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[鳥貝大学1年の春]

写真


 入学式を終えてから、初めての週末。
 鳥貝は百合子に誘われるがままに、K市にある彼の自宅に再び訪れた。
 入学式の後に起こった鳥貝の母との一件で、『近いうちに』・『必ず』、鳥貝を百合子の家まで連れてくるように、と百合子の母からの厳命があったらしい。
 鳥貝も当初こそ、百合子とのお付き合いについて何を言われるのかとどきどきした。鳥貝の中でも、百合子と自分が各所で不釣り合いであるのは重々承知していたからだ。
 けれど、百合子に云わせれば・・・「おれの信用がないからだろ。むしろおまえの身を案じてるんじゃないか。」だとか。
 そして、実際。

「春海ちゃん、良く来てくれたわ。」
 風通しの良い居間に鳥貝は迎えられた。
 休診日の今日、百合子の母はこの前よりも少しだけリラックスした服を着て、お茶の用意をしてくれていた。
 鳥貝を迎える彼女の暖かい笑顔、以前取り違えていたそれを、今はもう鳥貝自身への好意だと感じられる。
 アフガンハウンドのターシャが纏わり付いてきて、鳥貝はどきりとする。大柄なターシャは長い首を伸ばしてしきりに鳥貝の胸元に顔を寄せる。ターシャとしては頭を撫ぜて欲しいとの意思表示なのだが、鳥貝は身を引いてしまう・・・やはり、大きな犬はまだ苦手だ。
「ターシャもいらっしゃい、って言ってるのよ。誰にでも愛想のよい子だけれど、特に春海ちゃんには友好を示してるみたい。千里があなたに好意的なのも感じてるのかもしれないわね。・・・で、千里は?」
 K駅まで迎えに来てくれて、自宅そばまで走る電鉄には乗らずに、自宅まで一緒に歩いてきた。玄関に入ってから、姿を消した。
「さっきまで、いたんですけど・・・、」
「そう。まぁいいわ。すぐに来るでしょう。」
 百合子の母、なお美は手招いて鳥貝に椅子を勧めた。
 鳥貝がさんざん迷った末に買った手土産の和菓子をなお美に差し出すと、笑顔で受け取り「ありがとう。でも、次からは気を遣わないで。時々遊びに来て欲しいから。」と気さくに云った。
 上品な蔦模様の彩色のされた白磁のティーポットからカップに紅茶を注いで、鳥貝の目の前にそっと置く。
 お礼を言う鳥貝を、優しい微笑みで見つめている。
 美しい慈母そのものの彼女が難しい性格をした百合子の母だとは、疑いたい気分にもなるけれど・・・整った面差しは、疑いようもなく似ている。やはり、百合子の母親なのだ。目元も口元も。輪郭もおそらくこの人譲りだ。
 父親も男ぶりが良い上品な男性だったけれど、百合子の容姿の基本は多分母親のようだ。
「千里が来る前にね、あなたに聞いておきたいのだけれど、」
 いよいよ来たのだと、鳥貝は姿勢を正した。
「千里の言葉だけじゃ納得できないから、あなたに確認するわね。千里と付き合っているの?」
「は、はい。」
 ひとことの返事だけでも、喉の奥に引っかかってしまった。
 なお美は鳥貝の緊張振りに少しだけ唇を緩めてから、再び真剣な表情をした。
「まだ出会ってそんなに経ってないわよね・・・無理に、何かされたんじゃないの?」
「え?」
 どきりとしながら、どう答えて良い物か色々考えてしまった。
 確かに、初対面で不意打ちにキスをされた。でも、それから何度かされたどれも、不意打ちではあるけれど、無理にではない。
 しかし、普通、実の母親が息子の行いをそういう風に率直に問いかけるものだろうか。
 もしかして、過去にも何かやっているのだろうか。それとも、単に息子の性格を殊の外理解しているからなのだろうか。確かに百合子は家族とのコミュニケーションをしっかり取る方ではあるようだけれど。
 鳥貝の戸惑いをどうとったのだろう、なお美は苦笑いを浮かべた。
「あぁ、そうよね。うん。あなたの性格は鳥貝のご両親からもおおよそ伺っている。いくら千里が愚か者でも、あなたは大丈夫そうね。」
 なお美が何にどうやって納得したのかは分からない。
「千里の事、好きになってくれたの?」
 どういう意味を含ませた問いかけだろうか。でも、優しいなお美の笑顔につられるように鳥貝も微笑んで、うなずいた。
 百合子の事が好きなのは確かだし、だから付き合ってもいるし、キスもする。
 鳥貝の緩んだ表情を見て、なお美はにっこりと満面の笑みに表情を崩した。
「あなたが・・・あなたみたいな子が、千里の側にいてくれるのは、とても喜ばしいわ。千里を選んでくれて、ありがとう。」
 なお美の心の内は鳥貝には理解が及ばない。
 お礼を言われる意味も分からない。
 ただ、とても好意的に鳥貝を受け止めてくれているのは確かだと分かる。
「わたしの方こそ、おばさまにはお礼を云いたくて。以前はちゃんとお礼も云えないままだったので・・・、」
「お礼?」
「わたしの生い立ちや、兄のことを話してくれた事です。本当は自分から云うべきじゃないと前置きしてくれてましたよね。・・・なのに、わたしがあの時にどうしても知りたがったから、」
 律儀な鳥貝の言葉になお美はくすりと笑う。
 この律儀さはまるっきり夏目と同じなのだと思いながら、それを口にはしない。彼女はまだ兄夏目の面影を自分に重ねられるのに躊躇していると聞いていたからだ。人となりをほとんど知らない兄と似ていると言われても、戸惑うだけだろう。
「わたしは、わたしの知ってる事を口にしただけよ。医者なのに、口が軽くてごめんなさいね。」
「ほんと、口が軽いよな。春海になに意思確認とってるんだか。」
 なお美の言葉に間髪入れずに言葉発したのは、百合子だった。居間の入口にもたれかかって、二人の様子を見ていたようだ。
 鳥貝の傍らで座り込んでいたターシャが尻尾を振りながら百合子の元に歩みよる。
「だって、あなたに想いを返してくれる女の子が現れるなんて、普通考えもしないでしょ。」
「普通、ね。」
「言葉の選び方は間違っていないと思うけれど。」
「ま・・・こいつは特別だからな。」
 鳥貝の側まで近寄って、その頭にそっと手を置く。
 息子の性癖を理解している母。この親子は信頼しあっているのだと、鳥貝は思う。そして、この家の居心地の良さはそのまま彼らの関係なのだと思う。
 胸が温かい。鳥貝は百合子を見上げて笑った。
「お?」
 その鳥貝の表情にときめいたらしく、百合子はそのまま鳥貝の首筋に抱きついてきた。
「春海、かわいい。」
「・・・っ!」
「あらあら。」
 なお美は耳に優しい声音でくすくすと笑った。
 鳥貝はこの家の息子の恋人、にすぎない。だから、いつかは別れてしまうかも知れない。けれど、この心地よい家にはまた遊びに来たいとは思った。

「で、千里はなんで姿を消していたの?」
「自分の部屋行って、これ、持ってきた。」 
 テーブルの上に置かれたのは・・・アルバム。以前鳥貝の前に出された物と少し違い、もっとずっしりと大きく、白い布貼りの表紙の装丁はイルカのアップリケがついて、かわいらしかった。
 なお美はそれに何か気づいたらしく、はっとしてから微笑みを浮かべた。
「ずっと、おかしいと思ってたんだよ。でも、気がついたのはつい最近なんだけどさ。こいつの寝顔見ていて、多分そうじゃないかと思った。」
「寝顔? あら、もうそういう関係・・・、」
「ち、違います。無断で何度か見られてるだけで、」
「あれ以来、部屋の戸締まり厳重だもんな・・・、」
「当たり前です! ・・・というか、また忍び込もうとしてたんですか・・・?」
「2度ほど。」
「・・・っ、」
 鳥貝と百合子の遣り取りも、十分に微笑ましくて、なお美はクスクス笑う。
 夏目が亡くなって以来一年以上ずっと沈み込んでいた息子が、今すっかり立ち直っているのは、完全に鳥貝のおかげなのだと実感する。
 そういう意味でも、鳥貝の存在はとてもありがたいものだった。
「それで、アルバム。見せてくれないの?」
 延々続きそうなターシャも喰わない痴話げんかを見ているのもまた楽しそうだけれど、手元の紅茶も冷めてしまうから、なお美は話の軌道を修正する。
 百合子はふぅと小さく息をついてからアルバムをめくりはじめた。
 それは・・・百合子の誕生からを記録してあるアルバムだった。普通の子どものアルバムとちょっと違うのは・・・まだ腹の中にいる時の写真や、誕生直後のそれ、院内で撮ったと思われる画像がある事か。
 赤ん坊の頃の百合子も、目鼻立ちの整った綺麗な子だった。そのままCMや雑誌のモデルにしても良いくらいの雰囲気がある。
「この人たちよりも、ばぁさんが熱心に編集してたんだよ。これは、2歳までの記録。この続きがまだ2冊ほどある。おれが自我に目覚めるまでだな。」
 所々に身長体重などを記入したメモや、四季折々の押し花が一緒に挟み込んである。
 初孫の男の子なのだから、祖母が張り切るのは仕方ない。百合子は皆に愛されて育ってきているのだ。
 所々に、幼い夏目らしき人物が写っていたのにも、鳥貝は心を引かれた。
 鳥貝はじっくり見たいのに、百合子は「後で見せてやるから、」と云って、分厚いアルバムの三分の二ほどをまとめてめくり上げた。
 写真の百合子は既に立って歩いている。中には、夏目と手をつないで歩いているものもあった。
 幼い百合子のあどけない笑顔かひどくかわいくて・・・この捻くれた男にも無邪気な時代があったのだと関心してしまう。そして、新たに、夏目と百合子の強いつながりのようなものも、実感した。
 数枚をぱらぱらめくって、どうやらお目当てのものを見つけたらしく、そこの頁を大きく開いた。
「ここと、ここ。この2枚きりだけど・・・これ、」
 幼い百合子が、ベビーベッドの中をのぞき込んで、赤ん坊の手を取っているものと、床の上におもちゃの散らばった場所で、赤ん坊に笑いかけているものだった。
 赤ん坊はピンクの産着を着ているから女の子だろうか。生まれて間もないようだ。
「おふくろには、出産後の友達が家に遊びに来た時に撮ったって聞かされてたけど、違うよな。」
 なお美を睨み付けるように云う百合子に、彼女は肩をすくめてみせる。
「だって、云うわけにはいかないでしょう。美羽子さんのお願いもあって、秘密にしていたのだもの。ただ、この2枚の写真は、あなたがかわいく撮れてるから、って素性を明かさない事でアルバムに載せるの許してもらったのよ。だから、少々の嘘は許して。」
 百合子は複雑な表情をしながら、それらの写真を台紙から取り出し、鳥貝の前に並べた。
「これ、誰だかわからない?」
「・・・? 誰、でしょう?」
 髪の毛も生えそろわない女の赤ん坊。まだ目も見えていないのか、視線は焦点を結んでいない。けれど、必死で目の前の存在を確かめようとしている様子が分かる。
 どこかで見たことのある気もした。
 けれど、事象が結びつかない。        
 戸惑っている鳥貝を見て、百合子は微笑する。
 それから、母親もいるというのに、鳥貝の頭を自分の胸の中に引き寄せながら、優しい声で言った。
「おまえだよ。生まれたばかりの。」
「・・・あ、」
 そういえば、自分の赤ん坊の頃の写真に似ているかもしれない。ここ近年、自分のアルバムを捲ることはなくて、忘れていた。
 それに、何より、理解と認識は違っていた。
 自分が百合子の家の病院で生まれたのだと。美羽子さんの子どもなのだと。
 分かっているつもりでいて、まだ理解しきれていなかった。
「そ、か・・・、」
「生後半月まではこちらにいたのよ。N県までの移動は生まれたばかりの子供には酷だから、本当は首が据わってからの方が良かったのだけれど・・・美羽子さんが、かわいすぎて手放せなくなるから、早いうちに、って。鳥貝のご両親も、こちらでも地元の産婦人科でも母親講習は受けてるから任せて大丈夫だって。あなたの健康状態にも問題はなかったから、わたしも許可したのだけれど。」
 なお美は微笑みながら穏やかな声音で云う。
「さすがにユキも覚えていないわよね。夏目くんでさえ覚えていなかったのだもの。でも、ユキも夏目くんもあなたの事、かわいがっていたわよ。夏目くんには妹だ、って教えはしなかったけれど、それでも。」
 しばらく、3人ともがその写真に見入られたように見つめていた。
 鳥貝と百合子は思い出せるはずもない過去に意識を向ける。
「・・・やっぱり、おれとおまえは運命で結ばれたんだよな、」
 また、そういう恥ずかしい台詞を恥ずかしげもなく口にする。
 けれど・・・鳥貝も、不思議な縁は感じずにはいられない。
「運命とかは分からないですけど・・・生まれたばかりの頃にも、百合子さんに会っていたのは、不思議な気分です。何も覚えていないのに。」
「それが、運命だって。だからさ・・・、」
 百合子は鳥貝の手を握って、真っ直ぐその目をのぞき込む。
「近いうちに、結ばれような。永遠の愛を誓ってからじゃないといけないなら、先に誓うから。おまえとなら誓える。」
「・・・っ!」
 母親の目の前である。
 そういう事を平気で云える百合子の精神構造は鳥貝には理解が及ばない。
 鳥貝は顔を真っ赤にしてあわあわと言葉の出ない口をぱくぱくさせる。
 恥ずかしすぎて、怒るに怒れず戸惑っている鳥貝の耳にひたすらおかしそうななお美の笑い声が響く。
「千里の愛は少し空回りがすぎるみたい。ふたりとももう結婚できる年齢なんだから、わたしは止めないけど、ちゃんと春海ちゃんの同意は必要なの、わかるわよね?」
「分かってる。けど、春海もおれを愛していてくれるんだから、たいした問題じゃないよな。」
 さすが百合子の母だけあって、なお美もこういうノリはやけにいい。止めてくれる気はないらしい。
「そして、将来はこんな風にかわいい愛の結晶を手に、記念撮影だな。」
 鳥貝と自分の写った写真を手に、飛躍しすぎた未来計画を語る。
「もちろん、うちの病院で産んでくれるのよね。初孫をこの手で取り上げる・・・産科医最高の夢ね。」
 なんだか、勝手に話が進んでいる。
 横目で見やれば、なお美はおかしそうに・・・でも、嬉しそうに彼女たちを見つめていた。
 優しい眼差しは、母親そのもの。
 将来を考えるには鳥貝はまだ若すぎる。百合子が云うのは、きっとまだ何年も先の話だ。それに、現実的に考えて、この先ずっと百合子と恋人関係でいられるかも、分からない。
 けれど、居心地の良いこの人たちに、暖かく見守られいるのは、ひどく心地がよい。
「な、春海、近いうちにおまえの部屋に・・・、」
「ダメです。イヤです。無理ですっ。」
 こういう遣り取りも、心地よい。
 「ただいま」と、玄関から声が届いた。若い少女のものだった。板張りの廊下を小走りする軽快な足音の後、元気な声が間近に届いた。
「あ、やっぱり。お客さん、えーと、春海さん?」
 百合子の手をふりほどいて、慌ててリビング入り口を見ると、小麦色の肌をした少女が満面の笑みでこちらをのぞき込んでいた。
「千早、おかえりなさい。」
「おかえり。」
 なお美と百合子が口々に云って、それが百合子の妹の千早だと理解する。
 写真は百合子に見せてもらっていたけれど、現実に見る千早は写真よりも快活でかわいらしかった。
 百合子よりも随分と肌の色が濃いのは、完全に日焼け・・・サーフィン焼けだと分かる。春休みの終わるついこの間までアメリカの西海岸でサーフィンをしていたらしい。
 目鼻立ちはさすがに似ている。けれど、繊細に整った顔立ちのはずだけれど、生気に満ちた千早のそれは、繊細さとはほど遠い。活力がそのまま顔立ちに現れている。
「はじめまして、千早です。」
 ぴょんぴょん飛び跳ねるような勢いで鳥貝の側まで近寄って、その顔をじっとのぞき込む。好奇心に満ちた大きな瞳が、春の陽射しを照り返す海面のようにきらきらしている。
「はじめまして、鳥貝春海です。」
 少しだけ気圧されながら、鳥貝も挨拶を返して、どうしても戸惑ってしまう笑顔を彼女に向けた。
 じーっ、と観察を続ける事数十秒。
「千早?」
 さすがに百合子が声をかけると、千早は飛び上がるように顔を上げて兄を見上げた。
「かわいいね! 写真でも見たけど、やっぱり。お兄ちゃんの恋人なら、もっと大人キレイ系かと思ってたけど・・・うん、やっぱり美羽子さんに似てるんだ。きっと永遠にカワイイ系。ケバイ系の人なら、どうやっていぢわるしてやろうかと思ったけど、春海ちゃんは合格。」
 百合子とは全然タイプが違うのが、この数分で理解できた。
 本当にさっぱりきっぱりしていて、人見知りも一切しない。多少の傍若無人な発言や振る舞いも、悪気が微塵もないのが分かるから心地よく許せてしまう。
 百合子の傍若無人さは、時々腹に据えかねる鳥貝だったが。
 千早のこの気質は、母親のなお美かもしれない。
「TK大現役合格でしょ? 頭も良いから尚オッケー。またお勉強教えてください。お兄ちゃん、教え方あまり上手くないから。」
「こら、千早。春海ちゃんに失礼。」
 なお美が笑いを堪えながらたしなめるのに、千早はあらためて姿勢を正して「ごめんなさい。」と神妙な顔で頭を下げた。
「でも、ほんと、今度勉強教えて下さいね。」
 顔を上げて、満面の笑みを見せると、荷物を置いてきます、とリビングを後にした。
「賑やかな子でしょ。うるさくしてごめんなさいね。」
「いえ、でも、明るくて素直で良い子ですね。・・・百合子さんとは、あまり似てない・・・、」
 言いかけて、途中百合子に遮られる。頬を両側から両手で押さえ込まれていた。
「千里はねぇ、千早が生まれるまで甘やかされ放題だったから。うちの家族だけでなく、夏目くんと美羽子さんにもね。でも、中学にあがるまでは素直な良い子だったのよ。・・・思春期って怖いわね。」
「今だって、素直だ。」
「自分の欲望にはね。」
「人間、自分に正直に生きるのが一番だろう。」
「自分に正直な人は得てして我が儘とも云うのよ。春海ちゃんを困らせてばかりいる。」
 返す言葉のない百合子は、鳥貝の頬から手をどかして、少しだけ拗ねた表情をした。
 そういう様子を見ると、家族に愛されている百合子の、育ちの良さを感じた。
「お客様?」
 聞いたことのある、新たな声がした。
 上品な女性の声は、百合子の祖母。
「おじゃましています。」 
 立ち上がって云うと、少しだけ目を見張ってから、穏やかに微笑む。
「春海さんね、いらっしゃい。この間はちゃんとご挨拶できずにごめんなさいね。」
 おそらく70歳ほどの婦人は、豊かなシルバーグレーの髪を緩くまとめ上げて、白いブラウスと丈の長いフレアスカート、ストールを肩からかけた、穏やかな微笑みの似合う上品な人だった。
「ばあちゃん、前にも話したおれの恋人だよ。」
 百合子が云うのに、婦人はくすくす笑って、瞳を細めて鳥貝を見た。優しい眼差しだった。
 鳥貝の素性は心得ている様子だ。
「そう。かわいらしい人ね。ユッくん、大事にしてあげなさいね。春海さんも、ユッくんの事よろしくね。それと、時々遊びにいらっしゃいね。」
 年齢を重ねた人独特の穏やかでふんわりした空気を持っていた。鳥貝は亡き祖母を思い出した。こんなにハイカラで身綺麗な人ではなかったけれど、身にまとう穏やかな空気は似ているかも知れない。
「ありがとうございます。また、お伺いします。」
 鳥貝は笑って答えた。
 百合子の家族は、やはり、とても居心地が良い。
 鳥貝自身が歓迎されているからこその部分も大きいけれど、皆が気持ちよい人柄だからなのだろう。
 だから・・・百合子の特殊な性格は異端なのだろうな、と思うと、ため息をつきたくなった。
 
 それから、自室から戻ってきた千早も加わり、ティータイムを楽しんだ。
 百合子の父も、お茶の時間くらいは確保できたらしく、少しの間だけティータイムに加わった。
 美羽子や夏目をよく知る人たちだけれど、鳥貝が戸惑いをまだ昇華しきれていない事を悟ると、その話題はあまり持ち出さずにいてくれた。
 鳥貝は、居心地の良いこの家族の中に、ずっとこうしていられたらよいと、心のどこかで願った。それの意味する所は・・・まだ、考えていないけれど。
               


おわり