9000hitのカウンターリクエストで差し上げた創作です。

Baby−baby
 〜いつか出あう君に


 それは、鋼の守護聖ゼフェルが、女王候補アンジェリークと結ばれて、しばらくしてからのお話。

 

 今日も聖地はいい天気だ。

 最近、ゼフェルは、口うるさいジュリアスでさえも感嘆するほど、真面目に執務をこなすようになっていた。

 それもこれも、彼の愛妻、アンジェリークが補佐官となったが故。自分が執務をさぼることで、彼女に心労を負わせたくなかったし、何より、彼女の仕事を増やしたくなかったからだ。仕事が増えると、せっかくのふたりきりでいられる時間が潰れててしまうだろうから。

 けれど、その日はどうも調子が悪く……また、ぞろ、サボり癖が彼の中に沸き起こり……たまの、息抜きくらい……と、いう理由にて、彼は野外へと赴いた。

 それが、どうも、今回の不幸の始まりだったらしい。

◆◇◆◇

 昔取った杵柄で、誰にも見つからないように聖殿を抜け出し、庭園に足を向ける。

 さすがに、平日の昼間とあっては、いつもは賑やかな庭園も、人影もまばらである。

 ゼフェルは深呼吸をして、背伸びをすると、清涼な空気を身体中に満たして行く。

 ――こんないい天気は、昼寝に限るぜ!!

 そう思って、よい昼寝場所を探して庭園をふらつき歩いた所……。

「ぱぱぁ」

 突然、足元から響く舌っ足らずな声に、ゼフェルはぎくりとして、足元を見下ろすと……年の頃2歳くらいの愛らしい少女がいた。

 が……その少女の容姿に、なんだか、とんでもない嫌な予感を感じずにはいられなかった。

 何しろ、その少女の髪・瞳の色ともに……限りなくゼフェルに近い色彩をしていたからだ。

 白金と赤。

 プラチナの髪の色は少ないとはいえ、聖地にもいない事はない色彩である、が……赤い瞳を持つ者は……おそらく、聖地中探しても、ゼフェルと火龍族の占い師くらいしかいないだろう。

 その、ゼフェルの色彩そっくりな少女に『パパ』などと呼びかけられては……もし、こんな所を誰かに見られていれば、当然誤解を招くであろうし、いい訳はかなりムズカシイ状況かもしれない。

 が、こんな稚い子供、必ず近くに保護者がいるはずである。いなければならない。

「おめぇ、親父かお袋は? それとも、じーちゃんかばーちゃんとでも来てんのか?」

 ぽん、と、少女の頭に手を置いて、柄にもなくにっこり笑顔で少女に話し掛けている……アンジェリークと結婚するまで、想像もつかなかったであろうゼフェルのその姿! 

 こんなところ、ランディなんかが目撃すれば、腰を抜かすかもしれない。ちなみに、他のメンバーの大半に見つかった場合、しばらくからかいのネタにされることは明白だ。

 頭の片隅で、そんな事を考えていたゼフェルは、ひくつく笑顔で少女を見下ろした。

 はっきり言って、強張った笑顔はコワイ。

 さっきから、少し離れた所から、その様子を見ていた5、6歳の子供が、怯えて逃げ出すくらいには。

 が、間近でその表情を見ているにもかかわらず、少女はけろんとしている。

 どころか、再度、ゼフェルの嫌ぁな予感を煽る言葉を口にする。

「ぱぱ?」

 じぃっとゼフェルを見上げて……少女の視線から、自分に向けて突き刺さるように矢印が飛んでいる事に、更に悪寒を感じるゼフェルであった。

『オッ、オレに、身に覚えは皆無だぞ!? どっかの、赤毛男じゃあるまいし!!!』

 内心、叫んでみるが……言葉に出さなくて、賢明。余計に誤解を招くって。

『だって、オレ、一応、あいつが初めての相手だったし……って、いやいや、そーじゃなくて、そもそも、オレがコイツの"ぱぱ"でなんてあるはずがねぇ!』

「じゃあ、おめーの名前は?」

 じぃっとゼフェルを見上げてくる少女は、小首を傾げてから、瞳を細めて、にこっと実に実に愛らしく笑った。

 ああ、エンジェル・スマイル!

 ツキューン!

 理由もなく、ゼフェルの胸が短い鼓動を刻んだ。

(か、かわいいぜ……!!!!)

 やけに色とりどりのお花が、拳を握り締めたゼフェルの回りをくるくる回っている。

「ぱぱぁ!」

 が、少女は、相変わらずそれ以外の言葉は口にしない。

 思わず、脱力するゼフェル。

「あのなぁ、チビ……オレは、おめーにつきあってるほど暇じゃねーんだ……」

 いや、本当はムリヤリ暇な時間を作ってるのだが……とにかく、この極めて不安を呼び込む状態からさっさと逃げ出したいらしい。

「悪ぃけど、保護者が迎えにこないんじゃ……管理局にでも預けてくっか……」

 相変わらず、にっこにことご機嫌な様子でゼフェルを見上げている少女の手を引いて歩こうと、するが……。

 ちまい子供の歩幅の小さいよちよち歩きに、苛立たずにはいられないゼフェル。

「ちっ……チビ、来いよ」

 少女の小さな体を抱き上げた。

 少女は羽のように軽かった。

 最近、アンジェリークを楽々と抱き上げられる程度には体力と筋肉のついてきたゼフェルは、幼子の思った以上の軽さに、どきりとした。

(壊しちまいそうだな……)

 細い腕、細い体、細い足。幼子特有の優しい匂い。

(ガキって、こんな頼りねぇもんなんだな……)

 耳元できゃいきゃいはしゃいだ声を上げる少女に、なんとなく、心が暖かなもので満たされて行くような気がした。

 そう、新妻アンジェリークに感じるのとは別の愛おしさ……それは、いわゆる……父性、と呼ばれるものだったのかもしれないが……本人、自覚したところで、思いっきり地団駄踏んで否定しそうなんで、しばらく自覚はしないでいてくれるに越した事はない。まぁ、17歳で父性なんて、ね……。

 ともかく……。

 ゼフェルは、その迷子を庭園の管理局まで届けて、それでその子供との付き合いもお仕舞になることと信じて疑わなかったのだが……。

 不幸は、順順にやってくる。

 ◆◇◆◇ 

 不幸その1。

「あっらぁ? ゼフェル様?」

 よりにもよって、こんな状況で知人に会うなんて……。

 もっとも……その知人と言うのが、数日後に聖地を離れる予定の人物だった事を思って、少しだけ救われた気分もしたのだが……。

「ゼフェル様……いつ、浮気されたんですか?」

 溜息交じりでの真顔で問いかけられて、がならずにいられない。

「おっ、オレの子供じゃね〜〜!!」

「あら? でも、そっくりですわよ?」

 情熱的な赤い瞳を好奇心にきらきらさせて……その態度と口調は本気かからかいか分からないが……この的中率抜群の占い師の事だ、すぐに事情を察してからかっているに違いない。

「オレにこんな年齢のガキがいるわきゃ……」

「いつも、聖地を抜け出されてたのは、この子の母親に会うためだったのね……聖地の時間が外界よりも遅いからって、ばれないとでも思ってるんですか? ああ、かわいそうなアンジェリーク……まだ、新婚ほやほやなのに……」

 よよよ、と、泣き崩れる……フリをする。

 完全に、からかわれている。

 むすぅっとせずにはいられないゼフェルの頬を、ふいにぴちぴち叩く感触は、抱き上げた少女のものだった。

 で、更に誤解(というより、からかいのネタ)を増長させる事を口にする。

「ぱぱぁ♪」

「まぁっ!? やっぱり、パパなのね! 娘なのねっ!!! あああっ……アンジェリーク、あんなにせっせと私のところまで通ってきてくれたのに……せっかく結ばれた愛しいダーリンの浮気……どんなにショックでしょう……。私には、とても告げられないわっ!」

 ますます芝居がかってきた。

「でも、私は占い師。見える限りの真実を、正直に伝えなければ……ええ、アンジェリークに、事の真実を……!」

 すっかり、興に入っている。

 からかい、と、分かっていても、反発せずにはいられないゼフェルは、やっぱりまだまだ17歳の少年。

「だあああぁぁ!! やっ、やめろ〜!! あの、単純オンナが、んな事聞いたら、誤解するに決まってんだから! マジ、こえぇ事、すんなよ!!」

 冷や汗が額からいく筋が流れて落ちた。

 くすくすっと笑う長身の占い師に、ゼフェルは険しい瞳を向けるしかない。

 この女性に口では決して勝てない事を知っている。(いや、身長でも……)

「うふふふ……。でも、ホント、珍しい色彩の女の子ですわね。私、そう長い間聖地にいたわけじゃありませんけど、こんな色彩、ゼフェル様以外に存じ上げませんわ。どこの子供かしら?」

 やっと、真剣に取り合ってくれるようになった占い師サラに、ゼフェルはむっつりしながら応える。

「わかんねぇから、管理局に届けに行くんだよ」

「保護者の方、見つかるといいですわね」

 微笑みながら少女の白金の髪をそっと撫ぜていたサラは、急に真顔になって瞳を細めた。

 火龍族特有の細い瞳孔の瞳が、さらに細く短くなる。そう、占い師が何か感じた時の瞳だ。

 しばらく、じっと少女を見たサラは、重い溜息混じりに呟いた。

「私、来週まではまだこちらにおりますから、何かあれば、私のところまでお越し下さい。微力ですが、何かお役に立てるかもしれませんわ」

 サラの言葉は真実になる。

 占い等にまったく興味のないゼフェルは、サラの変な様子を、意味深長な言葉を、すぐに記憶の片隅に追いやってしまい……後に少しだけ、後悔する事になる。 

 ◆◇◆◇

不幸その2。

「ん、だと!? もういっぺん、言ってみろ」

 ゼフェルは、赤い瞳をこれ以上はないくらい見開いて、まだ年若い管理局の事務員を睨みつけた。

 管理局が少女の身元調査をしての結果を聞いた後のゼフェルの反応である。

「ですから……この少女は、我々が管理する聖地の住民登録・入地者リストのどれにも該当しません」

「ああ? なんだ、それって……」

 マジメを絵に描いたようなその青年は、溜息混じりに口を開いた。

「つまりこの少女は、何らかの事情で登録漏れをしているのか、本来聖地に在住していないはずの者か、ですね」

「そっちのデータがミスってんじゃねぇのか!?」

 ゼフェルの言葉に、事務の青年はいささかむっとした風に表情をしかめた。

「あり得ない事です。ゼフェル様もご存知でしょうが、聖地への人間の出入りはきつく制限されていて、陛下の許可を得た者だけしか聖地の門をくぐれません。それ以上に、この地に住まう人間の管理は徹底されています。出生届は義務ですし、住人がそれを怠るような事はできません。また、在住資格についても徹底的に審査を重ねますので、こちらのミスによって登録漏れが発生しているとは考えられません。更に、住民票は必ず100日に一度………」

「わかった! 分かった、分かった!」

 長くなりそうな青年の話を中断して、ゼフェルは青年を睨み上げた。

「データにミスはないのは分かった。聖地に許可のない人間が入る事はないし、住人なら必ず登録があるんだな? けど……そのどっちにも当てはまらない、こいつはなんなんだ?」

 睨むように、挑むように、それ以上に本気の疑問を含んで、じーっと、青年を見上げると、青年は……押し黙ってしまった。

「どんな事情で登録漏れをしてるんだ? 本来聖地に在住していないハズのものが、なんで、ここにいんだ?」

 更に詰め寄ると、青年のこめかみに冷や汗が伝った。

「おらおら、はっきり説明してみやがれっ!」

 いい加減、ゼフェルだとてムカついているのだ。

 この誤解を招きまくりそうな子供と、さっさと縁を切りたいというのに……。

 ちなみにさっきの子供は、管理局の一画、絵本と積み木が置いてある小規模な迷子預かり所にて、女性事務員に相手をしてもらっている。

「わっ、私には、そこら辺の事は分かりかねますので……その、こちらのほうで、一通りの調査をさせていただきますから……」

「ああん、調査? じゃ、それまで、このガキは、おめーのトコで預かってくれるわけだ。なるほど。じゃ、オレはもう、ここにいる必要ねぇな。あばよ……!」

 と、言って、呈よく子供を押しつけて、さっさとその場を辞退しようとしたのだが、今日のゼフェルはとことんついていない。

 ◆◇◆◇

  不幸その3。

「ゼフェル、見つけたっ!!!」

 ちょうど、管理局を出た所で……。

「アッ、アンジェリーク!?」

「探したのよっ! 書類届に行ったら、執務室にいないから……! うもうっ! 急ぎのお仕事があるのよ! 今日中に目を通してもらわなきゃ、困るのよ!!」

 ものすごい剣幕で、彼の新妻にして女王補佐官の少女が詰め寄ってきた。

「ああ、ちょうど今、帰ろうとしていた所なんだ……そう、怒んなよ」

 ついさっきまで、ひどく不幸な目に遭ったがもうこれ以上の不幸はあるまいと……いや、不幸続きだからこれからいい目を見なければ、とばかりに、アンジェリークの正面に立ってその体を引き寄せる。

 真昼間から、新婚サンは違うね!

 ちなみに、アンジェリークの背後にいるのは、ものごっつよく知ったふたりの少年。新婚ふたりの雰囲気に顔を赤くしているが……今のゼフェルの視界には入っていない。

 ――どうせ、"オレのアンジェリーク"に取り入ろうとして、一緒にオレを探していたんだろうが……残念だったな。けけっ。

 と、ごく一瞬、頭の中でひじょ〜に意地悪く思っただけだ。

「ああん、もう、ゼフェルってばぁ!」

 腕の中でアンジェリークが身をよじるが、そう、嫌がっていないのが分かる。

 ――こいつ、協力的じゃねぇときは、平気で拳かますからな。

 とは、ここしばらくの諸々の経験による。

 ――よっしゃ、今日は、その急ぎの仕事とやらをさっさと終えて……くくっ……。

 ゼフェルがナニを想像していたのか……言わずもがなであろう。

 で、野次馬をものともしない、ふたりの世界が繰り広げられているところ……その異様なまでの桃色の世界を壊す声は……。

「ぱぱ!」

 ゼフェルの、悪夢で、ある。

 アンジェリークの髪を撫ぜるゼフェルの手が止まり、フリーズした。

 冷や汗と脂汗が、顔中に伝う。

 そおう、たかたかたかっ、と、小走りに駆け寄ってくるのは……例の、少女だった。

「ぱぱ、ぱぱっ!!」

 きゃぃきゃい笑う少女が、ゼフェルの足のしがみついている。

「おっ、おい、アレって……」

「う、うん。どう見ても……」

 ふたりの少年がひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。

 腕の中のアンジェリークが、顔を上げようとするが……ゼフェルは、そんな事させじ、と、更に強くアンジェリークを抱きしめたりもしたのだが……。

「ゼフェルっ! 今晩、おあずけ」

 と、囁かれた日にゃ、力を弛めるしかない。

 男ゼフェル、情けなし。

 ゼフェルの腕からするりと抜け出したアンジェリークは、絶句する。

 そりゃ、そうだ。

 この色彩といい、ゼフェルを"パパ"と呼んで憚らない事といい……。

 アンジェリークがどんな表情で絶句しているのか、ゼフェルには確認する勇気がなかった。

 けれど、意外な事に、少女は……。

「まま?」

「……!?」

 誰に向かって言ってる!?

 と、思って振りかえろうとした次の瞬間。

「かっ、かわいいいっっ!!!!」

 アンジェリークの黄色い叫びが響いた。

「まま♪ ままぁ♪♪」

 ぎゅゅうっと、少女を抱きしめたアンジェリークと、それに嬉しそうにしがみつく少女。

 アンジェリークに変に誤解されないで良かったとも思ったけれど……何故、よりにもよって、アンジェリークを"ママ"と言う?

 これでは、まるで……。

「まるで、私達の子供みたいね☆」

 ゼフェルの言葉を代弁して、アンジェリークは無邪気に言った。

 なんだか、これでよかったの悪かったのか……新たな不幸がやってきたような気もするゼフェル。

 ◆◇◆◇

不幸その4。

 結局、身元不明の少女は、その身元と保護者が見つかるまで、鋼の守護聖邸で預かる事となった。

 身元不明の少女……本来なら、管理局が責任もって預かるものだろうが……アンジェリークが、是非にっ!! と、言いきって、引きうけてきたのだ。

 管理局側も、守護聖と女王補佐官などというはっきりした身分の者に、迷い子を預かってもらうのに否やがあるわけがない。子供も、アンジェリークとゼフェルに懐きまくっているし(引き離そうとすると、ぐずるのだ!)。

 まぁ、子供を預かる事については、別にいい。

 あれだけ可愛く懐かれれば、さすがにゼフェルだとて、情がわかないわかがない。

 だが……ゼフェルは、不機嫌だった。

 非常に、不機嫌だった。

 まずは子供を預かった日の夜の事……。

 翌日が休みの日は、新婚のふたりの事である、そりゃ、もう、朝まで、ラブラブ〜な時間を過ごすのが常であるのだが……。

「おめぇ、やっぱ、いい匂いがすんな……」

 なんて言って、風呂上りのアンジェリークを引き寄せ、抱きしめ、ゆっくりとベッドに横たえる。

「んっ、ゼフェル……」

 アンジェリークの方も、頬を染め、身をまかせている。まんざらでもなさそうだ。

 ちなみに、例の子供は、既に別の部屋に寝かしつけてある。

 ネグリジェの裾をたくし上げて行くと、象牙のように滑らかな足が現れる。

 何度触れても、心地いい。その柔らかさ、暖かさ……全てが。

「あ、ん……ゼフェルぅ」

 甘い甘い声は、誘い。

 ゼフェルは、はやる心を嗜め、優しくアンジェリークの唇に唇を重ねながら、彼女の胸の膨らみにやわやわふれる。

「んっ……ふっ……」

 唇を塞がれたまま、漏らす吐息は綿菓子のようにふわふわと甘く優しい。

 アンジェリークの腕が、ゼフェルの背を強く抱く。

 互いに強く、求め合う。

 ふたりが融け合う熱い夜は、これから………

 ――だったのだが……。

 突然、ドアが大きく開いた。

「まま、ぱぱっ!?」

 と、思ったら、例の舌ったらずな声が……。

「え?」

 真っ先に反応したのはアンジェリークだった。

 上にのっかるゼフェルを力任せに押しのけて置きあがると、闖入者を見つけて、微笑んだ。

「どうしたの、おチビちゃん」

 ――名前がわからないので、チビが定着している(まるで、犬か猫)。

「ままっ!」

 たかたかたかっと、小股で駆け寄ってくる子供を、腕を広げて待っているアンジェリークの表情は、まさしく母親。

 ところで、アンジェリークに突き飛ばされたゼフェルは、無様な格好のまま、ベットに転がっているしかなかった。

 ――おいおいおいお〜い……。

 新婚の夫、形無し。

「ねぇ?」

 子供を抱き上げたアンジェリークは、ふてくされてベッドに転がるゼフェルを上から覗き込んで、小首をかしげた。

「あ?」

 いささか、口調がぶっきらぼうになるのは致し方ない。

「おチビちゃん、ここに寝かせてもいい?」

「はぁ!?」

 ちょっとまてーーーー!!!!

 内心、叫んだ。

 今さっき、アレヤコレヤの途上で、邪魔されて、まだ未消化な欲情がくすぶっているというのに……。

「だって、ひとりじゃ寝られないのよ、まだ、こんな小さな子供……両親とはぐれて、かわいそうだわ。だから、ね?」

 アンジェリークに潤んだ瞳で懇願された上、「ぱぱ?」なんて、可愛く微笑まれたら……。

 ――寝かしつけてくればいいじゃねぇか!!

 なんて、言えるわけがなかった。

 でもって、結局、その日、ゼフェルとアンジェリークと子供は、川の字で寝る事となり、当然、ゼフェルの夜のお楽しみも、幻と消えた。

 それだけじゃない!

 土の曜日、日の曜日は大概、新婚の夫婦らしく、ふたりっきりでピクニックに出かけたたり、こそっと聖地を抜け出してショッピングに出かけたり……あるいは、日がな一日愛し合ったり……。と、まさに蜜月な日々を過ごすのだが…………。

「だ〜〜〜っ! もうっ!! こりゃ、なんじゃ〜〜!!!」

 叫ばずにはいられなかった。

『家族でお出かけin聖地庭園』

 ほのぼのとした陽気、庭園の芝生の上にシートを広げて、サンドイッチやクッキーやらが詰まったバスケットをその上に置く。そばに置いた水筒には、香ばしい紅茶が入っている。

 子供はピンクのボールにじゃれ、母親はその様子を見ながら微笑む。

 そして、父親は………………………。

「ねぇ、ゼフェル? ゼフェルってば??」

 芝生の上でふて寝している。

「怒ってる?」

 真上から覗き込んでくる新緑の瞳に、ゼフェルは瞳を細める。

「怒ってやしねーよ……」

 ムカムカはしてるけどな。

 内心、心の中で付け加えると、体を起して、ふっと息をつく。

「そりゃ、ここに来てたら、あいつの親も見つかるかもしれねぇしな……」

 分かってはいるけれど、ムカムカはする。

 かといって、そのムカムカの矛先は誰に向けるものでもないから、胸の中に押さえててはいるけれど。

「うん、見つかるといいね」

 微笑んだアンジェリークの表情に翳りが見えて、ゼフェルは首をかしげる。

「アンジェ?」

「ああ、ううん。ちょっと、寂しいな、って。たった一日だけど……本当に親子みたいだったから……」

 ――まだ、新婚一年も経ってないのに、いきなり子持ちはカンベンしてくれ〜! オレはもっと楽しみてぇんだからな!

 と、ゼフェルこそ泣きたい思いがしたが……本当に打ち沈んでいるアンジェリークに言えない。

「ぱぱ?まま?」

 ふいに、駆け寄ってくる子供の、無邪気な微笑みに、アンジェリークは母親の顔で微笑み、子供を抱きしめる。

 陽射しを浴びで、きらきらと、とても、綺麗だ。

 ――まんざらでも、ない。

「……まぁ、悪くはねぇけど……」

 照れながら、呟くのは、本心。

「けど、こいつも、はやく本当の親の所に帰りてぇだろ?」

 これもまた、本心。

 アンジェリークは哀しげに頷くばかり。

 ――仕方ねぇもんは、仕方ねぇ。

「まぁ、ガキなんてな、ヤってりゃそのうちできるもんだし……」

 と、呟いた言葉も本心だったが……目を見開いたアンジェリークに、思いきりむくれられた。

「スケベっ!」

「オレは素直なだけだ」

 ――そんなこんなで……この子供と、いつか別れる事への悲しみが先立つアンジェリークとゼフェルだったが……。

 

◆◇◆◇ 

 

 1週間が、過ぎた。

「どういうことだ〜!?」

 一向に、子供の身元が分からない。

 何度も管理局に催促しているが、返って来る答えは、いつも期待外れのもの。

 そのうち、アンジェリークが。

「いっそ、うちの子にしちゃわない!?」

 なんて、真顔で言い出した。

 おいおいおいおいおいおい(以下延々)〜〜〜〜!!!

 この1週間、3人はすっかり仲良し親子状態。

 昼間は子供は聖殿に連れて行って互いが忙しくない時に面倒を見る。でもって、夜は、川の字で就寝。

 つまりは……1週間も、お預け状態!

 結婚してからこの方、こんなに長期にわたるお預け状態はなかった。

 ゼフェル、おかしくなる寸前!!

 ……の、状態の土の曜日。

「ゼッ、フェ、ル〜! 遊びに来たよぅ〜!」

 よく知った同僚の声に、ゼフェルは顔をしかめた。

「なんで、あいつ……」

 ――こんな状況の時に、あいつの顔なんて、見たくねぇぇ!!

 と、思い、居留守を決め込もうとしたのだが。

「あら、皆様いらしたわ♪」

「は?皆様?」

「ええ、皆様♪ 私が、お呼びしたの♪♪」

「あ?」

 と、いうことで、まだマジマジと『問題の少女を』見たことのない、ものみ高い同僚連中が、アンジェリークの誘いにほいほいのって遊びに来たようだ。

「あらまぁ! ヤダ、ホント、ゼフェルにそっくりじゃない!」

 オリヴィエが、少女を覗き込んでにこりと笑う。

「いやいや、可愛らしい少女ですねえぇ。でも、目元なんかは、アンジェリークにも似ていません?」

 まるで、生まれたての初孫を見るじさまのように、呑気な声でルヴァは言う。

「でしょ!? 俺、もう、びっくりですよ!」

 ランディは、興奮冷め遣らない調子で息を弾ませている。

「かわいいよねっ! ね、ね、どこの子かな!?」

 マルセルは、自分より年下の子供が余程珍しいらしい。

 皆、少女を囲んで、口々に言い合っている。

 元々、機嫌のよろしくなかったゼフェル。彼らのかしましい声に、どんどん不機嫌のパラメーターは上がって行く。

 で……。

「おい、まさかと思うが、おまえ、お嬢ちゃんを泣かせるような事はしてないだろうな?」

 オスカーが仏頂面のゼフェルの耳元で囁くに至って……ゼフェルは、キレた。

「うっせ〜〜!! おめーら、おめーら……さっさと、出てけっ!!!」

 怒鳴り散らして、きょとんとする少女を取り囲む者達を、蹴飛ばすようににして追い払った。

 勿論、口々に不平を言ってはいたが……そんなもの、貸す耳は持たない。

 不機嫌、きわまりのないゼフェルだった。

「あれ? なんだ、皆さん、もう帰っちゃったの?」

 人数分の飲み物(カプチーノに緑茶に紅茶、コーラにココアと、見事にばらばらである)を持ってきたアンジェリークは、怪訝な眼差しをゼフェルに向けた。

 が、ゼフェル、弁解するような気分ではない。

「あいつら、うるせぇから追い出した」

「ええ!? そんな、失礼でしょ?」

「あいつらのが、失礼だぜっ!」

「だって、私がお呼びしたのよ!」

「勝手に呼ぶなよ!!」

 そんなこんなの、言い争いを続けていると……恐る恐る、初老の執事が来客をつげにやってきた。

「また、あいつらか!?」

「ゼフェル! 追い出したりしちゃ、ダメよ!?」

 言い争いの延長で、ゼフェルが部屋を飛び出そうとする前に、来客が姿を見せた。

 今度の来客は……かなり、意外な人物だった。

「ああ!?」

「ええっ!?」

 ふたりの女性が入ってきた。

 片方は、やたら長身の、火龍族の占い師サラ。

 もうひとりは………。

「ロザリアぁ?」

 女王陛下その人が、軽やかなな青のスーツ姿で立っていた。

「あなたたち、また喧嘩? 仲がいいのは結構だけど、子供の前でいけないわね」

 くすっと笑う。

「なんで、また、おめーが?」

 女王陛下に対して、なんとういう口調か・・・…と、叱り飛ばす輩は、今日はいない。

「サラさんまで、どうして?」

 首をかしげるふたりに、女王ロザリアと占い師サラは一度視線を交わして頷くと、女王がゆっくりと紅を刷いた唇を開いた。

「サラの占いと、パスハの調査により判明した事を、あなた達に報告にきましたのよ。・・・…朗報ですわ」

 小首をかしげて、ゆるやかに笑う女王陛下の、どこか意味を含んだ態度に、ふたりは、嫌な予感・いい予感半分づつを覚えた。

 ふたりに、もたらされる朗報とは……。

「その子のご両親が見つかりました」

 優雅な口調で言いきった女王の言葉に、ふたりは、押し黙った。

 そう、今の自分達にもたらされる朗報と言えば、これぐらいだろう。

 いつかくる別れ……いつも、心に留めてはいた。必ず来るものとして。

 けれど、実際、目の前で告げられると、寂しい。寂しいなんてものじゃない。

「そう、か……」

 暫くの沈黙の後、ゼフェルが言った。抑揚のない声だった。

 アンジェリークは、少女を膝に座らせたまま……固まっている。ひどく、強張った表情で。

「ええ、それで、本日中にご両親の元にお届けしますから……」

「すぐにか?」

「ええ。ご両親も心配されてます」

「……それじゃぁ……仕方ねぇ」

 ゼフェルは眼差しを伏せてアンジェリークを見やった。

 唇を震わせて何か言いたげなアンジェリーク……けれど、言葉が、出てこない。

 子供にとって、両親の元に戻る事が一番の幸福なのだと分かっていても……別れるのは、辛い。哀しい。寂しい。

 でも、自分達が今考えなければならないのは、この子供の幸福。

「ああ、分かった。それじゃぁ……さよなら、だな、チビ」

 何が起こっているか分からないままきょとんとする少女を抱き上げて、ゼフェルはサラに子供を渡した。

 占い師の女性は、そっと子供を抱きとめると、幼子を安心させるように、柔らかに笑う。

「ちゃんと、お届けしますから」

 淡々とした儀式のような別れ。

 誰も、感情を乱す事無く、それは終る。

 少し、不安そうな子供の表情に、ゼフェルは笑い、アンジェリークも無理した微笑を見せた。少女を、安心させるために。

 女王とサラはそんなふたりに眼差しで挨拶をして、踵を返した。

 そして、少女は……扉が閉まる寸前、サラの腕のなかから顔を覗かせ、例の舌足らずな声で言った。

「ぱぱ、まま、だいしゅきっ」

 少女なりに、この仮の両親との別れを理解したのかも、しれない。

 静かな音で扉が閉まった後、アンジェリークは……その場に崩れるようにしてしゃがみ込んで、泣き出した。

 嗚咽を抑えているけれど、その切なさは、ゼフェルにも十分伝わって……男が泣くわけにはいかなかったが、それでも……。

 アンジェリークの隣にかがんで、同じ気持ちでアンジェリークを抱きしめた。

 ◆◇◆◇

「本当のこと、言わなくて、よかったのかしら……」

 女王がらしくなく気弱に呟くのに、占い師の女性は瞳を細めて微笑んだ。

「言わなくても、よろしいじゃありませんの。どうせ、あと5年もしたら、あの子と再会出きるんですから」

「ええ……そう、ね。そうだわ……」

 女王が交代したばかりでいささか不安定になった力場によって、時空の狭間を縫って聖地にやってきた時の迷い子は、今、両親の元に帰った。

 ――そう、5年後の、世界へと。

「幸せな未来に、彼らはまた出あえるのだから……」 

 占い師サラの言葉は、近い未来、現実に……なった。

 

〜END〜


カウンター9000ヒットで桃鳥つばさ様よりいただいたリクエストを元に
書かせていただいた創作小説です。

<独り言・反省>

幸せな、新婚話?

――ですよね?

結構、ベタなネタかも・・・・・・。

これで、お許し下さいませ〜(泣)。

最近、子供ネタが多い気がします(^^;)。