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[鳥貝大学2年の初夏]

2年と・・・それから【1】


 ひとめ惚れなんて、信じない。
 だって、ぼくが彼女を好きになったのは、ひとめ惚れなんかじゃなかったからだ。


 高校の入学式、気になる子ができた。
 癖のない長い黒髪を背の中程まで伸ばし、黒目がちの大きな瞳、長いまつげ、整った面差し。色の白い、四肢のすらりとした女の子。
 瞳を細めて笑った顔も、涼しげな声もかわいくて、ぼくの高校生活への夢は広がった。
 残念ながら彼女とは同じクラスではなかったけれど、ぼくの視線はよく彼女を追いかけるようになった。
 それが恋だとは自覚していたけれど、新しい生活に慣れるまでは、と、声を掛けることはしなかった。
 意を決したのは夏休みの少し前・・・だったけれども。
「3組のTさん、知ってる?」
「当たり前よ。目立つもん、彼女、」
 掃除の時間の女子達の会話だ。
 女の子達は、時々同性の辛辣な話題を好む。
 自分の気になる彼女が、嫉妬含みの言葉でこき下ろされるのが嫌で、ぼくはその場から離れようとしたけれど。
「2年のサッカー部の人と付き合ってるって知ってた?」
「うそ、誰と!? まさか、Kさん!?」
「そう、そうなのっ。あのイケメンのエース! なんか、Kさんの方から告ったみたいよ。ひと目惚れだって。」
「うわぁ、なんか・・・、ちょっとムカつく話ね、」
 心臓が低く脈打って、ぼくはごみを捨てに行くふりをしてその場を離れた。
 ぼくは自分にほどほどに自信があった。
 小・中学生の頃、優等生でスポーツもでき、容姿も悪くなく、生徒会の役員なんかもしていたぼくはわりともてて、バレンタインも誰よりチョコを貰った。まだ子どもの中学生で「お付き合い」をするという考えは嫌いだったから、誰とも付き合わずにいたけれど。
 ・・・だから、高校こそは、と思っていたのに。
 クラスでもそつなく人間関係を構築して、中間考査でも良い成績を収めた。あとは学年後期にクラス委員になるつもりでもいた。
 Tさんへの告白も7割方成功するだろうと踏んでいたのに。
「くそっ、」
 校舎裏、ゴミ捨て場。誰もいないのをいい事に校舎の壁を蹴り上げた。屋内履きのスリッパで。
「・・・っ!」
 勿論、痛かった。
 うずくまって、足の具合を確認してしまう。
「・・・、・・・大丈夫?」
 誰もいないと思っていたのに、背後から掛かる声に慌てて振り返って、彼女に会う。
 真っ直ぐにこちらを見つめる丸い瞳。柔らかそうな髪の毛が肩の上でふわふわ踊っていた。
 笑みのない表情、心配しているそれでもない。ただ、不思議そうに見つめて来ていた。
 彼女が誰だったか、数秒の後に記憶が引っ張り出される。
 同学年、6組。
 数百人いる同学年で何故彼女を覚えていたか。
 もちろん、割とかわいいからでもある。
 でも、それ以上に、この間の中間考査の順位発表で彼女がどの教科でも自分と必ず前後した順位に名前を載せていたからだ。ちなみに、英語と国語以外は10位以内である。英語と国語でさえ20位以内ではあったが。
 かすかなライバル心を持って、わざわざ6組まで行って、部活(剣道部)の友人から彼女がどの子かを聞き出した。
 結果、予想外な彼女に驚いた。
 てっきりクソ真面目なメガネ女子かと思っていたのに、彼女は柔らかな雰囲気で女友達と談笑する、普通の子だった。
 それで、記憶に残していた。
 その彼女が今自分に視線を向けている。
 どこまで見られたのだろう。悪態をついた所から見られていたのだろうか。分からない。
 ぼくは何事もなかったように苦笑して立ち上がった。
「ああ、大丈夫。ちょっとだけ、足が痛くて。」
「そう、」
 彼女は何も聞かないし、ぼくの言葉に疑問を挟む事もせず、微笑した。
「ならよかった。」
 彼女はトイレ用だと思われるゴミの袋を持っていた。
 ぼくは何か云おうとして口を開き、近づいてくる賑やかな女子の声に口を閉ざし、別の言葉を口にした。
「ありがとう、鳥貝さん、」
 名前を呼ばれた彼女は少し目を丸くしてから、今度はちゃんと笑った。
 かわいかった。


 それから、彼女とは大して接点のない夏が過ぎる。
 ただ、Tさんにあっさり失恋したぼくの心が、戸惑いながら鳥貝さんに近づいたのは確かだった。彼女はぼくの名前を覚えてくれて、すれ違う時に挨拶する程度の顔見知りにはなっていた。
 想いが決定的になったのは、後期のクラス委員会。
 ぼくは希望通り、「推薦」で1組の委員長となり、彼女は6組の副委員長を勤めているようだった。
 ただ・・・彼女は6組の委員長の男子ととても親密そうで、彼らが付き合っている事を推察してしまった。
 けれど、Tさんの時のようにすぐには吹っ切れず、6組委員長と談笑する彼女を見ても、想いは募っていった。


 後期はやけにイベントが多い。
 体育祭、文化祭、卒業式等。
 クラス委員会もそんな中で集会する機会が多くなり、仲間意識やら友情やらも芽生えもする。
 ぼくも彼女と話す機会が増え、彼女の事をより知る事となった。
 彼女は感情を荒げることはない。例えば、他の女子が怒ってしまうような局面でも、彼女は苦笑して、冷静に意見を述べる。落ち込んだ顔も見せない。もちろん、泣き顔も。
 ただ、笑顔と真顔を使い分けている。苦笑、微笑、失笑、嬉笑、歓笑・・・そんな感じに。しかも笑うと云っても、他の女子のように大きな声を上げては笑わない。静かに優しく笑う。
 そんな彼女は何を考えているのか分かり辛く、苦笑していても、内心怒っているのかもしれないとも穿ってしまう事があった。
 けれど、彼女自身も自覚しているようだけれど、内心も表だって現れる感情表現と変わらない感情を抱えているらしい。・・・あまり、物事に大きく動じる事がないというか。
「おかしいよね?」
 と、少し心配そうな顔をする彼女に、ぼくは笑った。
「落ち着いてる、っていう事でいいんじゃない? 鳥貝さんは無表情なわけじゃないから、それでもいいと思う。だって、きみの態度は絶対に場の雰囲気をかき回さないからね。こういう集まりには、そういう人がいてくれた方が上手くまとまるものだと思うよ。」
 そうして、安堵して心からふんわりと笑う彼女に、ぼくは惹かれずにはいられない。
 

 そんな彼女が、6組クラス委員長と付き合っているわけではない、と知ったのはクリスマスの少し前。
 6組の鳥貝春海は、あまり目立たない存在だ。
 遠目に見て、特に目立つ容姿ではないからだ。平均的身長と平均的体型と、よくある髪型で。人前で多く発言する方ではないし、率先して何かをする方でもない。強いて云うなら、リーダーシップのある人間の後ろに控えて、意見を述べるご意見番のような存在だ。
 また、彼女と関わった人間で彼女を嫌う者はまずいない。近くで見るとかわいい顔だという事もあって、男子ならば好意以上のものを持つ者もいる。
 ・・・そう、彼女が実はかなりもてる、という話を聞いたのがその時期だった。
 ぼくは、彼氏のいる彼女だから、もてようがもてまいが関係ないだろうと思って、友人の話を聞き流していた。
 冬、クリスマスの前という季節柄、告ったり告られたりの話を多く聞く。もちろんその手の噂の定冠詞は「ここだけの話」。だれも守っちゃいない。
 ぼくも実際数人の女子から下駄箱に手紙、直接呼び出し、誰かを通じての呼び出し、どこかから流出したメールでの告白、等、の経験をした。
 全員断った。もちろん、後腐れないようにやんわりと、けれどきっぱりと。
 告白されるのは嬉しいけれど、正直これはと心を動かされるような女子はいなかった。Tさんや鳥貝さん以上の。
 誰でもいいから付き合いたい、などとぼやくもてない男とは違う。小学校・・・いや、幼稚園の頃から持続したモテ期を貫くぼくには、相手を選ぶ資格がある。
 もてない男の代表のような友人の男が高校入学以来3度目の失恋をしたと告白してきたのは、練習試合の最中。
 練習試合・・・とはいえ、進学校同士のそれだから、かなり緩い。試合内容も雰囲気も。
「今度は誰相手だよ、」
 顔も視線も前に向け、背筋をピンと延ばした正座状態で先輩の試合を真剣に見つめながら問いかける。
 友人は少しだけ丸めた背中をしているけれど、視線だけは目前の試合を追っている。
「・・・、鳥貝さん、」
「・・・、・・・ばか。ぼくは云ったはずだろ。彼女はもう付き合ってる男が・・・、」
「違うんだ。彼女とあいつは何でもないんだ。小学校からの友人だって。それに、あいつには中学時代からの彼女が他校にいる、って。それは鳥貝さんの友人でもあるから、仲が良いだけらしい。」
 その情報をどこから得てきたのかは分からないけれど、全部初耳でいて、衝撃的情報だった。
 思わず、顔ごと友人を振り向いた。
「マジで?」
「ふられて意気消沈中で嘘も冗談も言う気力はない、」
 友人は肩を落として大きく溜息をついた。
「で、でも、それじゃ、なんでふられたって・・・、」 
 らしくなく声が裏返る。
 新たな新事実に驚愕しまくっている。
「夢があって、どうしても行きたい大学があるって。だから、そのためにしっかり勉強をしたいから、今はそういう事に気を取られたくない、って。」
「・・・、・・・っ、はは・・・彼女らしい、」
 まさか、好きな男が、とか、他校に彼氏が、なんて返答なら急転直下落ち込んだだろうけれど、その答えには全身の力が抜けて、思わずお腹を抱えるように体を倒してしまった。
 本当に彼女らしいと思った。
 とても真面目で真っ直ぐで、誠実で・・・ぼくとは違った部分をしっかり持っている彼女らしい答えだ。もちろん、それがその場しのぎの嘘やごまかしではないと理解できる。彼女は、多分そんなに器用じゃない。
 背後から竹刀で軽く肩を叩かれる。
「試合に集中!」
 ぼくは背筋をのばし、再び真っ直ぐ前を向きながら、緩む唇を引き戻すのに苦労した。
 そうだ、彼女は今フリー。


 だからといって、もちろんすぐに告る気にはなれなかった。
 友人が振られた理由、それがそのままぼくにも適用されるだろうと思ったからだ。
 だから、もっと機を見ようと思った。
 彼女がぼくに好意を持ってくれているのは確かで・・・それが恋愛感情ではないにしても、好意ゼロよりは遙かにいい。
 幸い、2年に進級するまでにクラス委員会の仕事はまだまだある。
 ・・・そして、ぼくは彼女とより距離を縮める。


 彼女の父は県庁で建築事業関係の仕事をしていると知った。
 そして、その影響もあって、大学は建築関係に進みたいと彼女は云う。
 なんて事だ。ぼくは微笑む。
 うちの家業は工務店だった。
 数年前引退を決意した祖父に代わり、親父が継いだ。親父と叔父が大工、親父のいとこが建築士、他数人の雇いの大工や事務員がいるような、小規模で地元に根ざした工務店だ。後を継ぐのは現在大学生の兄に決定していたが、ぼくも何らかの形で将来関わることを視野に入れていた。つまり、大学で正式に建築学を学んだ建築士として。
 それを彼女に伝えると、彼女はらしくないほどの喜色満面。
 ぼくと彼女の話題には共通点が増え、ますますふたりの距離は縮まった。
 更に、彼女が「憧れているだけだけれどね、」とこっそり教えてくれた希望する進学先を聞いて、ぼくは真剣に運命を感じた。
 『TK大』
 ぼくも心密かにそこを目指していた。
 というよりも、もしも進学して東京に出たいのならば、ここかここ以上の所に受からないと援助はしない。
 と、家族に言い含められていたのだ。
 ちなみにTK大の建築学部よりハイレベルな所なんて、東京大学の建築学部くらいだろう。
 だから、ぼくたちふたりは、委員会以外でも一緒にいる時間が増えた。
 ・・・とはいえ、その場所は図書室だったり自習室だったりとまったく色気のない場所ばかりだったけれども。
 でも、けれど・・・バレンタイン前に、ぼくが冗談交じりに催促したチョコを、彼女はちゃんと用意してくれたから・・・ぼくもホワイトデーにお返しを用意して、そこで、告白した。
 告白と云うほど甘い台詞ではなかったかもしれないけれど。
「鳥貝さん、一緒にTK大を目指そう。2年後にはふたりでTK大の門をくぐろう。だからさ、これから2年、分からないところを教え合って、ぼくと頑張らない?」
 そういう所で鈍いらしい彼女は、このあまりに簡単な謎かけさえ解さない。国語力が他教科より劣る証拠のようだ。
「もちろんだよ。目指すものが同じだったら、協力しよう、」
 にこやかに云う。
 彼女のこういう所がかわいいと思って、ぼくは苦笑した。
 彼女はぼくに好意を持ってくれている。それが恋愛感情になっているかは分からない。でも、それに近いものであるのかもしれないと、思う・・・思いたい。
 だから、彼女の手を取って、握りしめた。
 彼女は戸惑っている。でも、手を振り払わない。
 顔が徐々に赤くなってくる。
「あのね、拒否されるの覚悟で云うよ。・・・拒否されても、受験仲間ではいるつもりだけど、」  
 前置きしておいて、息を吸い、吐いて、彼女の目を真っ直ぐに見た。
「きみの事が好きなんだ。できれば、付き合いたいと思ってる。」
 落ち着いた声ではっきりと云った。
 動揺する彼女を見つめ続ける。視線は逸らさない。
 そのうち、彼女の顔が真っ赤に染まり上がった。
 ぼくが何も云わないから、自分が言葉にしないと、と焦って声を出す。
「・・・っ、っ、あ、」 
 言葉にならなかった。
 でも、息を吸って吐いてを数度繰り返してから、ゆっくりと言葉を出した。
「あのね、わたしは・・・、」
 拒否されると思った。けれど、彼女は視線を俯かせて云う。
「恋愛オンチだから、自分の気持ちもよくわからないけど、でも、Nくんの事は好きだと思う。一緒にいて楽しいし、一緒にいるのが嬉しいから。・・・だからね、この気持ちが恋だって実感するためにも・・・お付き合い、させてください、」
 ぼくは笑う。
 嬉しくて。
 その嬉しさは、彼女の気持ちが自分に近い場所にあったからと・・・誰の告白も受け付けなかった彼女を自分が手に入れた優越感も、あった。
 自分があまり性格がよくないのは自覚済みだけど、でも・・・彼女の事を好きな気持ちも本当なんだ。


 付き合う度に彼女を好きになった。
 穏やかな話し方や柔らかい雰囲気に癒された。
 始終手を繋いで離れない、いちゃいちゃなカップルに憧れる部分もないとはいえないけれど、時々人気のない所ではにかみながら手を繋いでくる彼女だからこそ、可愛かった。
 初めてのキスは、帰宅路だった。
 付き合い出して3ヶ月が経とうとする頃。夏が近づいてきているとはいえ、夕方の薄暗さは心配だから、と部活帰りに彼女を自宅傍まで送り届ける。
 ぼくも彼女も自転車通学で、彼女の自宅はぼくの中学の校区外だから少々遠いけれど、たかが20分程度の寄り道だ、どうって事ない。
 最初こそ遠慮していた彼女だけれど、ぼくと帰るのがどんどん当たり前になってきている。
 ぼくが部活で遅い時は彼女は図書室や自習室で待っていてくれて、一緒に帰るようになった。
 高校生の正しい交際だな、と彼女の笑顔を見る度に思って、くすぐったい気分になった。
 その日の帰り道、夜7時少し前。辺りは薄暗い。
 彼女の家の門限は7時だ。学校で勉強してから帰るから遅くなる、と元々6時だったのを引き延ばしてもらったらしい。
「ごめんね、ぼくの部活が延びちゃってさ。」 
「ううん。先に帰るようにメールもらったのを、わたしが待ってるって云ったから。」
 2ヶ月前、まだ恋心を戸惑っていた彼女だけれど、今は確実にぼくに恋してくれていると分かる。
 だって、ぼくに向ける笑顔が特別だったから。誰にも見せない・・・ぼくだけに見せるそれになっていたから。
 そこは彼女の家の傍、自転車と歩行者だけが通れる狭さの、両側を良く茂った生け垣で区切られた通路だった。
 ぼくたちは自転車を引いて横並びに歩いていた。
 ぼくは自転車を止める。
「あのね・・・鳥貝さん、じゃなくて、春海ちゃんって呼んでもいい?」
 自転車のスタンドを上げて彼女を見ると、彼女は薄闇でかろうじて分かるくらいに頬を染めて頷いた。
 彼女はかわいい。彼女が好きだ。
 このまま、大学までずっと彼女と過ごしたい。その先の未来は、まだ見えていないけれど。
 ぼくは彼女の二の腕をそっと捕まえて、戸惑う彼女の唇に軽く唇を重ねた。・・・それだけで済ませた。
「春海ちゃん、好きだよ、」 
「・・・わたしも、」
 それだけで幸せに舞い上がってしまうぼくは、本気で彼女に恋していた。



つづく