※この二次創作小説についてとオリジナルキャラ紹介
>>こちら
[鳥貝大学1年の冬] Conventus【7】 ふたりが眠ったのは深夜2時過ぎ。 だから、眠っていたのはたった3時間程度。 先に目を覚ました百合子は、色々ありすぎてぐっすり眠っている鳥貝を幸せな気分で見詰めながら、その頬にキスをする。 起こすのは可愛そうだと思いつつ・・・起こさない方がより鳥貝を困らせる事になりそうだから、そっと彼女の耳に囁き、その身体を揺り動かす。 「春海・・・起きろ、」 寝起きは悪くない鳥貝だけれど、さすがに昨日のあれこれは精神的にも肉体的にも彼女には酷だったようで、中々目覚めない。 かすかに呻いて身じろぐけれど、瞼は開けない。 寝顔もかわいいし、寝ながら顔をしかめる様子も愛し過ぎる。 けれど、百合子は心を鬼にして鳥貝の身体を無理に起き上がらせた。 「ほら、春海・・・今起きないと、バイトに間に合わないから。」 「・・・んっ、っ・・・ぁ・・・、」 ゆっくりと瞼が開き、目の前の百合子をしばらくじっと見た後、鳥貝の表情が笑顔に崩れる。 「百合子さん・・・、」 「うん、おはよう。」 ひどくかすれた鳥貝の声に、百合子は微笑む。 夢うつつから、じわじわと完全に現へと意識は移行する。 「あ・・・ここ、」 「おれの部屋。夕べの事、覚えてる?」 「・・・。ん・・・わたし・・・、」 しばらく、焦点を結ばない視線が百合子の部屋をふらついて、やっと百合子へと視線が戻って、それが大きく見開かれた。 「っ! 昨日は・・・、っ、」 何から思い出しのだろうか、顔が赤くなってくる。 可愛くて、可笑しくて・・・鳥貝の頭をそっと抱きしめる。 「昨日のおまえ、最高に可愛かった・・・、」 頭にちゅっとキス。 「・・・夢じゃ、ない・・・ですよね・・・、」 小さな声で呟いて、溜息。 「おまえがどんな夢見てたか知らないけど、夕べの可愛いおまえは、おれには夢じゃないな・・・、」 「っ、う〜〜〜・・・、」 のどの奥で長い呻きを出して、鳥貝はしばらく顔を手で覆ってしまった。 そのすべてが可愛いすぎて、百合子はくすくす笑う。 鳥貝からしたら、羞恥に悶えているのかもしれないけれど・・・そんな鳥貝は、やっぱり可愛い。 「・・・忘れください、って云っても・・・無理ですよ、ね・・・、」 「忘れるわけないだろ。ああ、でも、梓の事は忘れても構わないと思うぜ、」 「・・・。あの人・・・嫌い、」 「珍しいな。春海が人を真っ向から嫌うなんて。・・・余程おまえと相性が悪いのか。」 腕の中の鳥貝の表情はむくれていた。 「だって、百合子さんの・・・、」 「昔の男だから?」 鳥貝は顔をしかめて頷く。 朝から嫉妬してくれるのが、この上なく嬉しくてたまらない。 抱きしめて、押し倒したくなる。それは、かろうじて理性で押さえるけれど。 「大丈夫。よりを戻すことは絶対にないし・・・あいつとの関係は経営者とバイトってだけだよ。それ以外になりえないから。」 鳥貝はしかめ面のまま百合子を見上げ、百合子の頬に手を伸ばす。 鳥貝が百合子の頬にそっと触れる、暖かなその手の感触に百合子は微笑んで、見上げてくる綺麗な瞳を見つめ返す。 「・・・あの人とのこと、聞いたら教えてくれる?」 「おまえが知りたいならな。おれはおまえに隠し事はしない。」 「・・・ん、じゃあ、心の整理がついたら、教えてください・・・。・・・あのね・・・、」 口ごもって、百合子から視線をそらせ、うつむいてから口を開く。 「百合子さん、昨日の事・・・呆れてない? 馬鹿な事沢山口にして、嫌じゃなかった・・・?」 「・・・馬鹿な事、って、なに?」 百合子の笑顔が非常に可笑しそうなのに、うつむく鳥貝は気づかない。 「そっ、その・・・あの、百合子さんの、が、わたしのものとか・・・、」 「とか?」 「百合子さんので・・・その、キレイになった、とか・・・、」 結構詳細に覚えているらしい。 云いにくそうに、でも、百合子のとぼけた誘導尋問に見事にひっかかって、自分から口にしてくれる様子が、たまらなく、可愛い。 百合子はしばらく笑いを堪えたが、沈黙に耐えかねた鳥貝が顔を上げて見たのは、声なく笑う百合子の表情だった。 「ゆ、百合子さん!?」 鳥貝の声を聞いて、火がついたように笑い出した。 ここしばらく、そんなに笑っていないというほどに笑い転げている。しまいには、お腹まで抱えている。 「百合子さん、ひどいっっ!」 鳥貝は憤慨して、自分の腰に回っていた百合子の腕を解いて、布団から出た。 「知りませんっ。帰りますっ!」 いつまでたっても、鳥貝は百合子にからかわれるらしい。 帰る、と自分で宣言したわりに、鳥貝の動きは立ち上がった所で止まった。 自分が裸なのは昨日の記憶から覚えている。お風呂のあとも、百合子と抱き合ったからだ。 けれど、服は・・・。 「乾燥機の、中・・・、」 「おれが、持ってきてやるよ。」 百合子も布団から出て、ベットの下にあったバスローブを鳥貝に手渡し、自分は下着だけを着る。 「いい、ですっ。自分で持ってきますからっ、」 拗ねている鳥貝はいつもこんなもの。 バスローブを羽織ると、百合子の部屋を勢い良く出て行ってしまう。 「・・・あーもう、本当になんて可愛いんだろう。バイトなんて行かせたくないけど・・・そういうわけにも、いかないよなぁ・・・、」 鳥貝の生真面目さと頑なさを思って、百合子はくすくす笑った。 彼女に恋する心は、いつまでたっても変わらない。一方で、愛情はより深くなっていっている。 「一生手放せないし・・・、二度と、誰にも触れさせない。」 百合子は、鳥貝の温もりが残る布団の部分にそっと手を押し当てて微笑んだ。 彼女の残った体温さえ、愛しい。 早朝。朝日も昇っていない時間だ。 幸い、百合子の家の人間はまだ起きていないようである。家内はシンと静まり返っている。 今のうちに身支度をして家を出れば、宿泊した事も誰にも気づかれずに済むだろう。 さすがに、百合子の部屋に泊まった事を家人に気づかれるのは気恥ずかしいし、気まずいし・・・次から遊びに来にくくなる。 鳥貝は足音を忍ばせつつ、慌てて脱衣所に向かい、完全に乾いている自分の衣服を手にして・・・そこで着替えず、誰かに鉢合わせる前に、百合子の部屋に戻ろうとしたのだが、階段の手前で・・・。 「・・・っ!」 ばったり、会ってしまうのである。 その人・・・百合子の祖母は、一瞬目を丸くしたあと、すぐに笑顔になった。 「おはよう、春海さん。ね、朝ごはん食べていく?」 鳥貝が宿泊した事について、突っ込みも何もなし。鳥貝がいてあたりまえのようであるかのように、自然とそう口にした。 だから、鳥貝も咄嗟に。 「お、おはようございます。はい、いただきます。」 などと、応えてしまって・・・後悔した。 ぐったりと百合子の部屋に戻れば、既に身支度をした百合子がいて・・・事情を話すと、くすくす笑った。 「うちのばあさんも、そんな事気にしやしないよ。そもそも、おまえはばあさんにも好かれてるし。・・・おれの嫁になる人だって認識、あるんじゃないか?」 「・・・っ!! そ、そんな事・・・、まだ・・・、」 嫁とか云われても、何年も先の不確定未来だ。鳥貝には反応のしようがない。 鳥貝の戸惑いを、百合子は小さな笑いで流して、別の話題を持ってきた。 「うちの朝飯は6時半だから、食べてからでもバイトは間に合うし・・・、本当に食っていくんだろ?」 「・・・う、はい・・・、でも、寮の朝ごはんは・・・、」 「時屋がしといてくれるってメールが入ってたぜ。気兼ねなく、食ってけ。・・・で、メシまでまだ一時間近くあるし・・・、する?」 「・・・ッ!! 何を!?」 目を険しくする鳥貝に、百合子はあははと笑った。 結局、朝ごはんまでにターシャの散歩に付き合う事になり・・・朝食の席に鳥貝が現われた事は、千早以外からは別段何の突っ込みもなかった。もっとも、千早でさえ、鳥貝の宿泊の意味を理解しているようで、小声で鳥貝の耳元で云うのだった。 「お兄ちゃんの部屋広いし、いっそ春海ちゃんも住んじゃえば?」 この兄にして、妹あり。 鳥貝は顔を赤くして、千早を叱った。もちろん、あの兄の妹なので、そのくらいの事では何も動じなかったけれど。 朝食後、鳥貝はアルバイトがあるからと早々に百合子の家を辞し、K駅までは百合子も付き合った。 もうすぐ別れなければいけない駅前で、百合子は繋いだ鳥貝の手を引っ張って引き止めて、真剣な顔で鳥貝を見た。 「春海、あのさ、」 珍しく云いにくそうに口を開いた百合子が、何を言い出すのかと思えば。 「おまえさ・・・、」 百合子が言葉を濁らせるのは本当に珍しくて、鳥貝は思わず百合子の顔を見上げて、その言葉を待った。 百合子は苦笑いを深めて、言葉にする。 「寮で、昨日時屋にされたみたいなこと、頻繁にされてない、よな?」 「・・・? は・・・?」 昨日、時屋にされた事と云えば・・・キス。 百合子が何か妙な心配をしていると思うけれど・・・鳥貝だって百合子がお店で昨日みたいな事を頻繁にしているんじゃないかと心配しているから、お相子かもしれない。 「心配しなくても、されてないですよ。」 鳥貝は微笑んで云った。 「昨日の時屋さんは酔ってたし・・・百合子さんをからかいたかったから、ああいう事しただけですよ。」 「けど、寮のやつら、結構飲むだろ? 酔っ払ったはずみとか・・・、」 鳥貝は可笑しくてくすくす笑った。 鳥貝が寮に住んで、もう結構経つ。 寮の男たちは、鳥貝にとっては兄代わり、百合子にとっては長年の親友。けれど、鳥貝は女で、寮の人間は兄ではなく男だ。そして、鳥貝の恋人である百合子は、寮に住まない。 だからこそ、百合子は云いにくそうにこういう事を云うのだ。 その気持ちが分かるから、鳥貝は笑う。 「からかわれる事はしょっちゅうですけど、キスはされた事ないですよ。」 鳥貝の言葉に、百合子はほっとしたようなそれでも微妙な顔をするのは・・・これまでではなく、これからの事もあるから。 百合子はしばらく考えてから、小さく溜息をついた。 「千早じゃないけどさ・・・おまえ、おれの部屋に来ないか?」 「・・・え?」 「夏目の事があるから、あの寮に入ったんだし、いたいんだとは分かってるけど、でも・・・心配で、さ。うちの親たちも反対はしないと思う・・・条件はいろいろつけるだろうけど。おまえも、うちの家族が嫌いじゃないだろ?」 「・・・っ! 本気で云ってますか?」 「うん、かなりマジ。本当はおれが寮に住みたいよ。けど、そういうわけにも行かないだろう・・・他の奴らの手前。」 苦笑いの唇と、真剣な眼差しに、鳥貝は戸惑う。 考えてもみなかった事に、鳥貝はどう答えたらよいか・・・考える。百合子が真剣だから余計に。 でも・・・やっぱり、鳥貝は。 軽く頭を振る。 「わたしが暮らすのは、あそこの寮です。大丈夫、何も起きません。皆、わたしの事を大事にしてくれるけど・・・妹みたいなものです。わたしの恋人は百合子さんだから・・・そういう事にはなりえません。百合子さんが心配してくれるのは、嬉しいですけど・・・でも、お願いだらそういう事は、云わないでくさい。」 百合子の手をきゅっと握って、鳥貝は安心させるように笑いかける。 自分のせいで、百合子とその親友たちの間に亀裂が入るような事になって欲しくないから。百合子を愛しているけれど、寮の男たちの事も大好きだから。 それでも、心配そうな顔をする百合子に鳥貝は顔を赤めながら囁いた。 「あのね・・・、キスをしたいと思うのも、抱かれたいと思うのも、百合子さんだけですから、」 鳥貝の精一杯の言葉だった。 耳まで赤くなった鳥貝の様子に百合子は微笑む。 鳥貝の自分への愛情は疑うべくもない。昨夜もそれを強く実感できた。だから、鳥貝自らが他の男とどうこうなるという事はあり得ないけれど・・・。 可愛い鳥貝・・・日ごとに可愛くなっていく彼女に、兄ではなく所詮男にすぎない彼らが手を出さないという保障はないと、百合子は思う。・・・恋人の欲目が何割か含まれてはいるけれど。 百合子だって、鳥貝が寮の男たちを好いているの知っている。だから、彼女の不信感を煽るようなことは敢えて云わず、精一杯自分への愛情を示してくれる彼女を抱き寄せた。 「分かってるよ。ただ、昨日の事もあるから、心配性になってるんだ、おれは。」 昨日の事、とは時屋のキスの事ではなく・・・ヒロにお酒を飲まされた事から中ノ瀬にされるに至った事の方だと、真剣な口調から鳥貝は理解する。 隙が多くてどこか迂闊な鳥貝。 だから、百合子の心配も一入なのだろう。 「ごめんなさい、わたしがこんなだから・・・、」 しゅんとして云う鳥貝に百合子は笑う。 「・・・おまえはそういう所が可愛いから、いい。けど、何かあったら、真っ先におれを頼るんだ。いいな?」 寮の男たちよりも自分を選べ、と云う。 鳥貝はくすっと笑った。 「はい、もちろんです。」 それから、いまさらながら、駅前でふたりの世界を作っていた事に気づいた鳥貝は、慌てて百合子から離れ顔を赤くした。 「あ、あの、百合子さん、」 「ん?」 鳥貝といちゃつく事に関して一切の羞恥を感じていないらしい百合子は、泰然とした態度で彼女に応じる。 「・・・近いうちに、寮に来て、くださいね?」 赤くなったその顔が示す言外の意味に、百合子は笑う。 「おまえが呼べば、いつでも行く。だから、呼べよ?」 「はい。」 顔を赤くしながら、鳥貝は笑った。 一度一度の別れが淋しい。特に、ふたり、強く愛し合った後のそれは、別れがたくて、切なくさえなる。 でも、だから。 次に会える時が、嬉しくて仕方なくて・・・より愛しさが増す。 これは、きっと、一緒に暮らしていたら分からない感覚。 鳥貝は、最後に勇気を振り絞って・・・百合子の頬にキスをした。次に会える時まで、その温もりが消えないといいと思った。 百合子が抱きしめて唇にキスをしようとするのを避けて、鳥貝は改札口へと向かった。 「じゃあ、行ってきます。」 百合子は笑いながら手を振り・・・彼女が自分の胸の中に帰ってくる時を、待ち遠しいと思うのだった。 鳥貝が百合子と付き合い続ける限り、本人たちが望むと望まざるに関わらず、刺激とは縁の切れない生活が続きそうである。 そしてふたりの付き合いは、きっと・・・百合子の鳥貝への深まる愛情を思えば、そして、鳥貝自身がまだ自覚しきっていない百合子への愛情を思えば・・・相当に長く続きそうな予感がするのであるが、鳥貝がその事態に気づくのは後何年か先の事。 更に、百合子に絡む人の縁で、一番厄介な人物との面識ができてしまった事で、鳥貝のこれからの生活に追加される刺激の量が数割増した事に、まだ鳥貝は気づいていなかった。もっとも、気づかないでいる方が、幸せなのではあるが・・・さて。 おわり |