日溜り
暖かな陽射しが、木々の隙間を縫って彼らの上に降りかかる。 きらきらと、細波にも似た日の光の輪舞は、ふたりのまぶたを通して、網膜に残るように何度も寄せては引いて行く。 なんて、幸福に満ちた一時なのだろう。 木にもたれかかった少女は、今まで視線を落としていた本を緑やわらかな若草の上に置いて、膝の上でかすかな寝息をたてる青年の顔を覗き込んだ。 少女が小首を傾げると、陽射しを反射して輝く髪が、彼女の肩からさらさら流れ落ちる。 青年の、春の陽射しにはそぐわない、刺激的な真っ赤な髪をそっと撫ぜ、少女は、春の日溜りそのものに、ふんわりと、優しく微笑んだ。
☆ ☆ ☆
彼女は、まるで、春の日溜りのようだった。 彼女の笑顔は、暖かな陽射し。 彼女の声は、さやぐ風。 彼女の香りは、心を憩わせる春の匂い。 ―――波打つ金の髪は日の光を受け、輝く緑の瞳は新緑を写す。
この俺が、春の日溜りを、こんなに愛するなんて、思ってもいなかった。
俺は、炎。全てを焼き尽くす、熱い炎。 春の生ぬるい温もりなんぞ、俺には必要ないと、そう思ってきた。 いや、むしろ、その安穏としたモノを、俺は恐れた。 俺を俺でないものに変えてしまう、その、安らぎきった、ぬるま湯のような、優しいモノ。 俺が俺であるためのものを、否定するかのような、そんなモノ。 いつも、行き場のない、膨張した熱い想いを心のどこかに抱えている俺にとって、春の日溜りは……怠惰や怠慢と同意にすぎなかった。 心を落ち着かせ、暖かく包み込むようなモノは、俺を堕落させるだけだとそう思っていたんだ。 だから……初めて彼女に会った時、畏怖を、覚えた。 優しく、暖かく、心地良い……そんな、彼女を、春の日溜りそのものの彼女を、そう、俺は、恐れたんだ。 それは、俺を変えてしまうものだと、そう直感し、俺自身が警告を発する。 ああ、この温もりに、捕まっちゃいけない、と―――。
けれど、俺は、あまりにあっさりと、彼女に捕らえられた。 彼女の、春の日溜りの温もりを知り、惹きつけられ―――そして、彼女を、愛した。
☆ ☆ ☆
「ああ……愛してる……愛してる、アンジェリーク……」 強く彼女の身体を抱きしめた。 すっぽりと俺の腕の中に収まってしまう、華奢な身体は、もう少し力を入れれば、簡単に折れてしまいそうだ。 いい匂いのする柔らかな髪が鼻腔をくすぐり、俺は、眩暈さえ覚えた。 ―――らしくない? ああ、分かっている。 なんて、俺らしくないんだろうと、自分でも思っていたさ。 こんな、乳臭い小娘相手に、何をやってるんだ、と、以前の俺ならば、自己嫌悪にさえ駆られていただろう。 だが……俺は、本気だった。 本気で、彼女を愛していた。 この、幼い、レディとは程遠い、少女を、愛していた。 彼女だけしか、俺には見えなかったんだ。 「……さま……オスカー、さま……」 腕の中で、アンジェリークが身じろぎして、俺の胸を押しやろうとする。 「……っ……くる、しいです……」 途切れ途切れの喘ぎに、俺は、やっと彼女を抱く腕の力を緩め、胸の中で息苦しさに顔をしかめる彼女を見やった。 「アンジェリーク……?」 彼女は、真っ赤な顔を俯かせて、荒い息に肩を上下させていた。 ああ、俺はそんなに強く抱きしめていたのか……そう判断できるくらいには、冷静さを取り戻したものの……俺は焦っていた。だから、今度はアンジェリークの両肩を掴んで、彼女の顔を覗き込む。 「アンジェ……君は、君はどうなんだ? 君は、俺のことを……」 言い募り……言葉を切った。 なぜなら、アンジェリークの表情が、俺の言葉を肯定していたからだ。 ……アンジェリークは泣いていた。 緑の瞳から、あふれ出る涙を拭おうともせず、立ち尽くして、泣いていた。 たまらなく、なった。 何故、今まで自分の想いを認められなかったのか、後悔した。 彼女の想いを分かっていながら、自分の想いを認められず、あがいていた日々を、憎らしく思った。 なんで、今更! そう責められても仕方がなかった。 けれど……彼女は、俺を責めはしなかった。 ただ……涙で濡れた瞳で俺を見つめて、蔭りを帯びた微笑を、無理に作って見せた。 春の日溜りのような彼女らしくないその一面に、俺は、胸が痛んだ。 彼女の優しい日溜りを、黒く大きな帳で覆い尽くし、彼女の笑顔を曇らせたのが、他でもないこの俺だと理解しているから……なおさら、苦々しい想いが胸を占めた。 それ以上、彼女のそんな表情を見たくなくて、再び、強く胸に抱きしめた。 そして、彼女の耳元で、そっと囁いた。 「……このまま、君を、連れ去ろう……誰も、知らないところへ……」
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―――ああ、なんて……心地よい日溜り。
「ねえ、オスカー様?」 アンジェリークは、悪戯っぽい微笑みをオスカーに向けた。 自分を見つめるオスカーが、眩しげに瞳を細めているのに気づかないままに。 「聖地って、とってもいいところですね!」 くすくすっ、と笑って、後ろに回した手から何を取り出すかと思えば……色とりどりの花で作られた花冠だった。 「こんな綺麗なお花が、ずっと咲いているなんて!」 膝枕をするオスカーの額の部分に、ちょんと乗っけて、ふふっ、と笑う。 「ここは一年中春なんですね。私、暖かくて、優しい春が一番好きです」 オスカーは自分の額にのっけられた花冠を持ち上げると、その輪の間にちょうどアンジェリークの笑顔が来るようにして、下から彼女を見上げた。 花に彩られた彼女を見て、オスカーも微笑んだ。 そうして、いつも幸福に笑顔を弾ませる彼女は、オスカーの心に抱えつづけている熱を、少しづつ穏やかなものへと変えていった。 それが、自分自身の変化である事を理解していながらも、オスカーはそのあまりの心地よさに、すっかり身を委ねきっていた。 彼女の心地よさに包まれて、オスカーは、新たな自分に出会ったのだ。 このまま、この優しい時が続けばいい……。 切にそう思うようになっていた。 けれど、生ぬるい時間に……変わり行く自分に、彼の心の奥で苛立ちを覚える部分が、その想いを彼自身に認識させるのを拒否しつづけた。 依怙地なまでに、彼が彼たる事を求めつづける……過去の己。 『彼女を愛している』 その想いを、彼自身が素直に認められるようになった時には、すでに手遅れになっているとも分からずに……。
―――春の日溜りの心地よさは、俺を確実に虜にしていた……。
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アンジェリークは、俺の手をふりほどいた。 ―――半ば、分かっていた反応だった。 優しい彼女には、捨てられないものがある。自分が求められているその声を、彼女は決して無視などできない。 俺が愛した彼女は、そういう少女なのだ。 俺だけでなく、全ての者に、平等に、春の日溜りを提供する……そんな、少女。 彼女は、泣き笑いの表情のまま、俺を見つめひとこと、言った。 「さようなら……オスカー様」
明日、彼女は女王となる。 宇宙を導く崇高なる存在。 全ての宇宙を優しく包み込む女王のサクリアを持った、これまでにないすばらしい女王に……。 俺は……それを、心から祝ってやれるだろうか? 彼女へのこの想いを抱えたまま、笑えるだろうか? そして……これからずっと、彼女の傍で、この想いを抑えつづけられるだろうか? ただ……これだけは、言える。 彼女への強い想いは、いつまでも変わる事がない、と。 彼女の日溜りが、俺だけでなく、全宇宙に向けられる事になっても、俺に、春の日溜りの心地よさを教えた彼女を、俺は生涯愛しつづける。 ―――女王となった彼女に、俺は、永遠の愛と忠誠を誓うだろう……。
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「心地いいな……」 ぽつりと呟いた言葉に、アンジェリークは可笑しそうに笑った。今更言うまでもない、というように。 「ええ。お日様がぽかぽかしてて、とっても、心地いいですね」 微笑んで、陽射しに瞳を細めて空を見上げたアンジェリークに、オスカーは苦笑する。 「―――君の傍が、心地いい……まるで、春の日溜りのようだ……」
END カウンター5000を踏んでいただいた「Flame Palace」のひらひら様 にもらっていただいた創作です。 <独り言> せっかく記念すべき5000ヒットにリクエストしていただいたのに、 リクエスト内容とずれた内容になっちゃいました(ーー;)。 ひらひら様、申し訳ないですぅ(;_;) ちょっと、情けない男になっちゃった、オスカー様でした。 |