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[鳥貝大学1年の冬]

Conventus【6】


「オーナー、だいじょぶだった?」
「ん? ああ・・・あてられた。」
「は?」
 店内に戻った男は、ヒロの心配口調に頭を掻いて苦笑いをした。
「ユキの宝物にちょっかいかけたんでしょ。そりゃ怒るわよ。時屋くんが軽くキスしただけでも、血相変えてたのに。・・・殴られては・・・ないわよね?」
 心配げなヒロに対し、男はくすくす笑いながら、肩をすくめた。
「宝物ねぇ。・・・いいな、あれ、」
「あなたの好みじゃないでしょう?」
「うん。けど、あと5,6年もしたらいい感じ育ちそうだ。おれが育ててもいい。先行投資も悪くないな。」
「ユキにそれ、云える? 大切に守って、ゆっくり育ててるのよ、あのお嬢ちゃんを。そんな奪い取るような事したら、完全にユキに愛想つかされるから。」
「それは寂しいなぁ。おれはあいつの事、気に入ってるんだから。・・・でも、欲しいな、」
「・・・悪いクセ。」
「分かってる。けど、そうだな、どうせなら・・・つがいで、欲しい。」
「? それって、」
「ふたりとも、まとめて、だ。あいつら、かわいいし、面白い。ふたりが一生懸命睦み合っているところ、見てたらさぞ楽しいだろうな。飼ってみたいなぁ。」
「・・・鬼畜、」
 ヒロのあきれ果てた言葉に、男はひどく嬉しそうに笑った。それが褒め言葉でもあったかのように。


「んっ・・・、」 
「っ・・・、ふっ・・・、」
 鳥貝が百合子の上に跨ったまま、唇を絡ませ続けている。
 鳥貝からは、アルコール臭がまだ抜けていない。
「・・・春海、大丈夫なのか・・・っ、」
「大丈夫、です・・・気持ち、イイから・・・、」
 百合子が唇を離そうとしても、鳥貝の方から百合子の頭を抱き寄せて、重ねてくる。
 ふたりの関係が始まって以来初の事態に、百合子は嬉しいやら困惑するやら。
 アルコールに強くないのは理解していたけれど、それで、ここまで高揚するのは初めてで・・・多分、完全にアルコールが抜けて素面に戻った頃、これらの事を思い出して、また泣き出して落ち込む事が予想できてしまい・・・心配だった。
 それも人間誰しも経験するお酒の上での後悔にすぎない事なのだが、それで真剣に落ち込むのが鳥貝。
 けれど、自分が十分に楽しい百合子は、積極的には鳥貝を止める気はないのだったが。
 今、唯一止める事があるとすれば・・・。
「・・・っ、春海、ちょっと、こっちが大丈夫じゃない・・・っ、」
「・・・ダメ、ですか?」
 潤んだ瞳で哀願するように見つめてくる。それだけで・・・限界。
 ぞくぞくっとしたものが背筋を這い上がってきて、そのまま鳥貝との行為を続行したくなるけれど・・・それを理性で必死に押し留めた。
「ムリ! 無理だから、ちょっと・・・、ストップ、さすがに3回目は・・・、せめて、抜いてくれ・・っ、」
「はっ・・・んっ・・・、」
 鳥貝は吸い付くように唇を絡ませてきて、百合子の云うことを一切聞いていないように見える。
 自分が教えた事とはいえ、鳥貝のやらしい舌の絡ませかたと、腰の動き、百合子自身を包み込む熱く潤んだ柔らかなその内の律動に更に追い詰められる。
 鳥貝の奉仕で一度、その後、鳥貝自らが上に跨ってきて一度。
 実際は、まだ大丈夫そうではあるのだけれど・・・、この後、自宅でまったりいちゃいちゃもしたいと考えている百合子は、余力も残しておきたいのだった。
「おまえ、今日は本当に中で大丈夫だったのか・・・?」
 どうにか鳥貝の身体を引きはがして、再び堅くなってきていてる己を鳥貝の中から引き抜く。先ほどの行為で中に放出されたモノと彼女自身の蜜が彼女の腿を伝ってぽたぽたと滴り落ちるのが、ひどく淫猥である。
「ん・・・多分・・・、ピルも、飲んでる・・・、」
 酔っぱらいの言葉だからいまいち信用できない。でも・・・久しぶりの生で中は気持ちが良すぎて、彼女の「大丈夫」の言葉に甘えてしまった。
 甘えた・・・というよりも、彼女が泣くのだ。「百合子さん以外の人にされちゃって、ごめんなさい、」と、何度も何度も泣いて、謝って。挿れられてはいないけれど、指で中を弄ばれた事さえ大層気にしていたから。だから・・・。
「・・・百合子さんので、中キレイになったかな・・・、」
 ふにゃと笑う。
 そういう問題でもないと思うけれど、普段にはない鳥貝の思考回路と笑顔が可愛すぎて、何も言えず、彼女の求めるままに中出ししたのだった。
 きっと、素面に戻ったとき、この記憶に本人が恥ずかしさで悶えるんだろうな、とは思いつつ・・・そういう鳥貝もきっとかわいいのでまた見てみたいと思う百合子だった。
 もう何度目になるか分からないキスをする。
 いつまででもそうしていたいけれど・・・。
「いつまでやってる? もう1時だぞ。良い子はおねんねする時間じゃないか。」
 水を差す声。
「やっ・・・!」
 反射的に鳥貝が身体を震わせて、百合子にしがみついた。かすかに震えている。この男に関して鳥貝が普段になく警戒するのは仕方ないとは思う。
「・・・もう、帰るよ。あんたも、覗き見なんて、悪シュミなこと、いい加減止めな。」
「覗き見じゃない。堂々と見てるんだ。・・・おまえが女と真剣にいちゃついてる所なんて、想像もつかなかったな。」
「あんたに想像してもらおうとは思ってないし。あんたがいるとこいつが怯えるから、出て行ってくれないか。きっちり後片付けしたら帰るから。・・・服も、ちゃんと洗って返す。」
「・・・辞めるような口ぶりだな?」
「あんたの元で働くのはもう辞める。あんたと関わりもってると、またこいつに何されるか分かったもんじゃない。」
「・・・その嬢ちゃんのために? おまえ、そんな男だったか?」
「どう思われていようが構わない。おれは、こいつに手を出したあんたが許せないだけだ。」
 百合子の真剣な言葉に、男は苦笑いをした。
 男は、今よりもまだずっと幼い頃の百合子を知っていた。女に興味が持てないでいた少年だった。まだ男の腕の中にすっぽり納まるほど華奢で綺麗で・・・けれど、その利発さと一筋縄ではいかない性格の少年は、彼を魅了したものだ。また、そんな少年に慕われているのが、愉快で心地よかった。
 すっかり青年となった百合子を見て、男は自分の中に兄のような父親のような、奇妙な感情をあるのを自覚して笑うのだ。
「おまえ、成長したんだな・・・。もう、おれの腕の中にはいてくれないんだ。」
 小声で呟いて、男は改めて百合子と、その腕の中でかばわれている鳥貝を見た。
「車で送っていってやるよ。もう、いらないちょっかいはかけないさ。だから、そう警戒するな。・・・そうだな、身支度と片づけが終わった頃にまた戻ってくるから、勝手に帰るなよ?」
 百合子はしばらく逡巡した後・・・頷いた。まだアルコールも抜けていない鳥貝がまともに歩いて帰れるか心配であったからだ。
「了解。その嬢ちゃんにも、車の中でちゃんと弁明させてもらうからな。」


 「嫌い」な男の車で帰る事に、鳥貝は不承不承だった。けれど、百合子が言い含めた。絶対いらないちょっかいを掛けさせないと。
 それと、鳥貝も既に気づいていたのだが、あの男が「オーナー」で百合子の「昔の男」だと百合子に話されて、興味が湧いたという事もある。
 店の裏に停めてあった国産の大きな車の後部座席に百合子とふたりで乗り込む。男への警戒を緩めない鳥貝は、ひたすら百合子にしがみついて、ルームミラーに映る男を睨み続けた。
 店から百合子の家までは2キロほどだ。車での移動なら10分もかからない。
 その中で、男は軽快な口調で鳥貝に話しかけた。
「あらためて、おれは中ノ瀬梓(なかのせあずさ)、女みたいな名前だが、見ての通りれっきとした男で・・・ユキの同類。」
 ルームミラー越しの切れ長の目が優しく細められる。
 改めて、顔立ちの良い男なのだと分かる。
「ご存知のとおり、ユキの昔の男で、あの店の経営者。・・・ユキとの事は、本人から聞くほうがいいよな?」
「当たり前だ。あんたが話すと、余計な情報をつけすぎる。」
 険しい百合子の声だけれど、そこには先ほどのような緊迫感はなく、普段からこういう調子の会話をこの男としているのだと理解できた。
 自己紹介すべきか、鳥貝が躊躇している間に、男は言葉を続ける。
「鳥貝春海ちゃん、だね。君の事は既に知っている。夏目くんの妹で、TK大一回生、時屋たちの寮に暮らしていて、年は18歳。ユキの恋人・・・、」
「最愛の女だ。」
「ついこの間ヒロに聞いたばかりだよ。この春からの付き合いだって? おまえも時屋たちも、今までよく隠しとおしてきたな。S区の寮に夏目くんの妹が一緒に暮らすようになった事は聞いていたし、興味もなくはなかったんだが、それにユキが手を出してるとは・・・、」
「てっ、手を出されたわけじゃありませんっ。ちゃんとしたお付き合いですっ、」
 悪意のない言葉に対してのつっかかるような云い方は鳥貝らしくない。相手が「嫌い」な男であり、お酒が抜けていない高揚感がそうさせているらしい。
 百合子が苦笑して、鳥貝の頭をぽんぽん叩く。
「うん。思ったより気が強くていいな。ただ、すぐに感情的になるオンナは嫌いなんだが・・・、」
「嫌いで結構です!」
「今日は、酒のせいだよな。・・・普段は、こんなに感情的じゃない。むしろ、感情を抑えすぎて、つまらないくらいだ。嫉妬してくれることもまずないし・・・、」
「つまらない、ですか?」
「時々は爆発してくれていい、って事だよ。おまえ、おれがちょっかいかけなきゃ、絶対怒らないだろう。泣きもしない。怒ったり泣いたりするタイミングを計るのが苦手なんだよな。・・・けど、タイミングズレたって、感情をもっと出してくれた方が、おれは嬉しい・・・、」
「分かってるつもりなんですけど・・・、苦手なんです。」
「うん、苦手なのも分かってる。だから、おまえはおまえのままでいいよ。お酒の勢いでも、時々見られるおまえの素顔が嬉しいし。前より、大分感情豊かになってきたのも、分かってるし。」
 鳥貝にかける百合子の声は、とても優しい。
「・・・おれの車の中で、おれおいてけぼりでいちゃつくなよな。」
 男は・・・中ノ瀬は、百合子の変化に微笑みながら云う。
 中ノ瀬に対しては完全に年下の少年の顔をする百合子が、彼女に対しては年長の男の顔をしているのが、新鮮で微笑ましい。
 自分の出る幕がすでにないのだと改めて思う。
 おそらく、このまま、百合子は鳥貝を愛し続け・・・大人の男へと成熟していくのだろうと予測できる。彼女を守る為に。
「・・・今日の事は本当に悪かった。おれとしては、ユキの新しい恋人に興味が湧いてのちょっとした遊びのつもりだったんだが、純粋な嬢ちゃんを傷つけたんだな。ユキがそこまで本気とも知らなかったし。・・・冗談抜きにして、水に流しとてくれるとありがたい。お詫びはいつかするから。」
 真剣な中ノ瀬の謝罪の言葉に、鳥貝は曖昧な表情をする。
 まだ許せないし、警戒も解けないのだ。
「・・・ユキも、店を辞めるのは考え直してくれないか?」
 百合子は、少し逡巡した後、ゆっくり口を開いた。
「・・・あんたのした事は許せない。けど・・・、バイトの事は少し考えさせてもらっていいか。おれも時間を置いて冷静になってみる。」
 百合子の言葉に、中ノ瀬はほっとした表情を見せた。
 10分程度の時間は、あっという間に過ぎる。
 百合子の家の前に車を停めて、再度鳥貝に謝罪する中ノ瀬と、ふたりは分かれた。


 裏口から家に入ると、百合子の気配に気づいていたらしいターシャが入り口でふたりを出迎えた。甘えるような小さな声を上げて尻尾をパタパタと振って、ふたりにまとわりつく。
「ターシャ、ただいま。」
 小さな声で百合子が云い、鳥貝もターシャの頭を撫ぜる。
「拭っただけできたから、気持ち悪かっただろ。風呂入ろうぜ・・・、」
 百合子に導かれて風呂場に向かい・・・百合子がタオル類を用意している間に先にシャワーを浴びる。勿論、途中から百合子も入ってきたけれど。
 シャワーのお湯を全身に受けながら、百合子が鳥貝の首筋に唇を這わせて、その身体を弄ぶ。
「胸も・・・ここも、綺麗にしてやるから・・・、」
「んっ・・・、」
 中ノ瀬に弄ばれた部分を、百合子が愛撫しながら洗い流してく。ゆっくりと、丁寧に。鳥貝はそれに、うっとり身体を任せた。
 百合子の自宅の風呂場。
 普段の鳥貝なら、そんな場所で愛し合う事なんて嫌がりそうなものだけれど、まだお酒が抜けていない鳥貝は、素直に百合子の愛撫を受けて、何度も絶頂に導かれた。
 身体を這い回る百合子の指や舌や唇や・・・自分を愛おしむそれらの感触が、鳥貝にとって何よりの幸福だった。彼の自分への想いを受けとめて、それを実感するだけで心も身体も満たされた。
 中ノ瀬にされた事も、もうどうでもよくなっていた。・・・というより、百合子とそうしている間、その事を思い出す事もなかった。
 色々な行為で汚れてしまった下着や衣服は、洗濯と乾燥をさせてもらう事にして・・・百合子の部屋に向かった。
 後は、百合子の望み通り、百合子のベッドでふたり・・・たっぷりと愛し合った。



つづく