※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
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| [鳥貝大学2年の春] 彼 鳥貝がTK大で過ごす、2年目の春の初め。 入学式、オリエンテーションが終わり・・・新入生達が、構内を物珍しそうにうろうろする季節だ。 自分も昨年は同じ状態だった事を思えば、彼らの道案内をしてやるのも去年の恩返しとも云える。 鳥貝は1年次、なかなかの成績を残して、希望する建築科に進める事となった。この大学では、一年時は類に分けられ、学科は二年時から、成績順に希望学科に進める事になっている。建築科は人気のある学科なので、倍率が高く、心配していたのだ。 もちろん、そこの3年に百合子がいる事も理由とは云えなくもないけれど、そもそもこの大学に入ったのも建築学を学びたかったからなのだから、百合子がいてもいなくても関係ないとも云える。 希望の学科に入れた事で足取り軽く、今期の履修講義の書類を受け取るため、新入生がたむろする大学に来ていた鳥貝が構内を移動する間に、新入生と思われる迷い人数人に声を掛けられたのは、道案内の為だと純粋に思っていた。真面目な鳥貝はひとりひとりに丁寧に案内をしてあげた上、お礼をしてくれるという言葉もそれぞれに辞退した。 もちろん、全部が全部ではないけれど、大半がナンパ目的でもある事に、鳥貝は一切気づかない。 ちなみに、在学生の大半が百合子と鳥貝のお付き合いを知っているものだから、一度、お礼を強要されかかっている鳥貝を見かけた、通りすがりの百合子の同級生と鳥貝が記憶する男子学生が、その場を助けてくれた。 「百合子のかーのじょ、お困り? 新入生くん、この子にちょっかいかけると、怖いセンパイにタコ殴りにされるから要注意だよ。」と、冗談が本気か分からない言葉をかけると、鳥貝の腕を掴んでいた男は、鳥貝からすぐに離れた。「とはいえ、あいつの腕力の程は知らないから、言葉のタコ殴りだけどね。」と、後で笑って付け加えた。ついでに、「百合子の彼女さんは随分隙が多そうだね。そりゃあ、百合子も目を離したくないか。」とも付け加えられ、鳥貝はそれほど親しくない人間にもそう捕らえられていることに、少なからずショックを受けた。 鳥貝は大学の構内一人歩きでも、未だに危険かもしれない。 珍しく百合子が今日別行動なのは、単に鳥貝が百合子を巻いてきただけの事。 履修講義を選ぶ相談を兼ねて、お昼を女友達と食べる事になっているのだ。百合子つきでは、女友達が気を遣ってしまって、悪い。 百合子からは鳥貝の居場所を尋ねるメールが何度かあったし、着信もあったけれど・・・メールで「放課後になったら会います」とだけ返信してほとんど無視した。 多分、今頃怒っているだろうな、とは思いつつ・・・鳥貝だって、女友達とまったりする時間も必要なのだ。もちろん、百合子といるのも楽しいけれど、百合子とは大学以外でいつでも会っているのだから、時々は許して欲しいと思う。 数週間前の鳥貝の誕生日だって・・・まぁ、色々あったのである。 お昼、約束していた時間の食堂に女友達数人が集まっていた。 席についてすぐの「百合子さん、鳥貝ちゃんの事探してたけど?」の言葉に、ぐっと押し黙った。 実は、百合子を避けながら構内を移動していたのだったが・・・やはり鳥貝の友人には声を掛けていたか。 鳥貝の反応に、どうやら彼女が百合子から隠れていたことを悟ったらしい女友達は、にやにや笑う。「愛されてるわねぇ、」とは、聞き慣れたからかいの言葉。 「わたしが食堂に来る事、云った?」 「や。今日は会う予定はあるよ、とだけ云ったけどね。なに、ケンカでもしてる?」 「・・・してないけど・・・たまにはひとりで行動したい。」 「羨やましい通り越して、鬱陶しいくらいべったりだものね。そりゃ、ね。」 「付き合って一年経つのに、よく持つわね、その熱。」 「春休みも、どうせいちゃいちゃでしょ?」 「う・・・、」 否定できない。けれど、肯定もしたくないから、話題をそらす。 「で、履修講義、決めた?」 あからさまな鳥貝の話題そらしを、あえて深く突っ込むメンバーはいなかった。この手の会話はされ飽きている部分もあり、鳥貝の反応が予測できてつまらいらしい。 お昼を食べながら、あるいは食べ終えたものはお茶をしながら、各所から寄せ集めた情報・・・つまり、あの教授の講義は面白いとか、あの講義は単位が取りやすいとか・・・を話し合っている最中だった。 鳥貝は、どうせ食堂なんて目立つ場所だし近いうちに百合子にかぎつけられるだろうな、とは思っていたけれど、その前に、また、厄介ごとが・・・。 春の食堂は殊更賑わう。広い構内に何カ所かある食堂だけれど、春にどの食堂に集うのも、新入生の割合が高い。 特に、一番広くて綺麗なここの食堂は、明らかに新入生と思われる生徒達が多かった。・・・見極める点は、挙動不審さと綺麗すぎる身なりである。女子はともかく、年期の入った男子学生は、プライベートスペースと変わらない服装でいる者も多い。 新入生といえど、やはり男子率は高いのは相変わらずだ。だから、正直有象無象。特別目立つ格好でなければ目立たない。 逆に、女性は目立つ。 鳥貝たちの一角も、他から見ればひどく華やいで見えているに違いない。 だから、その男は割合簡単に・・・見つけた。 「春海ちゃん?」 鳥貝にとって、聞き覚えのある、けれど、記憶に遠い声だった。 その声が誰か、一瞬では思い出せず数秒要したけれど、振り向いたと同時に、理解した。 百合子より長い、2年という歳月を恋人として付き合ってきた男に対して、鳥貝は結構ひどい記憶力を持つ。 そう、鳥貝の高校時代の恋人のNがそこにいた。 「・・・ぅ、あ、Nくん・・・っ、」 驚きすぎて変な声が出た。 記憶が一瞬にして蘇る。 そういえば、彼は今年もこの大学を受験すると云っていた・・・その結果が、これなのだ。 けれど、郷里の誰もこの事について触れなかったのは・・・わざと、かもしれない。先週も郷里の友人と携帯で話をしたけれど、そんな事一言も云っていなかった。 「良かった、さっそく会えた。女性が少ないから、すぐに分かったよ。久しぶり、元気だった?」 やけに浮かれた声には、志望の大学に受かった事と鳥貝に会えた事と、二重の喜びが込められる。 「Nくん、受かったんだ、おめでとう。でも・・・最近連絡したYちゃんも、Mもその事に触れなかったんだけど・・・、」 「ぼくが口止めしてた。驚かせたくて。」 「うん、驚いた。そっか、今年から東京なんだ。寮?」 「アパート。ぎりぎりだったけど、良いところが見つかったから。」 昔の恋人、だからではない。郷里の友人だから、会話をするし、鳥貝だって懐かしさと親しみはあるから、こうして会えて話すのは嬉しい事は嬉しい。 大学の友人が鳥貝の背中をつつく。 「友達?」 さすがに、元カレとは云いづらい。 「・・・郷里の同級生のNくん。」 「この春からTK大生です。仮面浪人を経て無事合格しました。」 Nは鳥貝の言葉に余計なことは云わない。そこの所の分別は百合子よりある。 女友達は、Nの事を先ほどからずっと観察している。その結果はどうだろう。さすがに本人の前では云わないけれど・・・多分後でアレコレ話題に上るに違いない。 「とりあえず、連絡先・・・変わっていないけど、渡しておくね。君も前のまま?」 別れた相手の連絡先。鳥貝はそんなにマメではないし、別に憎み合って別れたわけでもないから、携帯のメモリにはまだ彼の連絡先は残っているはずだ。どうやら、彼もそうらしい。 鳥貝が頷くと、それじゃあ、聞くまでもないね、と笑った。 メモリを消去しない鳥貝の安易な理由はともかく、Nの理由が何なのかまで、鳥貝は推測しようとする事さえしない。 Nが先ほどから気にしていた事に触れたのは、その後だった。 「・・・指輪、変えたの?」 鳥貝の左手薬指を見て、呟く。 そこに含まれる意味をそういう事に鈍い鳥貝は気づかない。 指輪はこの間の鳥貝の誕生日に月成から贈られたものだった。月成プロデュースのものである。てっきり、鳥貝にだけくれたのかと思ったのだけれど、実はペアリングで片方を有料で百合子に売りつけていた。 鳥貝も好きな杏の花をモチーフにしたシルバーの指輪で、百合子の方は杏の幹をイメージしているという。ふたつの指輪を重ねると、一本の杏の木になるようなデザインだった。 以前つけていた、百合子からもらった(押し付けられたとも云う)プラチナシルバーの指輪は、部屋のアクセサリーケースの中でお休み中だ。 「誕生日に、友人からもらったの。」 「友人って・・・え?」 Nがどんな穿った考えを持っているのか、その驚いたような表情からも読み取れないなんて、鳥貝はなんて鈍い。 だから、誤解もされ放題。 「はーるーみ、ちゃん。よかった、見つけた。」 後ろから肩をたたかれた。 とても聞き覚えのある声は、振り向かないでも誰か分かる。ついでに、目の前の女友達が色めきたつのを見ても誰だか分かる。 「安羅さん?」 振り返ると、この春院に進学した安羅が、いつも通り人好きのする感じの良い笑顔で立っていた。 今は髪型を以前より少し短めのストレートにしている。元々クセっ毛なのを、整髪料とドライヤーで整えているのだという。元が綺麗な顔立ちだから、どんな髪型も似合う。 今日は白いセーターの下に落ち着いた色合いの臙脂色のシャツを着ている。下は色の薄い細身のデニムパンツだ。 「探していたんだけど・・・お話中かな?」 「そうですけど、でも・・・急用ですか?」 「や、そうでもない。」 安羅はNを見てにこりと笑って「お邪魔したね、ぼくは後でいいから、」と、近くの席に鞄を置いて、自動販売機のある一角に向かった。 均整の取れた後姿も、姿勢のいい歩き方も、彼の整った容姿と含めて人目を惹く。 「・・・もしかして、あの人からもらったとか?」 安羅の後姿を横目で見送ったNの声は、少し調子が崩れていた。 女友達は、この妙な雰囲気にとうに気づいて、にやにやしているけれど、本人の鳥貝だけが気づかない。 「ううん、違うけど・・・どうして?」 「・・・彼氏、変えたのかと思って。」 「・・・。・・・は?」 Nの目つきが険しくなっている理由に、気づかない。 別れた恋人。・・・まだ、鳥貝に未練を残す彼。未練というか、かつてより随分綺麗になった鳥貝に改めて惚れているのだけれど・・・そういう男の心の機微に気づく事がないのが鳥貝。 「さっきの男の人は・・・?」 「えーと、先輩? 色々お世話になってて・・・、」 「ふぅん・・・で、彼氏は、まだ、去年の人?」 「?? うん、そうだけど・・・?」 「そう・・・、」 あからさまだと思うのだけれど。 態度も、口調も、その内容も。 女友達は、顔を見合わせてにまにま笑う。 「・・・。良かったら、この大学のこと、色々教えてくれないかな? 春海ちゃんは建築科に入ったんだろう? 僕も来年目指しているし。」 「ええ、別に構わないけれど。」 「それじゃ、連絡してもいいよね。」 「うん。・・・でも、どうしてそういう風に確認取るの?」 「彼氏のいる女の子にはこう聞くのが礼儀だろう。・・・相変わらずなんだから・・・、」 苦笑するNにきょとんとする鳥貝。 昔の恋人・・・けれど、鳥貝にとっては今は同郷の友人といった所。 近くの席で缶コーヒーを飲みながら、携帯片手に安羅がにやけているのにも鳥貝は気づかない。 聡い安羅は、鳥貝と話をしているのがどういう男なのか、とっくに察している。そして、片手にもった携帯で連絡した先は・・・。 「食事も、誘ってもいいよね?」 「お昼ご飯なら。夕ご飯は必ず寮で食べるから。」 「もちろん、それでもいい。」 Nは、当然ふたりきりでの食事前提で誘っているのだが、鳥貝は百合子や女友達と一緒くたに考えている。 「春海ちゃん、あのね・・・、」 Nが少しだけ真剣に言い出そうとした所。 「春海っ、」 がばっと背中に抱きついてくるのは。 構内でもこういう事を、TPOもあまりわきまえずに平然とやってのけるのは、この男しかいない。 百合子は抵抗する鳥貝をものともせず、その頭にほおずりしながら云う。 「おまえ、探したんだぞ! おれが何度も連絡してるのに、全部無視りやがって、もしかして、それって、こいつのせい?」 言葉の最後は、Nを睨みあげてのものである。 「は?」 とは、鳥貝とNと、ほぼ同時の声。 「TK大にまで追いかけてくるとは、結構なストーカーくんだよな、」 棘だらけの百合子の言葉に、Nは苦笑した。 後ろから安羅のため息混じりの声が聞こえた。 「おまえの方が余程ストーカーだよ、百合子、」 「なんか、変なこと云ってますけど、Nくんは元々TK大志望だったんですよ?」 百合子の腕を抓り上げて、自分から引きはがしながら鳥貝は呆れ気味に云う。 「それに、ここで会ったのも偶然ですよ。ぼくが春海ちゃんを見つけて声をかけたんです。」 昨年、N県でちらりと会っただけのふたり。 百合子はNを完全に敵認識している。 Nは、完敗を認めながらも、それでも・・・。 「百合子さん、ですか。僕も建築科志望なんで、今後ともよろしく。」 かすかな敵意をにじませて、Nは百合子に笑いかける。 百合子は何も云わず睨み付ける。 「それじゃ、ぼくはこれで。春海ちゃん、また連絡するから。」 と、ごくさわやかに手を振りながら去っていった。 女友達が「爽やかだねー、」「結構イイ男だよね、」と囁きあっているけれど、それより百合子だ。 「連絡? するのか、あいつと?」 「・・・いいじゃないですか。同郷の友達ですよ。」 「ともだちぃぃ? あれが?」 「・・・。何度も云ってますけど、もう何でもありませんから。」 「おまえはな、」 「・・・どういう意味ですか、」 「おまえが、鈍いって事だよ。」 「は?」 「さっき、同級の奴に会ったケド・・・新入生に軟派されてたって? 構内で軟派されるなんて、どんだけだよ。」 「話が逸れてます。・・・なんで、そんな事、」 「おまえの隙の多さと迂闊さをおれは心配してるんだ。」 「何を・・・、」 意味が分からず戸惑う鳥貝にくすくす笑う女友達の方が説明を入れる。 「つまり、あのNくんは、あんたに未練たっぷりで、ヨリを戻したいと考えているのよ。」 「実際、大学まで追ってきたのではないにしても、よっぽどよね。あんたの事忘れられないのよ、」 「・・・はぁ?」 云われている意味は分かるけれど、把握できないというか。 彼は別れた恋人であり、今はもう何とも思っていない相手。そして、鳥貝は今、恋人のいる身。 鳥貝にとって、復縁なんてあり得ない事。 鳥貝は、彼だって、同じようなものだと思ってしまっていた。 「でも、恋人がいるって聞いたけど?」 「そんなの分からないわよ。東京に進学するって事で別れてるかもしれないし。」 「まだ別れていないにしても、鳥貝ちゃんに未練あるから、別れるかもしれないし。」 そもそも、鳥貝と彼が別れたのも、鳥貝が東京に進学してしまうというのが表向きの理由だった。 その点について考えれば・・・彼ならあり得る事かもしれない。 「春海は、自分がどれだけカワイイか自覚していない。昔の男が後悔する程かわいい。」 百合子の人目をはばからない惚気もいつもの事。いつもの事だけれど、恥ずかしさには慣れない。 「・・・ともかく・・・。わたしにはそんな気はまったくないので、この話をこれ以上続けるのはなし。それに、勝手な憶測はNくんにも失礼です。」 百合子を睨んでから、女友達にも視線を送る。 相変わらず、特に己の色恋に関しての話題は苦手なのである。 「百合子さんも、今日くらいは別行動にしましょう。わたしだって、友達とまったりしたいんです。」 「おれも一緒に・・・、」 「男の人とはできないお話もありますからっ、無理ですっ。」 「・・・わたしたちはいいんだけどね。百合子さんって見てるだけで楽しいし?」 女友達の意見を、睨み付けて却下させた。鳥貝、結構強い。 しばらく百合子は拗ねたような表情で鳥貝を見ていたけれど、頑固な彼女の意志が早々変わる事がないと見て、ため息をついて肩を落とした。 「わかった。じゃあ今日は寮で待ってるから、遅くなるなら連絡を、」 「いつも云ってますけど、子供じゃないので大丈夫です。」 「いつも云い返しているけど、子供じゃないから心配なんだ。」 鳥貝はむっとするけれど、素直に「分かりました、どのみち夕食の準備までには帰ります。」と返事した。でないと、いつまでも色々と言い募られかねない。 百合子は、そばで成り行きを見守っていた安羅と共に食堂を立ち去った。 「あのふたりが並んでいる所は、眼福よね。なんかそこだけ世界が違うというか。」 百合子と安羅の事だろうか。 「この大学、こんなに男がいるのに、目の保養になるような男って少ないのよね。それこそ、砂の中から砂金を探すようなもの。あのふたりは、かなり大粒クラスの砂金。」 百合子と安羅の背中を見送りながらのうっとした女友達の声だ。 「百合子さんも相当イイ男だと思うけど、目に見えて鳥貝ちゃんにべったりだから、私はやっぱり安羅さんかな。」 「安羅さんにも恋人はいるよ、」 「他校でしょ? 目に見えないからいい。というか、目の保養してるだけだから、それでいいの。」 「私は目の保養だけなら百合子さんがいいな。鳥貝ちゃんにデレてない時の百合子さんがステキ。安羅さんはソフトなイメージだけど、百合子さんはクールだよね。わたしはクール好み。」 「・・・っ、」 恋人の事を、分かっていて真横でこういう風に云うのは、どうかと思う。 褒められているのは嬉しいけれど・・・ちょっとだけやきもちを覚える。 百合子を褒める友人とは別の子が少し拗ねた鳥貝の表情に気づいて、頬をつつく。 「寂しいオンナに目の保養くらいさせたげなさい。どうせあんたは昼も夜も朝も、あの美形な恋人と一緒にいるんだから。それに、・・・鳥貝ちゃんにしか見せない顔もいっぱい見てるのよねー?」 「そっ、そんないつも一緒にいるわけじゃない、」 朝一緒にいるのは月に数度くらいだもの、と心の中で付け加える。それから、自分しか見られない百合子の顔に心当たりを覚えて・・・熱っぽく自分を求める、その時の顔、それを思いだして、顔を赤くした。 「相変わらずねぇ。鳥貝ちゃんは、ふたりきりになって甘えるタイプだ。」 「それが、かわいいんでしょ、百合子さんは。いいなぁ・・・、ベタ甘ラブラブで。」 「すごく過保護なのも含めて、ちょっと鬱陶しそうだけど。あそこまで心配しなくても、鳥貝ちゃん、しっかりしてる方だと思うんだけどね・・・男女間の事以外。」 「男女間の事こそが恋人としては一番心配なんでしょうよ。」 人の事を好き放題云っている。 鳥貝は自分が口を挟むと好き放題の輪が更に広がりそうな気がして、とりあず口をつぐんだ。しばらくすれば話題に飽きて収まるだろうというのが、経験上の知恵。 「えーい。羨ましー。いっそ、Nくんが二人の仲をひっかき回しちゃうと楽しい!」 「あ、それ面白いかも。百合子さんの魅力には及ばないけど、Nくんも好青年だしね。」 「二人の間に火花散ってたよねー、」 「元カレVS今カレ・・・おいしいわね、」 元カレだと紹介したわけでもないのに、すっかりバレている。 鳥貝はため息をついて、Nの事を思い起こした。 彼女にとってNはただの郷里の友人で・・・やはり、百合子が最愛の人で彼以外には考えられないのだけれど・・・それをこういう場で口に出すには、鳥貝は羞恥心が強すぎた。 ふたりが付き合いだしてまだたった一年。けれど、Nと付き合った2年よりも、遙かに密度は濃い。 確かにあったNへの恋情も思い出せないくらいに、強く百合子に恋している。愛していると云ってもいい。 だから、絶対に今の鳥貝が百合子から離れる事はあり得ない。 鳥貝は、まだ何か言い続けている女友達の声を無視して、履修科目リストに目を落としながら、時々勃発する百合子の無駄なやきもちに思いを馳せて、何事も起こらないと良いと思うのだった。 ・・・何事も起こらないわけがない。 その後、友人達と履修科目を相談して、さらにそれを先輩でもある百合子に相談しようと思って夕食の買い物だけ済ませて寮に帰った。 もちろん寮には百合子がいて、居間で暇そうにミス・ノーラのブラッシングをしていた。 他の寮生は誰もいない。 夕食は一応全員が食べる予定になっているけれど、多分、みんな遅いだろう。 院生の多飛本や安羅が忙しいのは当然として、研究室所属になった白熊や時屋も色々と忙しいらしい。 「やっと帰ってきた。おかえり、」 「ただいま。・・・暇、なんですか?」 膝の上のミス・ノーラをソファの上に下ろしてから、台所に向かう鳥貝の後を着いてくる。 「暇暇。今日はバイトもないしね。ターシャの散歩は最近ダイエットを意識している思春期の千早に任せてきた。」 「ダイエットって・・・サーフィンもしてるし、全然太ってないのに。」 「そう、体重が増えたのは、筋肉のせいだと思うけどね。でも、まぁ、ウォーキングとでは筋肉の使い処が違うのは確か。」 鳥貝が食材を片付けている間、夕食の下準備をしている間、百合子はそうやって鳥貝に纏わり付く。まるで、母親に構われたい子供のようだ。 想像力が乏しいくせに、たまに突飛な想像を働かせる鳥貝は、母親の自分のエプロンの裾をつかんでいる幼児な百合子を想像してこっそり笑った。見せてもらった百合子の幼い頃の写真は、記憶にしっかり焼き付いている。 「ね、百合子さん、履修科目の相談に乗ってくれませんか? 大体は決めてきたんですけど、時間が重なっちゃうのとかどうしようかと思ってるのもあって。」 当然、百合子は快く応じて、しばらくは素直に相談に乗ってくれた・・・のだが。 百合子の言葉を真面目にメモする鳥貝に、百合子は思い出したように問いかけた。 「なぁ、本当に今日はあの男と示し合わせていたわけじゃないんだよな?」 「え? なんですか、また・・・。違います。本当に偶然です。」 「おまえの方はそうだろうなぁ。でも、あいつ・・・、」 云っておいてから、口をつぐみ、それから真っ直ぐに鳥貝を見る。 「おまえ、いつもはぐらかすけど、ちゃんと答えてくれよ。じゃないと、おれ嫉妬心で何するか分からないから。」 唐突にこの前置きは何だろうか。 鳥貝は、首をかしげ疑問を顔に描く。 「質問次第だと思うんですけど・・・、何ですか?」 「おれの前置きは頭に入ったよな。じゃあ、云う。」 正面きって鳥貝の目をのぞき込む。嘘偽りのひとかけらも見逃さないように・・・そもそも、鳥貝は基本的に嘘偽りのほぼない人間なのだけれど。 「あの男とは、本当にキスまでの関係だよな?」 「・・・。・・・。・・・はぁ?」 何を今更、といった鳥貝の態度。 鳥貝が初めてだったのは百合子がよく知っているハズだ。そういう事を演技で誤魔化す女もいるらしいが、鳥貝がそんな器用なマネができる女ではないと、百合子も熟知しているはずなのに。 と、思った後に、やっと思い至る百合子の言葉の裏の意味。 色恋ごとに疎い鳥貝も成長はしているのだ・・・一応。 「・・・なんですか、もしかしてわたしを疑ってるんですか?」 むっとした口調。 「わたしが、Nくんと浮気してるんじゃないかって?」 さらにむっとした口調。 もちろん、口調と同じだけ表情もむっとしている。 「してるのか・・・?」 今度は百合子がしかめっ面をした。 「してないから、疑われて怒ってるんですっ!」 「や、ごめん。そこは疑ってない。この一年のおまえの動向はほぼ把握してる。他の男に抱かれた痕跡はない。」 「・・・っ!」 どうやって把握しているのかも気になるけれど、そういう事をチェックされていたのがむかつくし、云われるのももちろん腹が立つ。 「じゃあ、百合子さんは何を疑ってるんですか!」 完全なけんか腰でそう云い放つ鳥貝だったけれど、唐突に百合子に腕を取られて、キスをされていた。 何を思ったか突然キスをしてくるのは、ある意味百合子の癖のひとつなのだと諦めて人前でなければ受け入れるようにしている鳥貝だけれど・・・。 「・・・っ、やっ、」 百合子の胸を突き飛ばした。 「・・・キスして、黙らせようとしてるっ!」 「違う。確認したんだ。」 云いながら、百合子は鳥貝に触れてくる。優しい指の動きで鳥貝の唇をなぞる。その眼差しも優しくて、怒っていたはずの気持ちが、ゆっくりと落ち着いていく。 「最初のキス、随分拙かったから・・・キスだってまだだと思ってた。」 「あ、あれは、突然知らない人にされて、驚いて・・・、」 「その後何度かも拙かったのは、おれを受け入れてなかったからだよな。でも・・・それからのキスは、いつも優しかった。おれは、おまえのキスも好きになったよ。」 何を今更確認するというのか。 キスで何が確認できるというのだろう。 誕生日祝だと云って抱き合った後に、付き合って一年記念だと主張して再び肌を重ねたのは少し前の事。百合子の中で鳥貝との付き合いは、あの日・・・鳥貝の誕生日にして、歓迎会の夜からだと認識されているらしい。 一年付き合ってきて、数え切れないくらいのキスをした。百合子はキスをする行為が好きだし、鳥貝は百合子のキスが好きだ。 それを、今どうして・・・? 「おまえの初めてのキスはあの男だったんだよな。付き合っている間、2年、おまえはあの男に独占されていたんだ。おまえのキスも気持ちも、全部。身体だけでも・・・奪われて無くて良かったけど・・・、」 百合子は、過去にまでやきもちを妬く。 「おまえの優しいキスも、あの男として身につけたものだったんだよな、」 「今は百合子さんに毒されてますよ、」 「失礼な。毒したんじゃないだろ。染め上げている所だ。おまえから、あいつの匂いを全部消したい。」 「・・・もう、消えています。今は百合子さんだけです。」 疑われてるのではなく、妬かれていてるのだ。 理解して、鳥貝は笑う。 百合子の深くて重い愛情同様、嫉妬さえ、鳥貝は受け止める。 鳥貝が百合子に目に見えた愛情表現はしないかわり、自分に向かう百合子の気持ちを拒絶することなく受け入れて、受け止めている。 極端な性格の百合子のその感情が重いと云って別れた過去の恋人もいた。けれど、鳥貝はそれらを全て受け入れられる精神的な容量が広いらしく・・・受け入れて、さらに百合子を抱きしめる。 普段は危なかしいと百合子に心配されているけれど、精神的には鳥貝の方が随分しっかりしているかもしれない。 求められる深い口づけに鳥貝も応えて、今度はちゃんと百合子を抱きしめる。 百合子のキスと、体温と、香りと・・・全てに鳥貝は幸せを感じる。 今の鳥貝のキスは百合子から学んだ、百合子に合わせたそれだ。だから、もうNのキスさえ思い出せない。彼の身体のぬくもりも、覚えていない。・・・思い出す必要もない。 鳥貝にとってNはすでに記憶に遠い過去の男だ。現在、目の前に現れた彼は、ただの同郷の友人。 彼女は完全にそう割り切って考えている。 けれど、百合子はなかなかそうもいかないらしい。 何事につけ、別段の執着を見せない百合子が、唯一おかしなくらいに執着するのが・・・鳥貝。何事にも執着しないからこそ、彼の執着心は全て鳥貝に収斂されているのかもしれないけれど・・・。 ゆっくり離した唇。吐息のかかる位置から問いかけてくる。 「なぁ、あいつとのキス、どんな風だったんだ? 初めての時は? 最後の方は?」 「・・・どうして、」 「全部、教えて。でないと、胸が苦しい・・・、」 「知る方が嫌じゃないんですか・・・、」 「知りたいんだ。おまえの事全部。」 鳥貝の頬を捕らえて、細めた瞳で見つめてくる。 間近にある百合子の顔。改めて、綺麗な顔立ちを実感する。これでは、女の子達が騒いでも仕方がないと思う。顔立ちで人を判断しない鳥貝だけれど、やっぱり百合子には見とれてしまう。・・・それは、彼に、恋しているから。 以前から何度か聞かれた、過去の男とのキス。百合子に云わないでいたのは、はぐらかしていただけでなく、もう思い出せないでいたから。そう、今は百合子と付き合っているのだから、思い出す必要もないと思っていたけれど・・・少しだけ、記憶を掘り起こす。 「・・・初めては、確か付き合って二ヶ月目くらいです。唇が触れるだけの、すごく軽いキスでした。学校からの帰り、だったかな。・・・最後の方は覚えてません。でも、別れたのが卒業前の春だから・・・多分、受験が終わった後くらい・・・、」 鳥貝の言葉の終わりを待たずに、百合子は唇を重ねてくる。ゆっくりと唇を重ね、鳥貝の舌を優しく絡め取る。いつもよりも、穏やかなそれは・・・鳥貝の過去の記憶を塗り替えようとしているのだろうか。 「・・・はぁ・・・。ねぇ・・・春海・・・、それ以上のことは、されて、ない?」 優しいキスに、満足したようなため息をついて唇を離した後、百合子は聞いてくる。 キス以上の事。 質問が元に戻っている。けれど、それは百合子と初めてした事ではなくて、もっと手前の事を指すのだとやっと鳥貝は思い至る。 「そっ、そういう事も、聞きたいんですか?」 「聞きたい。全部。春海の隅から隅まで、知りたい。」 「っ、う・・・あの、でも全部知っちゃったら・・・飽きちゃいませんか?」 例えば、読み終わった本に興味をなくすように。 自分に興味を無くされて、百合子が飽きてしまって・・・別れの時が早くなるかもしれないと、鳥貝は心配して云うけれど・・・もちろん、百合子はきっぱり否定する。 「あり得ない。・・・だから、教えて?」 鳥貝の頬を両手で包み込んで、切ない眼差しを向けてくる。 百合子が時々するこのおねだりの眼差しに、鳥貝は弱い。 「・・・胸、触られました・・・、」 「感じた?」 「・・・っ。く、くすぐったかった、くらいです、」 「学生らしく、彼の部屋かおまえの部屋で?」 「っ、もぅ、ばかにしてますね。・・・でも、そうです。彼の部屋で勉強している時・・・、何となくそういうことに・・・、」 「それから? ・・・触られた?」 「・・・、そこまで、です。それ以上してません、」 今の恋人に昔の恋人との事を語るなんて、滑稽も良いところ。 鳥貝は、顔を赤くして俯いて云う。 「キスして・・・胸を揉まれて、舐められた・・・?」 「っ、そっ、そこまで、しませんでしたっ・・・、」 「でも、揉まれはしたんだろ? で、押し倒されたの? そういう事、する雰囲気になってたんだ。」 「っ、あの・・・、聞いて、楽しいんですか?」 「楽しいわけないじゃん。」 「じゃ、止めましょうよ。」 「やだ・・・、あいつが知ってて、おれの知らない春海の顔があるのが、嫌だ。」 怒ったような口調。 過去の事に嫉妬して腹立ちを覚えている。・・・なんてどうしようもない我が儘を口にするのだろう。 今の鳥貝の全ては百合子のものなのに・・・百合子が望めば、余程の無理難題でなければ、何でもしてあげたいと思うくらいに、百合子に捕らわれているのに。 鳥貝は、百合子の我侭に苛立ちを覚えるどころか、幸せを感じてくすりと笑う。・・・だって、百合子に嫉妬されるのが、この上なく嬉しいのだ。 「Nくんとは2年付き合いましたけど、でも・・・多分、百合子さんの方が、わたしの事、沢山知ってますよ? 年月じゃないんです。それに、百合子さんと一緒に過ごした時間の方が、もう長くなってます。」 鳥貝の微笑みに、百合子も笑う・・・けれど。 「おまえからあいつの記憶、全部消し去ってしまいたいな・・・、おまえの中にあいつとの記憶がある事も、嫌なんだ。」 「また、そんな無茶を云う。それじゃあ、わたしも同じ事云いますよ? 昔の恋人の事、全部忘れ去ってください、って。ね、無理でしょう?」 くすくす笑う鳥貝の頬に手を添えて、ついばむだけのキスをする。それから、そっと胸に触れてくる。いつもは、もっと遠慮なしに触ってくるのに、やわやわと、あるいは恐る恐るといった風に服の上から鳥貝の胸の感触を確かめている。 「んっ・・・百合子、さん?」 「・・・おれも、おまえが初めてだったらよかったのに・・・、」 今の百合子は、初めての相手に触れるように、鳥貝に触れているのだ。 「初めて同士でするんですか・・・?」 少し笑い含みに云ってやると、百合子もくすっと笑う。 「無茶苦茶だろうな・・・多分、おまえも痛くて泣きわめいてる。」 「わめきません。でも、泣きはしますよ・・・きっと。経験豊富な百合子さんにしてもらっても・・・痛かったですもん、」 「女とは数える程しかないぞ。・・・って、おれの過去話、聞きたいのか?」 「わたしは聞きたくないです。・・・だって、聞いたら多分、しばらく落ち込みます。・・・云わないで、くださいね?」 「云わない。・・・そもそも、おまえといる時に、思い出さないから、」 今度は、いつものようにキスをして・・・いつものように胸に触れてきた。 やっぱり鳥貝は、いつもの百合子がいい。過去とか関係なく・・・過去があるからこその現在の百合子がいい。 「んっ・・・ふ・・・、や・・・ダメ・・・、」 ゆっくりと百合子の胸を押しのけて、鳥貝は力なく呟いた。 「いいだろ、誰もいやしないし・・・、」 「・・・。・・・ここじゃ、ダメです・・・だからね・・・、」 顔を真っ赤にしながら、百合子に身体を寄せて、その耳元で囁いた。 「・・・お部屋で、しましょう・・・?」 珍しくの鳥貝からの誘いに、百合子は上機嫌で笑った。 鳥貝だって、たまには自分から百合子が欲しくなる。 こういう風に、目一杯やきもちを妬いて、鳥貝に恋している事を主張する百合子を感じたら・・・嬉しいのだ。 鳥貝にとって今は百合子だけ。 だから、百合子が嫉妬心をむき出しにして、独占しようとしてくるのが、嬉しくて、幸せで・・・心と体が百合子を求めるようになる。自分もこの腕の中に百合子を抱きしめて、独占したいと、思ってしまう。自分しか知らない百合子の表情を・・・全てを、感じたいと思うのだ。 鳥貝に未練を残す昔の恋人Nが登場したとしても、鳥貝と百合子の繋がりが弱まる事はなさそうである。 ただ、しばらくは百合子がやきもきして、更に鳥貝を腕の中に囲い込もうとしそうなのは確かで・・・鳥貝にとって少々厄介な日々になるのも確実かと思われる。 おわり |