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[鳥貝大学1年の冬]

Lovers X'mas【1】


 クリスマス。
 世間一般では、一大イベント。
 クリスチャンでもない人々にとっても、何故か一年で最も華々しいイベント。
 そしてまた、恋人たちにとっても・・・。
「・・・何でもいいって、」
「だから、何にもないですって!」
 明日の朝食の下ごしらえを終えて、鳥貝はお盆に5人分のお茶を乗せて居間に向かって歩く。その後ろを百合子がややふて腐れた顔でついて歩く。
 居間には安羅、時屋、白熊がいて、珍しくテレビをつけていた。
 それぞれの前にお茶を置いて、鳥貝もソファに座ってほっと息をつく。
「春海の頑固者。」
「百合子さんはしつこすぎるんです。」
 ごくいつもの言い争い。これもふたりのコミュニケーション。
 百合子は舌打ちして、手近にいた時屋の腕を掴む。
「なぁ、最近春海が何か欲しいとか口にしてなかった?」
 時期が時期である。
 そこにいる全員がその言葉でふたりの言い争いの元が何であるか察した。
「・・・そういえば、電動のスライサーがあれば楽かも、っていつか呟いていたような、」
 分かっていて、時屋は云う。
「・・・そういうんじゃなくて、」
「そうですねー。何か家事の助けになるようなものだったら、嬉しいかも、」
 鳥貝も分かっていて云う。
 だから、百合子は完全にふて腐れて、お茶をすすった。
 テレビ画面で慌てたような女性の声とその後ろに切迫した音楽。
 皆がそちらを向く。
 珍しくドラマをつけているらしい。
「時屋さん、ほんと、このドラマにハマってますね。ちょっと意外です。もうすぐ最終回でしょう? クリスマスが最後なんですよね。友達も見ていて、楽しみだって云ってました。」
 毎週の事らしく、鳥貝が云う。
「結構面白いよ。特にこの主役の女優Iさん、綺麗でかわいくて、好きなんだよな。」
 何故かそこで横目で百合子を見る。
 百合子はテレビには視線をやらず、お茶をすすっている。
「Iさんは、私でも知ってます。去年は大河ドラマに出てましたよね。今、一番視聴率稼げる若手女優さんでしょう?」
「そうそう。18で初出演した映画が当たって、それ以来、うなぎ登りの人気。この容姿と、演技力で。」
 今度は安羅が云い、また百合子を見る。
「確か、私よりふたつ上でしたっけ?」
「現役大学生だよ。ぼくと同い年かな。N女子大の学生だそうだよ。出身はY市で、F女子校出身だとか。」
 白熊がまたちらりと百合子に視線をやる。
「あ、リオさんと斎さんと同じですね。学年も近いし、もしかしてお知り合いだったりして。」
 鳥貝のその言葉には誰も答えなかったのだが、その妙な雰囲気を鳥貝が察するよりも前に、テレビ画面で女優I演じる主人公とその恋人の男のやりとりが始まって、皆がそちらに意識を向けた事で、鳥貝の言葉は鳥貝自身にとっても忘れ去られることとなった。
 というより、そもそも鳥貝は空気を読むのがイマイチ得意ではない。読めはするけれど、それがどうしてそういう状態になっているのかを紐解く事ができないというか。
 だから、男たちの間に流れる・・・とりわけ、百合子が仏頂面をひどくしている事の意味を、理解できていないのが幸い・・・なのだろうか、果たして。


 ドラマは、翌週のクリスマス・イブの夜に最終回を迎える。
 当日の拡大スペシャルも勿論、その宣伝のために、各所で特別番組が催されるという。主人公役のIもひっぱりだこだろう。
 普段、テレビドラマをほとんど見ない鳥貝も、時屋につられるように毎回見ていたものだから、最終回はとても気になっていた。
 百合子がそのドラマの事、女優Iの事を話すとひどく不機嫌になるのは、多分、自分に興味のないことを鳥貝が話すから、それだけなのだと思っていたのだけれど・・・。


 翌日の講義後、いつものように百合子と鳥貝は待ち合わせをして帰る。
 夜バイトがない日は、必ずと云ってよいほど百合子は寮で夕食を食べていくのである。・・・必ずしも泊まっていくわけではないけれど、そこら辺りは百合子の技量と鳥貝の機嫌次第だ。
 その日、校門から出て帰路についたふたりに声がかかった。
 スーツを着たサラリーマン風の見知らぬ男だ。
 正確には、百合子に声がかかった。
「百合子千里くん?」
 フルネームで名前を呼ぶ相手にはまず警戒。
 百合子は目をつり上げて、男を睨み付けた。
 記憶力の良い百合子でも、相手の男は知った顔ではない。
「そうだけど、あんた何?」
「以前の写真だけだから分からないかと・・・でも、目立つ人物でよかった。S・・・って名前聞いて、ぴんとこない?」
 人当たりの良い笑顔を浮かべる男だけれど、それが営業スマイルだと分かるからこそ、警戒は解かない。
 口にされた女性のファーストネームに、百合子は眉根を寄せる。
「時々聞く名前だけど、で?」
「用があるって。今、向こうに駐めた車の中にいる。」
「はぁ?」
「時間がないんだ。忙しい子だからね。話だけで、すぐに済むから、ちょっと来てくれないか。」
「意味が分からん。っていうか、嫌だね。」
「だって、彼女だよ? 嘘偽りなく、あの子だ。ぼくマネージャーなんだけど・・・、」
 そこでやっと百合子に名刺を渡す。
 受け取った名刺に百合子は一瞬目を走らせて、投げ捨てる。
「興味ない。」
 宙に舞う名刺を慌ててキャッチした男は、肩を落として百合子の横に並ぶ鳥貝を見た。
「・・・君の、彼女?」
「だったら、なに?」
「いや・・・ごく普通の子だな、と。」
「・・・。・・・おれたち、急いでるからもう行く。Sとかいう女には用はないし。」
「ちょっと、ホントにちょっとだけ! 無理もしないし、危ない事もしないから!」
 焦る男と、冷淡な態度の百合子。
 蚊帳の外の鳥貝は唖然としてその様子を見守るだけ。だって、何が起こっているのかさっぱり分からない。
「百合子さん、あの・・・私、ここで待ってるので、この人の話聞いてあげたらどうです? でないと・・・、」
 いつまでも引き留められそうだし。
 と、言葉にしない部分も百合子は理解して、溜息をつく。
「じゃあ、すぐに済ませてくるから、おまえはここらで待っててくれ。おまえの場合、誰かに声かけられても気安く応じるなよ? ヤバくなったら、大声出せば、まだ学校前だし誰かは駆けつけるだろうし・・・、」
「だから、そこまで心配されなくても大丈夫です。」
「ん、じゃあ、ちょっと待っててくれ。」
 鳥貝の頭をくりんと撫でてから、百合子は男について歩き出した。
 男は校門から離れた曲がり角の先に駐まっていた国産の乗用車の横で立ち止まると、スモークガラスで中の見えない後部座席の扉を開け・・・百合子は、そのままそこに乗り込んだ。
「お久しぶり。」
 透き通った伸びやかな声。そこには自信が溢れ、真っ直ぐ前に向う印象を与える。
「・・・何の用だ?」
 不機嫌に百合子は云い放つ。
「久しぶりに会って、それ? ・・・まぁ、いいわ。今日はあなたにお願いがあってきました。」
「・・・。」
 この女性と顔を合わせるのは4年ぶりくらいだろうか。
 当時も綺麗な少女だったけれど、今は更に美しくなっている。見いだされ、磨き上げられ続けているのだろうと知れる。
 けれど、そもそも百合子は女の美しさに惑わされる性質をしていない。
 不機嫌な顔を崩さず、女を見る。
「今度ね、お昼の生番組にスペシャルゲストとして出る事になってるの。」
 女は、芸能界の人間だった。
「ドラマの宣伝の為よ。あなたはそもそもそんな事には興味ないでしょうけど・・・今、それなりに人気のあるドラマの主演してるのよ、私。」
 女は、女優だった。
「それでね、そこで私を初恋の人に再開させる企画をするみたいで・・・あなたに出て欲しいわけ。」
 女は、百合子の昔の恋人だった。
「断る。っていうか、あんたの初恋がおれだなんて聞いた事もない。」
「そういう事にしといて欲しいの。だって、あなた見栄えいいもの。ヘタな相手だと、場がしらけちゃう。」
「そんな浮ついたモノに興味ないし、顔を出すつもりもない。」
「カメラの前に顔は出さなくてもいいと思うわ。ただ、他の出演者には顔を見せて欲しいの。私の王子様、って事で。あなたなら、並の俳優やタレントより美形ですもの。きっと、みんな唖然とするわよ。」
「断る。」
「・・・。そうよね、芸能界にこれっぽっちも興味ないものね、あなた。」
「あんたの見栄のためにおれに出ろってか?」
「見栄だけじゃないもの。今だって、あなたの事忘れられないのは本当なのよ? だって、あなたは、私の初めての・・・、」
 くすっと妖艶に笑う。
 彼女が女優なのだと分かる笑みだ。
 勿論、女の色香に惑わされる百合子ではない。態度は変わらない。
「時間の無駄だ。帰る。」
 車の扉に手をかけ・・・けれど、はたと思いとどまったのは、女の胸元に光るアクセサリー。
 プラチナゴールドだろうか。シルバーではない、金でもない、柔らかな色合いをしたネックレスだ。
 猫が鞠にじゃれついている彫金が施されたペンダントトップ。鞠の部分は赤い天然石・・・おそらく、ルビー。
 その猫がミス・ノーラのシルエットに似ている気がした。
 ルビーを鳥貝の誕生石である明るいブルーのアクアマリンにでも変えれば、彼女に似合いそうだ、と思った。
「あんた、猫好きだったっけ?」  
「ああ、これね。」百合子の視線の先が自分のネックレスにあるのだと気づいて、それに指先で触れる。「嫌いじゃないわよ。飼ったことないけど。・・・これは、知人がデザインしたものを譲って貰ったの。・・・なに、気になるの?」
「店で売ってるものじゃないのか?」
「さあ、よく知らないわ。・・・ふぅん・・・恋人にあげたいの?」
 女の眼差しが光る。
 百合子は足下を掬われた気分になったけれど・・・、後には引けない。
「・・・絶対に顔を出さないという約束なら、出てやる。生番組なら、そんな長時間は拘束されないだろ?」
「もちろん。それに、あなただから大丈夫だろうとも思うし・・・心配でもあるから云っておくけど、余計なことは一切なし、ね。私とあなたは地元が同じで、共通の知人がいて、私が勝手にあなたの事を好きだった、っていう設定。近いうちに局の人間からオファーと詳細の連絡が行くと思うから。」
「分かった。・・・で、そのネックレスの出所は?」 
「当日教える。」
「・・・。約束を違えるなら、おれがどんな事をするか分かってるよな?」
「あなたの性格は知ってるつもり。だって、そこも好きだったのだもの。・・・今でも、好きよ?」
 のばされた女の手をはねのけ、百合子は肩をすくめる。
「人気女優がオトコを誘惑していいのか?」
「・・・あなたが誘惑されてくれるのなら、スキャンダルくらい構わない。」
「おれの性格、知ってるんだろ?」
「・・・そうね。・・・。分かったわ、それじゃあ、また後日。もっとゆっくりとあなたを口説きたいけれど、時間切れみたい。」
 冗談含みの女の言葉に百合子は反応せず、扉を開けてさっさと外に出た。別れの挨拶もない。
「話はすんだよ。あんたもご苦労だな、」
 外で待っていたマネージャーだという男に声をかけると、百合子は目一杯息を吸い込んでから、鳥貝の待つ所まで歩き出した。


「随分、見目の良い青年ですね。・・・昔の恋人?」
「そう。いれこんでたのは、私だけだけど。」
「今の恋人らしい子と歩いていましたが・・・なんというか、普通の娘でしたよ。」
「昔から、あの人の趣味はよく分からないの。・・・特殊な性癖もある人だし、また何かの気まぐれでしょう。恋に夢中になると、周りが見えなくなる人みたいだから。」
 女性は、胸元までの髪の毛を指先に絡めて溜息をついた。
 高校の頃、ほんの数ヶ月だけ付き合っていた男。
 焦がれて焦がれて、何度も告白して、断られて。それでも、無理にでも彼を手に入れた。
 手に入れたと、思っていた。
 でも、彼には別に恋人がいた。それは・・・男だった。
 彼も当時はそれなりに自分の事を気に掛けてくれてはいたのだろうけれど、彼が自分に対する態度は恋ではなかった。当時彼が恋していた男に対する態度とは、全く違った。
 彼が自分に示したのは、興味と、ちょっとした友愛感情。
 だから別れた。自分から。
 彼は、基本的に男にしか恋ができないのだ。だから、今の恋人の事もきっと、一時の気まぐれにすぎないのだろう、と彼女はそう思った。
 だから、未だ彼に恋心を残している彼女が、その恋人に対して嫉妬心のような物を感じる事はなかったのだが・・・。


「ごめん、待たせた。」
「構いませんよ。友達にメール返信してましたから。」
 携帯画面から顔を上げた鳥貝は、戻ってきた百合子を見て、安堵したようにふんわりと笑う。一応心配してくれていたらしい。
 美しい・・・けれどどこかに毒を含んでしまった女性を見た後で見る鳥貝は、一段と可愛かった。
 愛しい想いが胸にわき出して、思わず、きゅっと抱きしめる。
「ゆ、百合子さんっ! 往来でやめてくださいっっ!」
 腕の中でじたばたもがく鳥貝のぬくもりに、ほっとする。やはり、彼女には癒される。彼女が愛おしいと思う。
「さっさと帰ろ。で、ゆっくり暖め合おうな?」
「・・・。暖め合いはしませんけど、暖かい飲み物くらいなら入れてあげます。」
 多分、百合子が誰と会ってどんな話をしてきたか、気になるだろうに口にしない。
 鳥貝のそういう所が、普段はむず痒いような歯がゆいような気分になるけれど、今日はありがたかった。
 歩き出した鳥貝を背中から抱きしめて、無駄な抵抗にあいながら、百合子は鳥貝と一緒にいる事の幸せをかみしめた。


 数日後の早朝、百合子から鳥貝の元にメールがあった。
 いつものたわない用件でのメールではなく、
『ごめん、今日は講義休む。
それから、必ず、お昼にはテレビを見て。○○○○っていう番組。いつも食堂でかかってるだろ。絶対に見てくれよ!
じゃあ、夕方にガッコまで迎えに行く。』
 その内容に首をかしげた。
 あまりテレビ番組に興味のない百合子がテレビ番組を見ろだなんて・・・何があるのだろうか、と。
 まさか、百合子が出るなんてことないだろうしー、などと軽く考えていたのだけれど、まさかは意外と起こるものだったらしい。


 お昼時間、食堂で。
 女友達とテレビの見やすい位置に座った。
 百合子から変なメールが来たことを云うと、みんな鳥貝が考えたことを同じようなコメントをもらした。
 お昼の番組は、いつも通りごく普通に進んだ。ただ、ゲストが今話題のドラマの主演Iだった事で、食堂の多くの人間がテレビに注目していた。勿論、話題はほとんどドラマの事についてだった。
 その後、特別コーナーで『初恋』をテーマにしたドラマにちなんで、出演者の初恋相手が登場する企画となり・・・主人公役のIの初恋の相手、主人公の恋人である俳優の初恋相手が顔の見えない磨りガラスの向こうに登場となったのだけれど・・・。
 影の形だけでも見覚えがあるかもしれないその姿に、鳥貝は呼吸を止めた。
 肩書きは都内国立大学生 Y・Y(20)となっている。
 磨りガラスの向こうをのぞき込んだI以外の番組の人間が口を揃えて「イケメン」を連発する。特に、女性タレントがいつになくきゃーきゃーと黄色い声を発している。
「ご本人の希望により、テレビに顔を写さない事を条件に、ご出演していただきました。」
 との前置きの言葉の後に、番組の司会者の「折角だから顔を出せばいいのに。もったいない、ホントすごいイケメンですよ。」のコメントに、苦笑と「学生生活に支障が出ますので。」と、声は変えられているけれど聞き覚えのある口調。
 鳥貝は呆然とし、食堂にも何となく漣のようにひそひそ声が飛び交う。
 鳥貝の友人も、気づいたらしく「ねえ、ちょっともしかして・・・、」など呟いている。
 誰もに確信はない・・・けれど、鳥貝は確信していた。
 今朝のメールからして、先日のマネージャーと名乗った男からして、今日のこの状況に結びつくのだから。
 それから、テレビ番組の中で、女優Iと青年の過去のエピソードが語られ、磨りガラスの向こうで再会し、握手を交わしている。
 食堂の漣が大きくなる。
 その内訳は「あいつ、ずりー!」「Iと握手!ありえねぇ。」「なんだよ、初恋って!?」「知り合いったら、紹介してくれっての!」等々。
 それから、司会者や他の出演者から主にIの事についての質問がY・Yという男に向かってされ、男はごく当たり障りのない回答をしている。
「学生時代のIさんも綺麗だったんじゃないですか?」「そうですね、雰囲気のある人だと思っていました。」
「勿体ないことをしたと思いませんか?」「ははは。どうでしょうね。」
 等々。
 百合子は空気を読めるし、TPOはわきまえる。生放送で雰囲気を壊すようなことをするほど悪趣味でもない。もちろん、そこに自分の気にくわない要素が絡まない限りは。
「付き合っている人いるんですか!?」のかなり本気の女性タレントの質問に、少しだけ間を置いて。「いますよ。」と笑い含みに答える。「えーやっぱりぃ、」うなだれる女性タレントに、他の出演者からの突っ込み入る。
 質問の占めとばかりに、司会者が問いかける。
「もし、今彼女に付き合って欲しいと云われたらどうしますか?」
 ドラマの内容に沿った質問である。
 磨りガラスの向こうで、男は首をかしげる仕草をする。
 当たり障りのない内容を事前に打ち合わせしているだろうと思われるのだけれど。
「嬉しくは思うでしょうが、お断りしますね。・・・今の恋人を何より愛しているので。」
 恥ずかしげもなくこういう事をさらりと云うのが百合子とという男。おそらく、後半はアドリブだ。
 その言葉に、女性タレントがきゃーきゃー云って大げさな身振りと共に「云われた〜い!」とか叫んでいる。
 普通の女性にとって、そういう台詞は殺し文句になるのだろう。
 そして、テレビ画面の前で鳥貝も赤面している。
 アレが百合子だとほぼ確信している女友達から、肘でつつかれたりにやにや笑われたり・・・恥ずかしいにも程がある。
 そのコーナーはそこで終わりだったが、出演者が皆口を揃えて云う「イケメン」が見たいとの声が会場の観覧者から起こった。起こしたのは司会者だけれど。
 女性タレントが磨りガラスの向こうに回り、腕を取ろうとするのを男はやんわり拒む。
「すみません。テレビに映ると彼女が嫌がると思うので、顔は出せません。彼女に別れられたら、おれ、泣きますから。」
 笑い含みの声。きっと、女性タレントに笑いかけている。
 磨りガラスの向こうから戻ってきた女性タレントは、かなり素で顔を赤くしていた。
 結局、磨りガラスの向こうの男Y・Yは顔を見せることなくコーナーは終了し、女優Iも再度ドラマの宣伝をして、帰って行った。
 ・・・TK大食堂は、いつも以上にざわめいている。
 人気女優Iの初恋の相手が、もしかするとTK大の学生かもしれないからだ。というか、あの男を知っている人間はほぼ確信していた。
 俳優やタレント、世間一般のイケメンを見慣れている芸能人たちからしてイケメンと言わしめる男の心当たりは、大学構内に数える程しかない。
 だから、今注目を集めるのは・・・鳥貝。
 彼女がそのイケメンと恋人同士なのはかなり周知の事実。
 視線と、ひそひそ声がいたたまれない。
 というか。
「あれ、完全に百合子さんだよね?」
「間違いないと思う。・・・あの、甘台詞、」
「イケメン発言、」
 同じ机を囲む女友達には確信されてしまったようだ。
「Iと知り合いなんて、どういう事?」
 そして、詰め寄られるが、そんなの鳥貝の知った事じゃない。鳥貝だって初耳だった。
「もしかして、昔付き合っていたとかじゃないの?」
 その言葉には、少しだけぐさりとくる。
「これを機にヨリ戻すとかあり得ない!?」
 実は、テレビ画面を見ながら少しだけ考えていた事。
「鳥貝ちゃん、私達は事実が知りたい。是非、詳しい話を百合子さんに・・・!」
 微妙に他の人間からも同じような視線で見られているような気がして、鳥貝は肩を落とした。
 本当は、気にしない方が良いと分かっている。なにより、当の百合子がわざわざテレビを見るように指定してきたのは、見られて困るような関係ではなかったからに違いない・・・と、思うのだけれど。
 それに、そういう事は。
「時屋さんとか安羅さんに聞いた方が、詳しく知っていそうだけど・・・、」
 今思えば、先日、I主演のドラマを見ている時に皆が少し変な反応をしていたのは、百合子との関わりを知っていたからだろうか。
 鳥貝は、食べかけのお弁当をじっと見てから、箸を置いて、それを片付けた。
 食欲が減退した。
 午後からがとてもしんどくなる気のする鳥貝だった。



つづく