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[鳥貝大学1年の秋ごろ]

ある夜


「・・・百合子、さん?」
 夜、ぼんやりした明るさに鳥貝は目を覚ました。
「わるい・・・起こしたか、」
 低い百合子の声が上から降ってきて、鳥貝は目を擦りながら顔を上げる。
 百合子は、鳥貝の隣で上半身を起こして片膝を立てて座っていた。視線は鳥貝ではなく、どこか遠くを見ている。
 淡い光を受けて際立って見えるその整った顔にしばらく見惚れ、鳥貝は百合子の視線の先に目を向けた。
 カーテンが開かれていた。
 そこから、月が見える。丸い月だ。
「満月・・・、」
「・・・うん。あんまり綺麗だったからさ、」
 しばらく、ふたり無言で月を眺める。
 淡い光。頼りなくて、優しい光。どこか、胸をざわめかせる光。
 小さく笑った百合子が、唐突に鳥貝の上に覆いかぶさってきた。
「ちょ、ちょっと、」
「なんかさ、月見てると妙に切ない気分になんのな。」
「・・・百合子さんが切ない、ですか?」
 からかう口調に、百合子が鳥貝の脇腹をくすぐる。
「やっ、ちょ、ちょっと、っ、や、も、やぁ!」
 身をよじって抵抗して、でも、笑う。
「ばぁか、」
「どっちがですかっ!」
 百合子の手を押さえつけ、涙目で百合子を睨み上げた。
 頬を膨らませた拗ねた表情が淡い月光に照らされて・・・百合子はたまらず彼女に口付ける。その口付けは、鳥貝も優しく受け止める。
 優しくて甘い口付けの後、鳥貝に覆いかぶさったまま百合子は彼女の上に体重を預け、くすくす笑う。
「っ、もぉ、重いっ、」
「・・・愛してる、」
「・・・ばか、」
 しばらく、その状態でふたり静かに寄り添いあう。
 鳥貝も口で云うほど百合子の重みは気にならない。その愛しい重みには、もう慣れてしまったから。むしろ・・・心地よいから。
「・・・ずっと、そうやって傍にいれくれよ、」
 囁く言葉に、鳥貝はくすっと笑う。
 それは、口癖に近い、百合子のいつもの言葉だから。
 自分の腰に回る百合子の手を握る。それだけで、百合子への返事になる。
 百合子も鳥貝の手を握る。
「・・・ふたりでこうやって眠るようになってからしばらくさ、」
「・・・はい、」
「寝てるおまえを何度も確かめるようになった。」
「・・・どうして?」
「消えてしまわないか、心配だったから。」
「・・・消えませんよ?」
「うん。でも、あの頃は・・・幸せすぎる夢、見てたらどうしようかと思ってた。」
「どこからが、夢?」
「おまえがおれの前に現われた所から。本当はおまえはまだN県にいて、おれの事も、夏目の事も知らずに過ごしてるんじゃないか、って。」
「・・・もう、確かめなくて大丈夫ですよね?」
「うん・・・、でも・・・、」
「でも?」
「おまえを失う日がいつか来るかもしれないのが、怖い、」
「・・・。・・・それは、きっと、あと何十年も先です。長生きしますよ、もういい、ってくらい。」
 夏目のように鳥貝がいなくなってしまうのではないか。
 いつか別れる日が来るのではないか。
 二重の意味が含まれた百合子の言葉への応えは、それらふたつを同時に応え、なおかつ彼の望む未来を示唆する内容だった。
 百合子は繋いだ鳥貝の手を再び強く握り、微笑む。
「ずっと、こうしていたい、」
「・・・月は沈み、朝は来ます、」
「朝なんて、来なくていい、」
「・・・朝が来なければ、ふたりで手を繋いで出かけられませんよ?」
「そうか、それは、問題だ、」
 ふたりでくすくす笑いあって、抱きしめあって、キスをする。
 今が幸せすぎるから、この時が終わるのを恐れてしまう。
 辛すぎる時を体験してしまったから、幸せを疑ってしまう。
「幸せをもっとください、」
 百合子が妙に丁寧な言葉で鳥貝に云い、鳥貝は目をぱちくりさせる。
「え?」
 意味が分からない、と目を瞬かせる鳥貝の首筋に百合子の唇が落ち、内腿に手が入り込む。
「ちょ、百合子さん、っ、ひゃ、」
「今のおれの幸せは、おまえといる事。」
「あ、やっ・・・もう、」
「そして、一番の幸せな瞬間はおまえと繋がっている、時、」
 云いながら、鳥貝の胸をやわやわと愛撫し、感じる部分を唇で食む。
「ん・・・っ、また・・・、」
 嫌じゃない。鳥貝は少しだけ抵抗しようか考えつつ・・・結局百合子の欲望に身を任せる。それが、彼女にとってもとても幸せなことだから・・・。
「・・・私も、以前は少しだけ不安でしたよ? 百合子さんといる事が、夢なんじゃないかって・・・、」
「うん・・・。幸せすぎると、それを疑いたくなるんだ、」
 抱きしめあって眠る。
 月が沈む時まで。


「春海、」
 愛しい人の名を呟いて、その寝顔を見つめる。
 そっと頬に手を寄せる。暖かい。
 首筋に触れる。脈動を感じる。
「・・・ちゃんと、生きて、おれの傍に、いる、」
 大切な人。愛する人。
 そんな存在が人生半ばで居なくなる絶望は、もう二度と感じたくない。
 彼女が己の意思で自分の前から消えるのならいい。哀しいけれど、切ないけれど、きっと、身を切られるくらい辛いと思うけれど、彼女が生きて、この世界のどこかで存在してくれればいい。
 でも、やはり、できればずっと傍に、いて欲しいと思う。この温もりをずっと感じさせて欲しいと思う。笑顔も、怒った顔も、喜怒哀楽のすべてが、寝顔さえも、全部自分の手の届く位置にあって欲しいと思う。
「春海、」
 柔らかくて、暖かな身体を抱きしめる。
 彼女が身じろいで、小さな声を吐き出す。
 唇が笑みに崩れている。幸せな夢を見ているのかもしれない。
 自分の腕の中で、愛する人が幸せでいてくれるのが、嬉しい。
「春海、愛してる。」
 眠る彼女は何も応えない。けれど、無防備に自分の隣で眠る彼女の存在そのものが応えなのだと、そう、思う。



おわり