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[鳥貝大学1年の冬]

Lovers X'mas【3】


 クリスマス・イブの夜。寮の人間達は皆出払っている。
 詳細はこうだ。
 多飛本・・・ファミリークリスマスの月成家のホームパーティに参加。
 安羅・時屋・・・アルバイトとその後に彼女とのデート。
 白熊・・・珍しく彼女とデート。
 実はクリスチャンの斎は、教会でミサの後実家で過ごすらしい。 
 また、百合子家でもクリスマスは祝うようだけれど、相変わらず両親はクリスマス関係なく呼び出されることもあり、家族水入らず、というわけでもないようだ。
 それぞれが、それぞれ大切に思う人達と過ごすクリスマス。
 実は、寮でクリスマスをみんなで祝えたらなと、密かに思っていた鳥貝は、少しだけ寂しい気分を味わっていた。もちろん、それぞれが幸せな聖夜を過ごしているとうのならば、それこそが一番だとも思うわけだけれど。
「おれさえいれば、他の誰もいなくてもいいだろ?」
 鳥貝の手作りディナーを食べた後、寂しいともらした鳥貝に、百合子は云う。
 鳥貝は、溜息で応える。
「・・・なんだよ?」
 食器を片付けながら、鳥貝は再び溜息。
「百合子さん云々はともかく。ケーキ、頑張って焼いたのに、ふたりでは食べきれませんね。」
「残しておけば、明日に帰ってきた奴が食べるだろ。」
「そのつもりではあったんです。皆さんにも云ってあります。でも・・・なんか、寂しい・・・、」
 地元でのクリスマスの過ごし方は大抵、昼は友人達と、夜は家族と、だった。賑やかで楽しかったのである。
 けれど、今日は昼から寮の皆は出払っていて、寮でひとりケーキを作る、という作業からして寂しかったわけで。百合子が夕方訪れるまで、ひとりきりで過ごした寂しさが、まだ残っている。
「百合子さんも、夕方までずっといなかったし・・・、」
 鳥貝の言葉に、百合子は、ああと笑う。
 鳥貝が洗い終えた食器を百合子が布巾で拭いていく作業中である。
「おまえ、ホントカワイイな。今すぐ抱きしめたい・・・、」
「・・・! 洗い物中ですっ。」
「だから、抱きしめないんだろ。皿でも割ったら、請求書が回ってくる。」
 鳥貝は唇を尖らせる。
「百合子さんも、わたしとふたりきりでいいんですか? お家でも何かしてるんでしょう?」
「千早が頑張ってたな。うちの親はほぼいつも通りだし、あいつの友達が来るみたいだから、おれが参加しなくても構わない。千早も、おれが春海と過ごすの分かってるから何も言わなかったし−。」
「・・・。クリスマスって、本当は家族と過ごす物なんですよね。恋人同士って日本くらいですっ。」
「大切な人と一緒、という点では同じだろ。というか、おれとおまえは将来家族になるから、それこそ同じだし。」
 またいつもの戯れ言。
 将来の事は分からない、といつも鳥貝が云い返す内容だけれど、今日は溜息をつくだけ。
「おまえと、おれと、かわいい子供たちと、幸せなクリスマスを過ごす・・・って、いいよなぁ−、」 
 今日はいつもに増して夢が飛躍している。
 鳥貝だって、そういうのもいいかも、と思わなくもないけれど・・・本当に将来の事なんてまだ分からないのだ。
 けれど、今日は特別な日だし・・・鳥貝は黙って百合子の好きなように妄想させておく事にした。
「そうだな、あと5年後くらいのクリスマス、おれとおまえはきっと幸せに暮らしてるんだ。ひとりめは夏目に似た男の子がいい。その方が、きっと楽しい。ツリー飾って、おまえの作った夕食、ケーキを食べて・・・子供を寝かしつけてから、ふたりでしっぽりと・・・、」
 行き着く先はいつもそこら辺りらしい。
 食器を洗い終えた鳥貝は、指先の水滴を「えい」と百合子に向けて弾いてみた。夢から覚めるかもしれないと。
百合子の前髪に水滴がかかり、百合子は目をしばたかせる。
「・・・春海。」
「なんでしょう?」
「かわいいっ!」
「ひゃあ!?」
 洗い物が終わったから、思う存分、という感じらしい。
 鳥貝を抱きしめて、ほおずりした。
 おそらく明日の朝までは寮でふたりきりなのだ。百合子はそれだけで浮かれている。
「サンタなんていらない。おまえがおれへのプレゼント。毎年、おまえさえいれば、もういい。」
 きゅーっと鳥貝を抱きしめて、その心地よい甘い匂いを吸い込みながら、百合子はうっとりと云う。
 食堂の片隅に、鳥貝の背丈ほどのツリーが飾られ、ライトを明滅させている。夏目がいる頃、安羅が当時のバイト先から格安で譲り受けたものだという。窓に施された白いスプレーでの装飾は、先週時屋が思い立ったように飾り付けた物。
 寮もそれなりにクリスマスムードはあった。
 鳥貝は、暖かな百合子の腕の中でくすっと笑う。
「・・・私はプレゼント用意してますよ?」
「マジで?」
「そりゃあ。なかったらないで百合子さん、拗ねません?」
「なかったら、いつもよりしつこくおまえを要求するつもりだった。」
「・・・。用意しておいたんですから・・・普段通りで、」
「普段通りのセックスでいいの?」
「っ! ・・・そういう事、直接云わないでくださいっ、」
 腕の中で鳥貝の耳が赤くなっていた。
 そろそろこういう会話にも免疫が出来ても良い頃だろうに、まだ羞恥を持っている所が、この上なくかわいかった。
 くすくす笑いながら、赤くなった耳にチュッとキスをする。
 鳥貝が小さな悲鳴と共に身震いする。
 愛しくて。可愛くて。一生手放したくない、大切な存在。
 昨年のクリスマスは、生まれて初めて、夏目の存在がないクリスマスだった。寂しい・・・という言葉では表現しきれない、喪失感、虚無感。それを、彼女は満たして、さらに暖めてくれる。より幸せを与えてくれる。
 彼女と、クリスマスを共に過ごせることを、百合子は心から感謝する。神に・・・それから、夏目に。
 普段神など信じない百合子だけれど、鳥貝という存在は自分の生涯に神から与えられた一番の贈り物ではないのかと、そう思う。
 そして、そんな鳥貝を百合子の元に導いたのは、きっと、夏目に違いない。
「おれからも、プレゼントがあるんだ、」
「・・・何に、してくれたんですか?」
 百合子の胸から顔をあげ、鳥貝が微笑みながら問いかけてくる。
 プレゼントは今日、月成から受け取ったばかり。わざわざ、Y市まで赴いて。散々皮肉を云われて、それなりに高額の請求書をつきつけられて。だから、昼は鳥貝と一緒にいられなかった。
「待って。持ってくる。」
「あ、じゃあ、私も持ってきます。」
 身体を離す。ぬくもりが離れる。
 けれど、心が温かいから構わない。
 百合子は居間から、鳥貝は自室から、持ってきた包みを「メリークリスマス」の言葉と笑顔を交わしながら贈り合う。
 鳥貝からの贈り物は、暖かそうなカシミアのマフラーと手袋。
 百合子からのそれは・・・。
「わぁ、ミス・ノーラみたい! この石は、アクアマリン?」
「そう。おまえの誕生石。・・・あまり云いたくはないけど、リオのデザインだよ。無理云って、クリスマスに間に合わせてもらった。」
 鳥貝は、ひどく嬉しそうに笑う。
「嬉しい。すごく。リオさんにもお礼云わないと、」
「云う必要ないよ。ビジネスだから。・・・割増料金取られてる・・・、」
 後半をぼやくように云った百合子に、鳥貝は笑った。
 笑って・・・自分から百合子に抱きついた。
 珍しく積極的なのは、寮に他に誰もいないからと・・・聖夜の特別な空気のせい。
「ありがとうございます。すごく、嬉しい・・・、」
「うん・・・おれも、ありがと。・・・プレゼントもだけど・・・おまえが、一緒にいてくれる事・・・、」
 鳥貝はくすっと笑う。
「なんですか、それ、」
「おまえといられて、すげぇ幸せ、って事。」
「・・・じゃあ、私もありがとうございます。一緒にいてくれて・・・、」
 ふたり顔を見合わせて笑い、優しいキスをした。
 ・・・優しいキスが、そのうち熱を帯びる。百合子が鳥貝をより強く抱きしめる。
 まだ夜は序の口。
 けれど、ふたりにそんな事は関係なかった。
 互いを一番感じられる幸せな行為を、この幸せなときの延長に持ってくるのは時間に関係なく自然な流れ・・・けれど。
 台所の台の上に置きっぱなしになっていた鳥貝の携帯が鳴動を始め、鳥貝ははっとする。
 百合子は身じろぐ彼女を逃がさないようにするけれど・・・結局鳥貝が逃げ切った。
「・・・誰だよ、クリスマスに・・・、春海もこんな時は携帯切っとくもんだろうが・・・、」
 台所に携帯を取りに向かった鳥貝の後を追いながら、ぶちぶちぼやく百合子。
 鳥貝と愛し合う準備は、既に整いかけていたのに。
「・・・春海?」
 携帯の画面を見ながら小首を傾げている鳥貝に声をかけると、鳥貝は窓の外に視線をやり、台所から続く扉を開けて庭に出ようとする。
「どうした? 外、寒いだろ?」
「多飛本さんからのメールなんです。」
「ん?・・・なに?」
 鳥貝が手渡した携帯画面には、絵文字のひとつもない多飛本らしい簡易なメール。
『鶏小屋の側にあるもみの木を見てご覧。星が瞬いている木だ。そこに、ぼくたちから君への贈り物があるよ。』
「星が瞬いている・・・?」
 多飛本にしてはどこかロマンティストな言い回しだ。
 庭に出て、鶏小屋方面に目をやると、確かに、小さな光がちかちかしている。
 もみの木の幹に、何かある。
 小さな電球・・・おそらくソーラーパワーで蓄電されるものが、黄色っぽい光を明滅させていた。そして、その側の枝には袋が下がっていた。百合子に降ろしてもらうと、中には。
「ショールだ。暖かい。」
 手触りの良いショールが入っていた。
「ウール100%。おまえ向けだな。」
 タグを見て百合子が笑う。
 そのままショールを肩にかけて、室内に戻ると鳥貝はお礼メールを打つ。
 ショールに添えられていたメッセージカードには、寮の全員からのちょっとしたメッセージが添えられていた。
 寂しい、などと感じていたけれど・・・この贈り物はとても嬉しかった。心が温かくなった。メールを打ちながら顔がほころんでしまう。
 百合子は、そんな鳥貝を見て仕方なくおあずけ状態で待つことにした。幸せそうに笑っている鳥貝を見るのもまた、幸せなのである。
 数分後、鳥貝がやっとメールを打ち終わり、さぁこれから、とばかりに百合子は鳥貝を抱き寄せたのだけれど・・・。
 玄関の呼び鈴が鳴った。
 旧式のもので、玄関の扉に打ち付けるノッカーだ。
 自室にでもいればほとんど聞こえないそれだけれど、玄関ホールから続く食堂にはよく響く。
 そして、それを無視できる鳥貝ではない。
 百合子が止めるのも聞かず、玄関に向かう。
「どちら様ですか?」 
 ドアを開けずに、まず問う。
 これは、普段から寮の男達にしつこく云われている来客の対応法である。
 鳥貝の育ったN県の田舎の家では、ここまで警戒する事なく玄関を開けていた・・・というか、普段在宅時は鍵さえかけていない田舎で過ごしていた、と云った後、男達に何度も何度も言い聞かされてきた対応がこれだった。
 けれど、鳥貝の声に間髪おかずに帰ってきた声に、鳥貝は慌てて扉を開けた。
「こんばんは。私です♪」
 とても聞き覚えのあるよく通る美声。間違えようがない。
「リオさん!?」
 鳥貝の背後にいた百合子が扉を開けまいと押さえたのだが、一瞬遅かった。
 一度開いた鍵。しかるのち、扉はまるで押し売りに開かされるかごとく、ほぼ力任せにこじ開けられたからだ。
 こじあけたのは・・・月成とは別の人物。
 けれど、こちらも鳥貝が警戒する必要のない女性。
「メリークリスマス、鳥貝。」
 斎だった。
 そして、ふたりの女性から一歩離れた背後に立っていたのは、頭を抱えた多飛本。
「斎さんと、多飛本さんも! どうして?」 
「うちの実家のクリスマスの祝いは堅苦しいのでな、リオの家に逃げていたんだよ。で、リオとふたり、君が何をしているのかという話題になって・・・そのまま車を飛ばしてきた。多飛本さんが送ったメールにそれほど時間を置かずに返信があったから、まだ大丈夫だろという事で押しかけてきた。」
 何が、《まだ》大丈夫、なのだろうか。
 百合子がひどい仏頂面になってしまっている。
「すまん、百合子。ぼくもほとんど拉致されてきたようなものだ。」 
 有無を云わさず、斎の車に押し込められたらしい。
 多飛本が小声で百合子に謝罪するのを、百合子も溜息で応える。
 鳥貝は驚いたけれど・・・それ以上に嬉しかった。
 斎が持参したシャンパンと、月成が持参したオードブルを居間に広げて、賑やかなクリスマスパーティが始まった。ちなみに、多飛本は帰りの運転手を命じられているらしく、お酒を飲むのを控えていた。
 月成と斎は、鳥貝にプレゼントを用意してくれていたらしい。
 斎がふかふかのイヤーマフと毛糸の帽子で、月成が猫の形をしたイヤリング。
「あ、これ、百合子さんにもらったネックレスと、おそろいですね。」
 鳥貝がにっこり笑うと、百合子が小さく唸る。「便乗するなよ、」と。
「イヤリングのデザインは2種類しかなくって。ホントは、ピアスの方が種類が多いから、カワイイデザインはピアスの方にあるのよね。ね、春海ちゃん・・・ピアスホール、開ける気ない?」
 リオが鳥貝に手を伸ばして耳たぶに触れた瞬間、百合子がはたき落とす。
「親から貰った大事な身体だ。何で、好んで穴を開ける必要がある?」
 云いながら、鳥貝を抱きしめる・・・のを、鳥貝は拒否る。
「あなたがそれ云えるわけ?」
「おれはいいの。愛ある行為だから。」
「やらしー、変態・・・、」
「いいんだよ。春海はそれでも良いと云ってくれてるんだから。」
 隠喩を含ませた会話は、鳥貝の苦手とするところ。
 意味が分からずきょとんとしているのを、斎が笑って横からさらう。
「鳥貝は実にかわいいな。本当に癒される・・・、」
 シャンパン・・・だけでなく、安羅秘蔵のブランデーにも手をつけて、良い具合にできあがって来つつある斎が鳥貝に口づけようとするのを、寸前で百合子が取り返す。
「おまえらいい加減にしろよ。おれと春海の初聖夜を邪魔するな。」
 百合子の言葉に、アルコールに頬を染め、瞳を潤ませた月成がしかめっ面をする。
「初性夜・・・ホント、やらしいわ。・・・ねぇ、春海ちゃん、こいつ、絶対近いうちにあなたを孕ませる気よ? 気を抜いちゃだめだからね?」
「・・・っ!? はら・・・、って!?」
「リオ、おまえも飲み過ぎだろ。鳥貝を混乱させてどうする。」
 中心になって絡まれている鳥貝に助け船を出すのは多飛本。
 月成の手からグラスを取り上げ、真っ赤になって慌てふためく鳥貝の顔を見てぷっと笑う。多少はアルコールのせいもあるけれど、皆にからかわれたからこそ赤くなっている部分が多々。
 多飛本から見ても、そんな鳥貝は可愛らしく見える。
 顔を綻ばせる多飛本を見た月成が、複雑な気持ちになったらしい、多飛本の腕を掴んで抓る。
「春海ちゃんは、からかわれている時が一番かわいいの。イマドキこんな素直な反応返してくれる子、あまりいないもの。・・・史司くんもカワイイって思ってるでしょ?」
「そりゃあな。」
 いけしゃあしゃあと多飛本は云う。
 月成はむくれて多飛本の顔を引き寄せ、唐突にキスをする。
 唇を重ね合わせるだけの軽いそれだった。
 すぐに離れた唇で、多飛本は溜息をついた。
「・・・そんな事云うなら、間接キスさせてあげるわよ。さ、春海ちゃん、」
 云って鳥貝の頬を捕らえようとするのを、百合子がガード。
「おまえら、大概にしろ。」
 そろそろ我慢の限界らしい。
 クリスマス、鳥貝とふたりきりでいちゃいちゃを楽しみにしてきた男にとって、みんなでわいわい賑やかには想定の範囲外に他ならない。
「おれは、これから春海と楽しい聖夜を過ごすんだ! 邪魔者は帰れっ!」
「邪魔者って、ひどい! 私は、大好きな春海ちゃんの顔が見たくて来ただけよっ! 春海ちゃんも楽しんでるからいいわよ、ねっ!?」 
 月成から同意を向けられて、鳥貝は苦笑した。
 大好きな人達に囲まれて過ごすクリスマスは確かに楽しいけれど・・・誰より好きな百合子とふたりで過ごす時間もそろそろ欲しいかな、と我が儘な事を考えていたからだ。
「ほぉら、春海も困ってる! おまえらそろそろ・・・、」
 百合子の発言中、突然別の音が重なった。
 テレビの音だ。
 月成と百合子の口喧嘩をよそに、斎がテレビをつけていた。
「あ、そういえば・・・、」
 鳥貝が呟き、画面に最近因縁を持ってしまった女優の顔が映った。
「・・・あ、」
 百合子も反射的にテレビを振り返って、嫌な顔をした。
「ああ、そういえば、今日最終回なのよね、Sちゃんのドラマ。毎回は見ていないけど、今日くらいは見たいなー。・・・というわけで、ドラマが終わるまではいるわね?」
 勝手な事を月成は云い放ち、複雑な想いの百合子は口を閉ざした。
 口を閉ざして、隣に座る鳥貝の腰に手を回し、その肩に頭を乗せた。
「ちょ、百合子さんっ、」
 人前で甘えられるのは恥ずかしいから苦手だ。
 けれど、鳥貝もこの女優には複雑な想いがあるものだから・・・黙ってそのままにさせておいた。
 女優自体には複雑な想いがあるけれど、ドラマそのものは気になっている。
 途中のCMでお茶を入れるために席を外した他は、真剣にテレビに見入ってしまった。それは月成と斎も同じだったようだが、元々ドラマに興味のない多飛本と百合子は居間にあったチェスで勝負をしていた。
 ドラマの最後、切なくて後を引く・・・けれど、どこかすがすがしい終わり方に、鳥貝はほっと息をついた。
 月成は目に溜まった涙をハンカチでぬぐっている。
 斎は・・・「いや、Sもよく頑張っている、」と、ドラマそのものに対する感想は薄かった。
「ねぇ、」と月成が鳥貝を振り返り「・・・春海ちゃんは、聞いたのよね、Sちゃんとユキの事。」
 問いかけてきた。
 唐突なそれに鳥貝は苦笑いで頷く。
「Sからも先日電話があって、鳥貝の事を聞かれたよ。・・・けれど、もう吹っ切れた様子だったな。」
 百合子と彼女の過去の事は、百合子本人から聞いた。付き合ったのは3ヶ月程度。向こうから告白され、向こうから別れを切り出した、と。気の強い所や、世間ずれしていない所が新鮮でそれなりに好きではあった、とも。当時、彼女とは別に付き合っていた男がいた事もあって、別れてからの彼女への未練は一切なかった、と。
 百合子は鳥貝に嘘はつかない。
 鳥貝はそう信じているから、百合子の言葉も信じようと思った。少なくとも、百合子が現在自分に向けてくれている(過激すぎる)愛情は疑いようもない。
「ね、ユキ、もしかして、春海ちゃんにあげたネックレス、Sちゃんのを見たから? 今年の春ころかな、Sちゃんに会った時にいくつかアクセ買って貰ったのよ。」
「・・・あの女より、春海の方が似合うだろ? かわいらしくて。」
「どちらが似合うかはともかく、確かに春海ちゃんにはかわいらしい系が良いわね。今度、そのネックレスとイヤリングつけて、デートしましょうね♪」
 月成の軽口に反応できない鳥貝。先の彼女の言葉が引っかかってしまっていたのだ。
 ・・・Sがしていた同じネックレスを自分に贈った?
 鳥貝はかすかな不快感を覚える。昔の恋人と同じアクセサリーを今の恋人につけさせるなんて・・・。
 百合子に恋する心はすっかり乙女の鳥貝。普段なら深読みしないような事まで深読みしてしまうのである。
 鳥貝の表情をいち早く察した斎が、手を伸ばして鳥貝の頭を撫でて笑う。
「・・・どうせ、そのネックレスの出所を教える名目で番組出演を迫られたって所だろうさ。あいつの行動理由は、常に君だからな。Sがしてようがおかまいなく、純粋に君に似合うと思っての事だろう。君が嫉妬するような理由は一切ないと見た。・・・どうだ?」
「・・・しっ、嫉妬とかじゃありま、せん・・・、」
 自分でも感じた不快感が嫉妬からのものだと分かってはいたから、声は小さくなる。
 でも、斎の言葉にほっとしていた。
 自分の斎と同じ事を考えていた。そう、百合子の性格を知っている鳥貝だから、それは分かるのだ。ただ、理解していても感情は追いつかなかっただけで。
 顔を上げると、自分をじーっと見ている百合子と視線が合って、にっこり笑いかけられた。
 その笑顔があまりに綺麗で、鳥貝は顔を赤らめる。
 百合子が、こんなにも好きなのだと、こういうふとした時に実感してしまう。
「春海、かわいすぎるっ! 嫉妬、してくれてたんだ!」
 誰が居ようとおかまいなく、きゅっと抱きついてくる。
「百合子さんっ!」
 どうにか引き剥がそうとするけれど、百合子の力に適うわけがない。
 百合子のそういう行動が恥ずかしいけれど・・・幸せでもある。
「おまえが心配するような事は何もないからな。おれには、おまえだけなんだから。」
 云いながら、鳥貝の身体を抱き寄せて・・・キスを迫ろうとするのを、鳥貝は避ける。
 さすがに人前でキスなんて、あり得ない。
 なのに、百合子はキスどころか、鳥貝の身体を抱きしめたままソファの上に横たえていって・・・。
「百合子さんっ!?」
 そういう事さえ、誰がいようとおかまいないらしい。・・・それほど、鳥貝と愛し合いたい欲求が高まってきているというか。
 邪魔者たちの登場によって、鬱屈していっていた欲望がはじけそうになっているというか。
「だっ、だめですっ! だめぇ!」
 上から押さえつけられて、百合子の唇が近づいてくるのを必死で避けつつ、じたばたもがく鳥貝を、助けるものは誰もいなかった。
「そっかー、そろそろそういう時間よね。仕方ないから帰るわね。ユキ、春海ちゃんをいじめすぎちゃだめよ?」
「鳥貝、本当に嫌な時は嫌だとはっきり云うんだぞ? それでも無理やりされたのなら、連絡しておいで。すぐに通報してやるから。」
「百合子、今晩は誰もいないから、鳥貝さえ嫌がらなければどこでしようと構わないけどな・・・痕跡を残すんじゃないぞ? ちゃんと処理しておくように。最低限のマナーだ。」
 来客3人が立ち上がり、帰り支度を始めて、それぞれに残していった言葉である。
「ちょ、ちょっと、リオさん、斎さん、多飛本さん!?」
 鳥貝が百合子の体の下から必死に呼び止めるけれど、誰も立ち止まらない。
 最後に、ドアを閉める前に、皆が口を揃えて。
「MerryChristmas! おやすみ。よい夜を!」
 と、声を掛けて出て行ってしまった。
 後に残った鳥貝と百合子は・・・もちろん、そのまま・・・?
「こっ、こんな所で嫌ですぅ! 百合子さんのばかぁ!!」
 鳥貝が叫び、百合子は笑った。
 まだついていたテレビに、ドラマ終了後の特別番組が映し出され、女優Iのコメントが流れる。
『・・・今でも初恋の人の事は心に残ってますし、きっと永遠に残ると思います。だから、私はこの聖夜に願います。その人が素敵な恋をしてくれる事を。わたしに恋心が何かを教えてくれたあなたが、恋する人と幸せなクリスマスを過ごしてくれる事を・・・、』
 百合子がテーブルの上のコントローラーに手を伸ばしてテレビの電源を落とし、笑う。
「幸せなクリスマスはこれから、だ。」
 嫌がる鳥貝の唇を奪い、甘い口付けで鳥貝を篭絡し・・・恋するふたりの幸せなクリスマスは・・・とろけるように甘いクリスマスの夜が、始まった。



おわり