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[鳥貝大学1年の冬]

NewYear【2】


○12月31日 午後11時45分。東京都S区某寮
 さて、百合子が台所で熱燗をこしらえているだろう頃、置きっぱなしになっていた百合子の携帯が着信音を奏でる。
 優しくて華やかな曲は、どこかで聞いた恋のメロディ。
 残されたふたりの男は、それが誰からの着信か咄嗟に判断して、携帯の液晶画面に《春海》の文字を見て・・・より悪趣味な時屋がそれに出た。
「はい、春海ちゃん♪」
「・・・え? 時屋、さん?」
 驚くというか唖然とする声。
 それはそうだ。恋人の携帯にかけたはずが、その親友が出るのだから。
「百合子は只今所用中。代わりにおれの相手して。」
 所用、つまりはトイレとかそういう事だと判断した鳥貝はくすくす笑った。
「はい、勿論。・・・で、もしかして、時屋さんのお部屋で炬燵に入ってるんですか?」
「うん。白熊もいる、」
 携帯を寝転ぶ白熊の方に向ける。
「まったりしてるよ、N県は雪?」
「はい、結構つもってますよ。ちょうど両親と東京の冬は全然違う、って話してたんです。」
「ゆっくりできてる?」 
「ええ、勿論。こちらの部屋の片付けも終えちゃいました。あとは、年越しそばです。」
「信州のそばか、いいね。」
「おそば、持って帰るつもりです。年越しちゃうけど。」
「楽しみにしてる。こっちは、鍋の残りでうどんでもしようかと云ってた所だ。」
 そこで時屋は自分の方に携帯を引き戻す。
「早速春海ちゃんの料理が恋しいよ。今年の春まで男だけで切り盛りしていたのが信じられないくらいになってる。」
「早く帰った方がいいですか?」
 少しだけ鳥貝が心配口調になる。
「いいや、君はゆっくりしておいで。男の料理も時々はいい・・・もっとも、百合子には二度と包丁持たせたくないけどね、」
 今日何かあったのだと察した鳥貝はくすくす笑った。
 寮の男達に比べ、百合子の料理の腕がイマイチなのは知っているのである。
「おれがどうしたって? ・・・ん?」
 百合子が戻ってきた。自分の名前の部分だけ聞こえていたらしい。
 熱燗の乗ったお盆片手に扉を開けて、時屋の手にある携帯をしばらく見た後、はっとする。
「時屋なんで、おれの携帯・・・春海から!?」
 慌てて部屋に入り、炬燵の上にお盆を置いて、時屋から携帯を取り上げた。
「春海っ!」
「はい、百合子さん、」
 くすくす笑う鳥貝の声に、百合子の顔は一気に緩む。
「おまえから連絡くれたの?」
「ええ。おそばも母が作ってくれるので、する事がなくて・・・先に電話しちゃいました。」
 部屋の扉は開け放しなのに、既に炬燵に腰を落ち着けている。
 時屋と白熊は顔を見合わせた後、よりドアに近い位置に座る白熊がめんどくさそうに立ち上がって部屋のドアを閉めた。
「実家、変わりないか?」
「ええ。子猫も随分大きくなって・・・今父の膝の上です。」
「もしかして、居間で団らん中?」
「はい。年越し番組流してます。母は台所でおそば作ってくれてます。あと、15分ですよ?」
「おれと話してていいのか?」
「両親とはもう、沢山話しました。大学の事も寮の事も、百合子さんの事も、」
「おれの事も、って・・・、」
「・・・大丈夫。変な風には云ってません。・・・そのまま云ったら、お父さん怒っちゃいますから。」
 後半は側にいる父親を気にしてか、笑い含みの小声で云う。
 確かに、この一年の鳥貝に対する百合子の所行を、そのまま話せば、百合子を気に入っている鳥貝父だとて大激怒するに違いない。
 部屋に押し入って初めての鳥貝に無理矢理しようとしたり、しかも生中だったり、人前でキスしたり、隙あらばどこででも抱きしめたり、何かというと体を求めたり、バイト先でお酒に潰れた鳥貝としたり・・・etc。
 百合子にだってその自覚はある。
 今度また鳥貝の実家には遊びに行くつもりだし、百合子が心の中で綿密に組み立てている将来計画からしたら、鳥貝の両親に嫌われる事はあってはならない事だから。
 百合子はくすっと笑った。
 それから、昨晩も堪能した鳥貝のぬくもりを思い出す。
「・・・春海の手、握りしめたいな、」
「それは、帰ってから。」
「キスしたい・・・、」
「・・・それも、帰ってからです。」
「もっと、色々、したい・・・、」
「・・・ばか、」
 携帯の向こうで鳥貝が顔を赤くしているのが分かる。
 ふたりのいちゃいちゃ会話にイライラしていたらしい男2人が、百合子が作ってきた熱燗を飲み干しているが、鳥貝との幸福な会話に比べたら、そんなこと気にするまでもない些事。
 ふたりのいちゃいちゃ会話はそんな調子で進み、遂に一年が終わる。
 寮も、鳥貝の家も、近隣のお寺から響く除夜の鐘は聞こえないけれど、テレビ番組から流れる鐘の音で十分。
「明けましておめでとう。春海、今年もよろしくな。去年よりもっといい一年にしよう。何しろ、今年は一年通しておまえと一緒にいられるんだから。」
「年明け早々から、もう・・・。でも、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。・・・それから、今そちらにいるの時屋さんと白熊さんですか? 代わってもらえません?」
「えー・・・、」
「えーじゃないです。新年の挨拶くらいさせてください。」
 百合子の手を不承不承に離れた携帯は、時屋・白熊の手を巡り、お定まりの新年の挨拶と心からの言葉が交わされる。
 百合子の手に戻ってきた携帯からは「多飛本さんはいらっしゃらないんですか?」の声。
 どこまでも律儀な鳥貝。仕方なく多飛本の部屋まで出張して、鳥貝の新年の挨拶に付き合ってやる。
「・・・おまえ、律儀すぎ。そういう所、夏目に似てる。」
 多飛本の部屋から出て、時屋の部屋に戻る途中、冷える廊下で百合子は溜息混じりにそう云う。
「うちの両親もこんな感じですよ。生真面目で律儀で。・・・もし、兄さんが元気で、わたしと再会できていて、うちの実家に来ていたら、両親もとても気に入ってたと思います。」
「生真面目で律儀・・・おれにはイマイチ縁遠いな・・・・。よし、今年は少しでもそれに近づけるように・・・、」
「・・・また、無茶な事を。」
「無茶か?」
「生真面目な百合子さんは気持ち悪いです。だいたい、百合子さんはそのままでうちの両親に好かれているんだから、いいじゃないですか。」
「好かれてるか?」
「はい。ただし、百合子さんの事、まだそんなに知らないから・・・また、遊びに来て下さい、って。・・・今、云ってます。」
 確かに、鳥貝の背後の方からその両親の声が聞こえてくる。
「じゃあ、ご両親に云っておいてくれ。今年もよろしくお願いします、また近いうちに伺います、って。」
「はい、了解です。それから・・・おそば延びちゃうんで、もう携帯切ります。」
 とても名残惜しそうな声。
 百合子も切なくなる。
「うん、分かった。明日は、初詣早いのか?」
「午前中には出かけますよ。」
「そうか・・・。じゃあ・・・また明日の朝にでも電話するよ。そば食べて、ゆっくり休んどけ。」
「はい。百合子さんも、あまりハメはずさないようにしてくださいね。おやすみなさい。」
 たった4日だけの別れにすぎない。
 世の中にはもっと長期間会えない恋人同士だっている。
 けれど、切なくてたまらない。
 時屋の部屋に入らず、その前でしばらく切れた携帯を見ながら考え込む。
「・・・会いたい。」
 別れてまだ一日も経っていないのに。
 ふと思い立って、咄嗟に、携帯からネットに繋いで検索をかけ・・・百合子は微笑んだ。


「というわけで、おれは明日の朝早いので、後片付け頼むな。春海の部屋で寝てくる。」
 相変わらず炬燵でごろごろしている男ふたりに声を掛け、罵声を受けながら鳥貝の部屋に向かった。
 留守中のミス・ノーラの世話もあるから、鍵は預かっているのである。
 鳥貝の香りが残る部屋で、彼女の香りに包まれて、百合子は眠りについた。
 今年も、このベッドで鳥貝と幸せな夜を何度も過ごせればいいと思いながら。
 

○1月1日元旦 午前9時。N県C市。
 随分遅い朝、鳥貝は簡単に身支度を調えて2階の自室から階下に降りてきた。
「お母さん、おはよう、」
「おはよ、よく眠れた?」
「ひさしぶりにすごく眠った気がする。」
「寮ではいつも5時起きだっけ?」
「最近は6時起きでも大丈夫になったかな。前の夜に下ごしらえするし、一時間あれば朝ご飯くらい作れるから。」
 あくびをしながら座る娘に、母は雑煮を勧め娘もそれに頷く。
 長い間家から離れていても、親子の遣り取りは相変わらずのようだ。
 姿の見えない父親は、おそらく庭で庭木の手入れでもしているのかもしれない。まとまった休みなんてあまり取れないから、たとえ正月であろうと、したい事は山積みなのだろう。
 雑煮を待つ間、携帯に入っている多数のメールを確認する。
 昨日は百合子との電話の後、おそばを食べてすぐ寝てしまったから、ちゃんと確認できていなかったので、ほとんど新年の挨拶のそれらに返信する作業に没頭した。
 中には美羽子や月成、斎のメールもあったし、今朝方には安羅からのものもあった。
 先の一年で鳥貝を取り囲む環境は大きく変わった。人生で起こりうる驚きの出来事が凝縮して起こったかのような一年に、沢山の大切な人達と結ばれた。
 良き人の縁ができた一年だった。
 だから今年は、これらの人達との縁を大切にして行こう、とメールを読みながら微笑む鳥貝だった。
 
 
○1月1日元旦 午前9時30分。N県C市。
 庭で植木の刈り込みをする鳥貝父の元に、意外な人物がやってきた。
 脚立を立てて、松の高い枝を剪定している所だった。
 朝から家の前を通りかかる近所の人達と新年の挨拶くらいは交わしていたけれど、聞き覚えのある年若い男の声で新年の挨拶をされた時は驚いて、思わず手にした大きな剪定鋏を取り落としそうになった。
「おはようございます。それから、新年明けましておめでとうございます。」
「君は・・・、」


○1月1日元旦 午前9時40分。N県C市。
 台所に続く勝手口から意外な来客があった。
 その意外さと玄関ではなく勝手口からやって来た事に、鳥貝母はひどく驚いたけれど、新年の挨拶を小声で交わした後、微笑んだ。


○1月1日元旦 午前9時50分。N県C市。
「春海、初詣は何時から?」
「11時に駅前に集合するの。食べてからでも十分間に合うから。」
 メールの返信を続けながらの返事。
 手元ばかりを見ていて卓の上にお盆を置いたのは、母だとばかり思っていた。
「ありがとう、お母さん。」
「どういたしまして♪」
 けれど、帰ってきた返答の声に、驚いて反射的に顔を上げれば・・・。
「一緒にいただいてもいい?」
 ・・・百合子、だった。
 一瞬、頭が混乱する。いるはずのない人が目の前にいるから。
 夢かもしれないとも思う。呆然と。
 けれど、にっこり笑った百合子がお盆から下ろしたお椀とお箸を鳥貝の前と自分の前に準備している様子に、やっとはっとする。
「なっ、なんで? だって、昨日の夜話して・・・、確かに寮にいて・・・、」
「始発乗って、3時間以上かけて到着しました。・・・どうしても、春海の顔が見たかったから。春海の顔見なきゃ、新年が始まらない。」
 新年早々である。
 実家で、両親もいるのにこういう事を平気で云ってくる百合子。鳥貝は恥ずかしさにいたたまれなくなる。
 けれど、少しだけ胸がどきどきした・・・嬉しさに。
 本当は手を伸ばして、百合子の体温を感じたかったけれど、我慢して手元のお椀に手をつけた。
「年明けから、百合子さんって、ヘンです。」
 頬を膨らませて云うと、百合子はにこにこ笑う。
「うん。それでもいい。やっとおまえの顔が見られたから。」
「もう・・・。一日会ってないだけじゃないですか。」
「それでも、寂しかった。」
 真摯な眼差しで見つめてくる百合子に、心臓が飛び上がりそうになる。
 鳥貝は動揺を必死で誤魔化そうと、お椀を持ち上げた。
 勿論、鳥貝の動揺なんてあからさまなものだから、百合子はくすくす笑う。
「・・・っ、お雑煮、食べましょう! わたし、食べ終わったらお出かけするんですけど。」
「初詣だろ。ついてく。」
「・・・え〜・・・、」
「ついてく。」
「・・・。地元の友達の前で変なことしないでくださいね?」
「・・・手を繋ぐくらいいいだろ?」
「ダメです。」
 百合子はわざとらしく唇を尖らせるけれど・・・すぐに息を吐き出した。
「いいよ、それでも。・・・そうそう、今晩は泊まらせてもらえるよう、小父さんと小母さんにお願いしたらオーケィもらったから、よろしく。」
 鳥貝は溜息をついて、お雑煮を口に運んだ。
 百合子の顔が見られたのは確かに嬉しいけれど・・・この男が関わってくると色々と面倒なのを新年早々実感する。
 母親がふたりの様子を見ながら台所で笑っている事に、鳥貝は気づかない。
 百合子と話している時の鳥貝は、家族でいる時とは全然違った表情を見せる。恋する女の子のそれなのだと、母親は思って、笑ったのだ。もちろん、じゃれあうような言い争いも可笑しかったからでもある。
 ふたりが普段からこの調子で付き合っている事が理解できて、親としては不思議と嬉しい気分になる。百合子という娘の恋人の人柄を信じているし、その彼が心から娘を想ってくれているのは安心できる事でもあるし。
「ふたりとも、お雑煮だけじゃ物足りないでしょう。おせちもあるから食べてね。」
 娘の恋人と囲む今晩の夕食は何にしようかと思いながら、母は微笑む。
 ついでに、ふとしたことを想像してしまって、唇を緩ませた。
 春先に百合子が断言したことを忘れるわけがない。
 もし、これから数年先に彼がこの家に家族として加わるような事になれば、とても賑やかになるに違いない。そして、孫の顔を見る日も意外と近いのかも知れないと。


 それから・・・地元の友人達に簡単にメールで説明した後、集合場所に向かった。
 前年の夏に東京の寮に遊びに来た子たちと男友達含む6人が駅で待っていたのだけれど、どうやら、百合子を知る3人が百合子を知らない他の子たちに色々吹き込んでいたらしく・・・いろいろと問いかけられ上、このメンバーは鳥貝のかつての恋人とも一部友人でもある為、冗談交じりにあてこすられたりもして・・・なかなかにしんどい思いをした。
 百合子はといえば、基本、敵認識さえしなければ人当たりは悪くないので、すぐに彼らと打ち解けた。
 鳥貝がどうしても嫌がっていた人前でいちゃつく行為は頑張って抑えているようだけれど、結局、一度握った手は離してくれなくて・・・それに恥ずかしい想いをしながらも、鳥貝は幸せだとそう、思った。


 また、夏に帰郷した時同様に2階に数部屋ある空き部屋の1部屋に百合子は泊まる事となった。当然のように求めてくる百合子と実家ではできないと抵抗し続ける鳥貝が折り合って、一緒のふとんでぬくもりを分け合って眠るにとどめた。
 行為がなくても一緒に眠るのは、鳥貝には幸せだったけれど・・・本人曰く生殺し状態の百合子は、翌朝目を赤くしていたとか。
 そして・・・本来なら実家にもう一泊していくつもりだったのだけれど、その日の午後に東京に帰る事にした。
 実家で過ごすのも心地良いけれど、寮の事が色々気がかりだったのだ。
 春休みにまた来る事を両親と約束して・・・何故か、百合子も約束して・・・ふたりで、寮へと帰る事にした。
 ・・・帰る、と思えるくらいに、寮は鳥貝にとっての第二の我が家となっていた。
 帰りの新幹線の中で百合子とじゃれあいながら、新しく始まる一年も、きっと想い出溢れる楽しい一年になるに違いない、と鳥貝は想って微笑んだ。



おわり