおまえの口から。」 鳥貝の座るひとり掛けソファの肘掛けに手をついて、腰をかがめた百合子の手が、頬に触れる。 整った綺麗な顔が、鳥貝の視線のほんの十数センチ先にあった。 「触れて、いいか? 名前、呼んでも?」 「っ、・・・事後承諾ですか、」 「うん。でも、おまえが拒否らないのは、分かってるから・・・春海、大好きだ。」 触れられるのも、名前を呼ばれるのも、震えるほど嬉しい。体の奥から、喜びがあふれ出す。あふれ出す前に、それは唇でふさがれた。 16歳の鳥貝が病院で目覚めてから何度かされたキス。 今は素直に彼の口づけが心地良いと思う。幸せだと思う。・・・もっと、続けたいと思う。 「・・・明日、記憶が戻ってなくても、郷里に帰っても・・・もう二度と、おれの事、忘れないで、」 「忘れるわけありません。百合子さんこそ、忘れないで下さい。」 「大丈夫、時々遊びに行くから。」 「・・・遠距離恋愛ですか?」 「そうだな。そういうのもアリかも・・・、」 お互い微笑みあって、再び唇が重なる。 鳥貝の頭の中からは16歳の自分の恋人であるはずのNの事は丸ごと消え去っていた。何もかもが百合子に真っ直ぐに向かっていた。 こんなに人を好きになれるのかと、自分の気持ちを疑いたくなるほど、百合子を好きだと思う。 唇を離して、床の上に座りこんだ百合子は、鳥貝の膝に甘えるように頭を預けて云う。 「・・・なぁ、結婚しようか?」 「・・・え?」 「そうしたら、おまえがこっちにいる理由になる。おまえの記憶はどうあれ、実際は20歳なんだ。親の同意がなくてもできる。大学をどうするかはこれから決めるとして・・・おれの家で暮らせばいい。」 「っ、だって、まだ、」 百合子を好きだと思うけれど、勿論まだそういう事に結びつけられる気持ちではない。 生まれて初めてのプロポーズに、鳥貝が混乱しないわけがない。 「そっ、そういう事は、わたしには、早いっていうか、その、わたしは百合子さんと会ってから1週間しか経っていないのだし・・・、」 記憶を失う前の鳥貝ならば、口癖に近い百合子のその言葉をさらりと流す術を心得ていた。 だから、普段は見ることのない鳥貝のその取り乱し方に、百合子は笑った。 鳥貝は百合子の笑い声で自分がからかわれていたのだと思って、頬を膨らませたけれど。 「・・・わたしばかり翻弄されてる、」 「からかってないぞ。本気、本気、」 百合子としては事実本気なのだけれど、笑いながら云われても、鳥貝が納得するわけがない。 「・・・きっと、20歳のわたしも、百合子さんにからかわれっぱなしだったんでしょうね。・・・どこが好きだったんだろう、」 ぼやくように云われた鳥貝の言葉尻の意図を難なく悟って、百合子はまた笑う。 鳥貝なりの報復は、普段そうだったように、今もあまり効果がない。 「全部、だろう?」 日本人にあるまじき尊大さ。 皮肉の棘があっさり無視された事に、鳥貝は溜息をつく・・・けれど、その言葉はきっと否定できない。 この横柄な所も、自分は好きだったのだろう…今でも、嫌だとは思えない。 「でもな、多分、おまえがおれの事、哀れんでくれたのがきっかけ、だったんだろうな。」 「哀れみ・・・?」 この男に向ける感情としては似つかわしくない言葉だ。 百合子は、鳥貝の膝に顔を埋め、小さく息を吐いてから落ち着いた声音で話す。 「おれは、夏目を失ってずっと、うじうじぐずぐずしていたんだ。夏目を想って泣いていたおれを、おまえが哀れんでくれた。それから、手を差し伸べて、優しくキスをしてくれた。おかげで、おれは立ち直った。・・・おまえは、そんなおれを放っておけないとでも思ってくれたんだろうな、おれのそばにずっといてくれていたんだ。」 うじうじぐずぐず、とか、泣いていた、とかもこの男には似つかわしくない。 けれど、鳥貝は16歳の自分として目覚めてから何度もこの男の切ない表情を見てきた。・・・中には泣きそうな表情もあったかもしれない。 その表情を思い出すだけで、胸が痛む。 彼には、横柄で高飛車で・・・そんな態度こそ似合う。 膝の上にある百合子の頭に恐る恐る手を伸ばして、髪に触れる、頭を撫でる。やわらかな感触が心地いい。手に伝わる熱が・・・愛しい。 百合子は無言で鳥貝に身を任せている。 「・・・わたしが・・・、今のわたしが、あなたを好きになったのは、あなたに愛されている事を感じていたからだと思います。でも・・・、それだけじゃない。どうしてか、不思議とあなたに強く惹かれたんです。多分、目覚めてから、ずっと。・・・見知らぬ人に惹かれるなんて、認められなくて、だから、あなたを拒絶していました。」 「・・・おまえはモラリストでそこの所に関しては妙に頑固だからな、」 百合子はくすっと笑う。 出逢ってからの2年を越える歳月で、百合子は鳥貝にとって誰より近い存在だった。あるいは、両親よりも。鳥貝の全てを理解していたと云ってもいい。 性格や思考、行動パターンもそうだ。 だから、記憶を無くした後の鳥貝の考えも、ある程度は想定していた。鳥貝が自分を拒絶する理由も、分かっていた。ただ、誰もがそうであるように、理解と実践は全く違う。 そうであろうとは分かっていても、実際に拒絶されてしまえば・・・辛かった。 もちろん、彼女にとっては警戒すべき相手にすぎない自分が、そんなことを彼女に云えば逆効果になるのは目に見えていたから、彼女が自覚してくれるまで、堪えていた。 それが、やっと。 「春海、大好きだ。愛してる。・・・どんなおまえでも、離したくない。」 この一週間、彼女に触れられなかった分、より一層彼女を愛おしく感じていた。 自分の頭を撫でる鳥貝の手が止まり、百合子は顔を上げ、真っ赤になった顔をする鳥貝を見た。 最近あまり見なくなったその反応が久しぶりに新鮮で、ますます愛しさが募る。 「っ、わっ、わたしも・・・好き、です、」 恥ずかしさに口ごもりながらも必死で想いを口にしてくれた鳥貝の更なる可愛さに、身震いさえする。 「・・・、っ、」 ぞくぞくして、鳥貝に無茶をしたい気分になった・・・けれど、今の鳥貝相手ではそれがいかに酷かを考え、衝動を抑えつけた。 だから、抑えても堪えきれない衝動を、別の形で発散するしかない。 「春海・・・、」 先ほど彼女が許してくれた行為なら大丈夫だ。 口づける。鳥貝は逃げない、抵抗せず、受け入れてくれる。応えてくれる。 抑え付けられた衝動のため、今度のそれはひどく濃厚だった。普段の彼女をその気にさせる、口づけ。感じやすい柔らかで繊細なその器官の、さらに感じやすい場所を、丹念に愛撫する。 腕の中に抱え込んだ鳥貝の体が震えるのを実感し、逃げるように動かそうとする頭を柔らかい拘束力で捕らえる。 長すぎる口づけ。 飲み込む暇のない唾液が唇の端から流れる。 やっと唇を離しても、鳥貝はしばらくぼんやりと焦点を結ばない目をしていたけれど、百合子がくすっと笑って唇を舐めると、はっとして、慌てて唇を手の甲でぬぐった。 「っ、あ・・・、こっ、こういうの、その、」 初めて経験するキスに、何をどう云っていいかわからず、口元を押さえたまま、真っ赤になって慌てふためく様も可愛い。 「普段から、していたよ。・・・抱き合う前に、」 艶っぽい百合子の声音に、鳥貝は強く目をふさいで頭を振る。言葉が出ない。 「・・・春海、愛してる、だから、」 耳元で熱い吐息と共に、囁く。 「おまえが、欲しいんだ、」 びくん、とあからさまに鳥貝の体が震えた。 ・・・鳥貝は、混乱していた。 体も、心も熱い。 それをどうしたらいいのか、16歳の鳥貝には分からない。 百合子を抱きしめたいと、抱きしめられたいと思うけれど、そんなこと考えるだけで恥ずかしくなる。 応えられなくてまごつく鳥貝に百合子が寂しげな表情をする。それから、彼女から視線を逸らせて、体を離す。 「悪い。今のおまえには無理な話だったな・・・、」 今のおまえには、の言葉に鳥貝は、自分が記憶を無くす前、20歳の自分は百合子とこんなキスも、それ以上もしていたのだと思い知る。 どこか悔しくて、切なくて・・・思わず、離れていこうとする百合子の腕を取った。 自分でも自分の行動に驚きながらも、それでも・・・心が求めるように、彼を求めた。 「・・・わっ、わたしも、あなたが・・・、」 振り返った百合子が、じっと見つめてくる。言葉の続きを待たれているようで、鳥貝は自分の気持ちをはっきりと口にした。 「・・・、・・・抱いてください、」 百合子は、心から嬉しそうに笑った。 つづく |