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[鳥貝大学1年の冬]

Valentine's Day


 少し前から百合子がそわそわしているのには気づいていた。
 でも、そういう事(恋愛方面のイベント等)をさして気にしない鳥貝は、すっかりうっかりしていて、百合子のそわそわの原因が何か、直前に本人が自己申告するまで気づかなかった。
 で、少しだけ厄介な目に遭う。勿論、その厄介な目も、客観的に見ればふたりが幸せだという事なのだけれども。


「はーるみ、」
 こんな寒い日は、鳥貝だって人肌のぬくもりが嬉しい。
 外にはふわふわとした羽のような雪が風に煽られて舞っていた。積もる程ではないけれど、雪は明日の寒さを誘っているようだ。
 きゅっと抱きしめてくる百合子の素肌の感触に、鳥貝は心地よさを味わって、目を細める。
 行為の後、いつもそうするように、抱きしめ合ってそのまま眠りへと落ちていく。
 百合子の身体も、その熱も、脈動も、香りも、今ではもう既に、当たり前でいて安心できるものになっている。
 甘えるように百合子の胸に頬を寄せて、鳥貝はうとうとしようとしたのだけれど。
「明後日、何の日が覚えているか?」
 嬉しそうな声音で聞いてくる。
 百合子的には、ここで「もちろん、」とかの返事を期待したのだろうと思われるが。
「・・・。・・・明後日・・・、ん、お出かけの約束してないですよね? 誰かの誕生日?」
 少しだけ眠そうな声で、そう云う声に、百合子は「あぁ、」と落胆し、溜息を漏らした。
 落胆と溜息。
 それだけの行動の中に「やっぱり、春海は春海だな。いつまでたっても、理解しない。」とかいう意味が含まれていたのを、いつもの遣り取りの学習で、何となく鳥貝は察する。
「・・・何ですか、」
 だから、少しむっとして云う。
「・・・街中だって色めきたってるだろ? おまえ、ほとんど毎日スーパーに買い物に行くじゃん。それで気づかないなんて、どんだけ?」 
 2月。
 それは、恋人達・・・あるいは、恋する人達にとってとても重要なイベントがある。
 つまり。
「バレンタインだろ?」
「・・・。ああ、そうか。そういえば、」
 鈍すぎる鳥貝の反応に、百合子は再び溜息。
「何も用意してないわけだ?」
「だって、試験期間じゃないですか。忙しくてそれどころじゃないです。・・・今日だって、明日が休みだからって、百合子さんが無理矢理・・・、」
 今日も、しっかり試験は入っていた。
 この試験での成績も2年度の学科選びに影響するから、鳥貝は至極真剣に取り組まざるを得ない。
 だから、まだ数日残る試験のために、本当ならもっとしっかり勉強したいのに「息抜きも必要、」とか云って百合子は鳥貝を籠絡させた。実際、鳥貝も百合子のぬくもりが恋しかったから、簡単に折れてしまったわけだけれど。
「うちの大学、バレンタイン期間に試験だなんて・・・恋人いない教員の陰謀じゃないか? ふざけてるよな。」
「・・・単に、入試試験の日程とずらせたらそうなっただけだと思いますけど・・・、」
 鳥貝は百合子の腕の中で溜息をついて考える。
 バレンタインも試験当日だ。試験勉強がしたいから、凝った手作りはできそうもない。けれど、どうせなら寮の男たちにも何かあげたい。簡単に作れるチョコレート菓子は何かあっただろうか、と。
「…春海は、今までのバレンタイン、どれくらいの男にチョコあげてるんだ?」
 百合子の過去に嫉妬が発動した。
 これが発動すると、結構面倒くさい。
 鳥貝は、勿論素直に応える。誇れるほど恋愛遍歴はないから、構わない。
「中学の頃までは、毎年お父さんと、仲のいい友達にだけ、です。」
「友達って、男?」
「・・・男の子には誤解されちゃうから、女の子だけでしたよ。」
「で、高校に入ってからは・・・、」
 聞きたいことは、分かる。
 百合子が一番に嫉妬する相手は、鳥貝がこれまでで唯一付き合ったことのある男。
「彼にあげてました、一応。付き合ってましたし、当時は彼の事好きでしたから。」
 包み隠さず云う方が百合子にはいい。変に隠し立てすると、聡い百合子はそれを簡単に見抜いてもっと厄介にやきもちを妬く。
「・・・ふぅん、おれへの初チョコは忘れてるのに、あの男には忘れずにチョコやってたんだ。」
 拗ねた声。
 そういえば、百合子と付き合い出して初めて迎えるバレンタインだったのだと、今更ながらに気づく。
 やきもちを妬いて、拗ねる百合子は少々鬱陶しいけれど、やっぱり愛しくて、鳥貝は笑って百合子に抱きついた。
「ちゃんと用意しますから。拗ねないでください。」
 抱きついてくる鳥貝を抱きしめ返し、それでも百合子は拗ねた口調で云う。
「別に、そんなにチョコはいらないし・・・、」
「百合子さん・・・、」
「だから・・・、」
 にんまり笑う。完全に企んでいる笑みだと分かるけれど、この状況ではどうしようもない。
「ちょ、ちょっと!」
 一応、近づく百合子の顔を両手で阻止し、より強く抱きしめてくるのを、身をよじって逃れようとする。
「ど、どうせ、またするとか云い出すんでしょう!? 今日はもうダメですっ! 明日早く起きて試験勉強を・・・、」
 百合子の考えを読んで抵抗はするけれど・・・多分、無駄だと分かっている。
「14日はまだ試験期間中の平日だ。だから、先払いで今日もらっとく・・・、春海・・・、」
 云いながら、首筋に百合子の唇が落ちた。
「ちょ・・・ん、」
 濡れた唇、舌。鳥貝の素肌をゆっくりとなぞっていく。
 その感触には、いつまでも慣れない。・・・慣れることなく、感じてしまう。
「・・・春海、甘い・・・、」
「・・・あっ、甘くなんて、ありませんっ。むしろ・・・汗かいちゃってますから・・・、」
「甘い。春海の身体は砂糖菓子みたいだ・・・いや、マシュマロ、かな? 甘くて、ふわふわ柔らかくて。舐めてると、幸せになる・・・、」
 うっとりと云い、今度は鳥貝の胸元に唇を寄せる。
「・・・うん、すごい柔らかくて、気持ちイイ、」
 小柄なわりに、ほどほどにある鳥貝の胸を弄びながら百合子は幸せそうに声を弾ませる。
「もぅ・・・、」
 百合子の表情も幸せそのもので、鳥貝はそれ以上抵抗できなくなる。
 こんな時の百合子はまるで、大きな子供のようだ。
 自分の胸元にある百合子の頭を抱きしめて、鳥貝は微笑む。
「チョコは、ちゃんと用意しますよ。大したものは作れませんけど・・・、」 
「おまえの愛情が詰まってれば何でもイイ、」
「・・・多分、愛情はあると思います。」
 くすっと笑う鳥貝の声に、不満そうな百合子の「えー?」の声が続く。けれど、それはすぐに笑い声になる。
「おまえはそんな事云ってても素直なんだから、確実に愛情は詰まっている。・・・それに、おまえの身体がおれの事愛してるって、ちゃんと応えてる。」
「・・・っ、ひゃ、」
 女の部分を指先でこねられて、鳥貝はびくんと身体を震わせ、それに百合子はまた笑う。
「おれの事、愛してるから・・・欲しいんだよな?」
「・・・い、いりません、」
「うそ。」
 指を中に入れて、蠢かせる。かすかに粘ついた水音がする。
 鳥貝は唇を噛んで、声を堪えている。
「・・・こんなに、やらしいくせに。身体は正直におれを欲しがってる・・・、」
「ばかっ、」
 鳥貝は卑猥な言葉を続ける百合子の口を両手で塞いで、百合子を睨み付けた・・・けれど、羞恥に潤んだ瞳と赤い頬では、甘えているようにしか見えない。
 百合子は鳥貝の手を捕まえて、その指を口に含んだ。
「・・・かわいい。」
 百合子は笑う。
 口に含んだ指に吸い付き、舌をそっと手に這わせる。感じるのは、指の股、掌。
「んっ・・・、また、そうやって・・・、」
 感じる部分を舌でくすぐられて、鳥貝は小さく身体を震わる。今度は完全に甘えるように睨み付けて、鳥貝は頬を膨らませた。
「春海の言葉で、聞きたい。おれの事、ちゃんと愛してる? おれが、欲しくない?」
 百合子は、いつもそう。
 鳥貝の気持ちなんて分かっているくせに、そうやって問いかけてくる。わざと鳥貝の口から云わせるように仕向ける時もある。
 態度で示すのと同時に、言葉でのそれも欲する。
 鳥貝の全てを手に入れないと気が済まないとでもいうように。
 独占、束縛。
 本来意志が強く頑なとも云える鳥貝には、夢もあり行動力もある。本当なら、独占され、束縛される事は苦手なのだ。自分の身動きが取りづらくなるのだから。
 けれど、百合子は常にそれを示すわけではない。常にそうしたいのを、我慢しているのだと、鳥貝は理解していた。
 だから、こうしている一時だけくらいなら、いい。
 鳥貝は微笑んだ。
「・・・愛してます。でも・・・えっちは百合子さんがしたがるから、です。」
 鳥貝の言葉に百合子は幸せに笑い、でも少し意地悪な口調で云う。
「なぁに云ってるんだか。おまえだって、性欲あるくせに。時々すんごい激しく・・・、」
「で、でもっ、百合子さんから求められなければ、別にしなくても平気なんですっ。だから、そっちは百合子さんのせいで、」
「じゃあ、おれから求めなければ、ずっとしなくても平気なわけ? こう、ムラムラとかしないわけ?」
「・・・。・・・分かりません。知りませんっ。」
 それはそうだ。
 百合子はほぼ毎日でも鳥貝が欲しいと云い、何かというと求めようとする。鳥貝がそんな事を考える暇もないくらいに。
 だから、鳥貝から欲しいと云って行為を求めたことはない。そもそも、鳥貝が自分から百合子を恋しがって求める前に、確実に百合子の我慢の限界が来るだろうと知れる。
 そっぽを向いてしまった鳥貝をしばらくじっと見た百合子は、にんまり笑う。
「ま、いいか。最初に求めたのがおれでも、協力的な時は春海からも求めてくれるわけだし・・・というわけで、しよ?」
「っ! 何がというわけですか!?」
「・・・協力的な気分になってない?」
 鳥貝の身体をまさぐりながらそんな事を云う。
 確かに・・・、
「ちょっ、んっ・・・あ、だめ・・・、ひゃ・・・、」
 言葉で嫌がりながらも、逃げるように身体をよじりながらも、本格的に拒否はしない。
 結局、鳥貝も百合子とする事が好きなのは確か。
 ・・・百合子を欲しいと思うのが、本音だから。
 こうして、鳥貝は14日の先払いに応じて・・・朝、起きるのが辛いくらいに攻められ・・・バレンタインという日を『恋人達のイベント』に仕立て上げたお菓子メーカーを少々疎ましく思った、とか。
 それでも、勿論、幸せなのは確か。


 14日は、寮の男達には前日に作ったチョコムースを夕食後のデザートとして振る舞うことにした。
 百合子へのそれは、チョコムース・・・だけでは、確実にふて腐れるのが分かっていたけれど、手の込んだものを作る時間が勿体ない。かといって、市販のそれでは鳥貝自身が嫌だ。
 試験勉強の合間にしばらく考えた鳥貝は・・・少し不本意だけれど、百合子が喜ぶであろうお手軽なプレゼント方法を考えついた。
 試験終了後、珍しく鳥貝と待ち合わせをせずに別行動で寮にやってきた百合子は、花束を抱えてやってきた。乙女チックなものに興味の薄い鳥貝でも、綺麗な花をもらうのは悪い気はしない。
「本来は、こうやって贈り合う日だろ?」
 にこにこ上機嫌な百合子は、鳥貝に喜んで貰って嬉しいからだけでなく、鳥貝から貰えるものを期待しているからでもある。
「・・・夕食、食べていきますよね? その後で、渡します。」
 少しだけ頬を赤くした鳥貝の心の内を察したのか、百合子がそこでごねる事はなかった。あるいは、心の内だけでなく、何をくれるのかも、何となく分かっていたからかもしれないけれど。
 さすがに試験中とあって、バレンタインであるにも関わらず、あの安羅や時屋ですら寮にいた。院在籍で試験は関係ないが、深夜帰りの多飛本以外全員揃っている。
 院に進む事が決まっているとはいえ、安羅にとっては大学最後の試験、しかも単位を落とすとまずい科目もあるものだから、かなり真剣に取り組んでいるらしい。夕食後、鳥貝にお礼を云った後、さっさと自室に引きこもってしまった。
「百合子さんは、試験勉強はいいんですか? 今日も大して何も持ってきていないように見えるんですけど・・・、」
「そういう事は気にしない。おれは別に留年は構わないしね。春海と一緒に卒業できる。」
 怖い事を云う。
 そもそも、百合子が留年などしない事は分かっているけれど。
「でもね、わたしはこの試験で百合子さんと同じ建築学科に行けるかどうかがかかっているんですから・・・邪魔はしないでくださいね?」
 この前のような状態に持ち込まれないように先に釘を刺しておいてから、鳥貝は自室に百合子を引き入れた。
 百合子にあげるチョコは、バレンタイン用の化粧箱に入った市販のそれ。
 百合子が不満そうな顔をするのを見て、少しだけ笑って、鳥貝は百合子に渡す前に自分から箱を開け、6粒入ったトリュフをひとつつまみ上げた。
「あーん、してください、」
 百合子の口元にトリュフを持ってきて云う。
 それが、鳥貝のバレンタインだろうか。
 もちろん、それだけじゃない。
 素直に口を開け、トリュフを口に含んだ百合子は、そのまま鳥貝の身体を引き寄せる。鳥貝はくすくす笑って、素直に百合子に身を任せ、近づいてきた百合子の顔を自ら引き寄せ、口づけた。
 甘い、甘い、チョコレートのキス。
 同じ味をふたりで分け合う快感。
「・・・市販のチョコなのに、半端なく美味い。・・・おまえの味も入ってるからだな。」
 唇を離してうっとり云う。
 予想通りというか、百合子には大好評だ。
 百合子に抱きついたまま鳥貝はくすくす笑う。
「あと5個分、キスは残ってます。・・・試験終わってから、一緒に食べましょうね?」
「1個につき一回のキス権? ・・・それなら、もっと大量に入ったお手頃チョコでも良かったのに・・・、」
「どうせ、チョコがあってもなくても、キスしてくるくせに、」
「でも、チョコレートキスは、なかなかいい。普段あんまりチョコは食べないけど、これなら、いくらでも。」
 もうひとつつまみ上げようとする百合子の手を鳥貝は制する。
「ダメです。あとは試験後にしましょう?」 
 しばらく唇を尖らせていた百合子だけれど、すぐににっこり笑う。
「・・・そうだな。チョコの催淫効果考えたら、食べた後にしっぽり楽しみたいしな。」
「・・・! ばかっ、」
「ばかで結構です。けど・・・今日は我慢してやるから、試験後・・・楽しみにしてろよ?」 
 笑いながら熱っぽく云われて、鳥貝も嫌がる言葉を返しながら・・・それでも、百合子の言葉通り楽しみな気分も感じていた。
 そして、バレンタインから数日が経過した試験後、ふたりでチョコを堪能した後、そのまま、互いの身体の味も確かめあい・・・チョコ以上に甘い一時を過ごした。



おわり