『目覚め』 鳥の声が聞こえる。 緑豊かな蠱惑の森の中に巣くう小鳥が、日当たりの良い窓辺で一休みしているのだろう。 ヒタキだったか、ミソサザイだったか・・・前に教えてもらったけれど、寝起きの頭では答えにたどり着かない。 けれど、その元気の良い鳴き声に今日の天気が良好であると知れる。 昨日までの数日、少しばかりぐずついた天気だったから、この鳥の歌声は嬉しい物だった。 これで、約束通りふたりで街にお出かけしても、服や靴が濡れる事を気にしなくていい。手を繋いでそぞろ歩ける。 徐々にはっきりしてきた意識のまま、仰向いていた体をゆっくり横に傾げ、隣に眠るその人を見る。 緩やかに波打つ金の髪、同じ色の眉毛、長い睫。白い肌、掘りの深い造作。・・・恐ろしく綺麗なその人の寝顔を見て、改めて頬を染める。 一年、眠る彼の顔を見続けた。そこには必ず切なさがあった。眠り姫のように眠り続ける彼の、目覚めの刻がいつかは知れなかったからだ。 けれど・・・彼は遂に目覚めた。 今日も、きっともうすぐ目覚めて、群青色の瞳で見つめてくれるだろう・・・そこに愛おし気な色を滲ませて。 嬉しくて、幸せで・・・くすぐったくて。 見慣れたはずの寝顔が、どうしようもなく愛しくて。 それ以上見つめていると、顔の熱がますます上がってきそうで、彼女は体の向きを変え、火照った自分の頬を両手で包んだ。微笑みが止められない。 「・・・梓」 不意に腰を引き寄せられた。彼の体の熱が直接背中に伝わってくる。 肩口に彼の髪と肌の感触が触れ、かすれた声が間近に耳元をくすぐる。 「どうして、そっちを向くの?」 少しだけ笑いを含んだ声だった。 耳にかかった呼気が、熱い。 「お、起きてたの、ダリウス・・・」 「ん・・・」 彼の寝顔をじっと見ていた事を知られていた事が恥ずかしくて、ついどもりがちになってしまう。 「・・・今、起きた」 言葉と共に、ちゅ、と首筋にキスが落ち、梓は体を震わせた。 共寝するようになって一週間。 寝る前も、目覚めの時も、ダリウスは梓にキスを繰り返す。 彼女の熱を、存在を確かめるように。 「・・・っ、ダリウス、じゃあ、もう起きよう」 くすぐったくて、嬉しくて・・・梓は照れながら言うのに、彼女の腰に回った腕は動いてはくれない。 「もう少し、このまま・・・梓は、どこもかしこも手触りがいいから・・・」 それどころか、彼女の体を押さえつけながら、長い指が彼女の体を這い回り始めた。 「もっと、触れていたい・・・」 そろそろ動く指は腹部から胸のふくらみにゆっくり移動する。滑らかな質感の肌の上を滑るように。 「・・・んっ、だめ・・・」 身じろぎは、簡単に封じられる。 特異なまでの美貌を誇る鬼の首領は、繊細にも見える容姿とは裏腹に力強かった。 それが鬼の特性なのか、彼自身の特性なのか、梓はまだ量りきれていない。 「だ、ダリウス・・・朝から、だめだよ。朝食、食べに行かないと・・・」 首筋に彼の唇が触れる。熱い感触。 彼の手は今度は梓の腰から太腿を下って、両足の隙間を撫で上げている。 手の感触も、どうしようもなく熱い。触れられた部分から、自分が溶けてしまいそうだ。 肌を這い回るその手の動きは、昨晩も体中に注ぎ込まれた彼の熱情を思い起こさせ、彼女の思考を奪い始める。 「やっ・・・だめ・・・ほんと、に・・・」 はぁ、と熱い吐息がもれてしまった。 彼に触れられる事は嬉しい。 けれど・・・今は、もう朝だから。 梓は理性を総動員する。 この一週間、似たような朝を繰り返しているから、さすがに完全に流されていた数日前とは違うのだ、と揺れ動く思考を叱咤する。 「ダリウス・・・」 脚の付け根の傍で蠢くそれを梓は必死で捉え・・・精一杯つねり上げた。 「も、ばかっ」 「・・・っ・・・。今日は、また、手厳しい・・・」 やっと体からダリウスの熱が離れた・・・少しだけ、寂しいと思ってしまう。 「今日は、お出かけするんでしょう? せっかくいいお天気みたいだし、だらだらは、だめだからっ」 再び、彼に向き合うように体を反転させ、薄く細められた群青色の瞳に出会う。 不思議な光源を持つ彼の瞳は、彼の感情を何より如実に物語る事を、梓は知っている。 唇は苦笑いに崩れているけれど、瞳は・・・そう、幸せを表している。きっと、自分も同じ。 「・・・そうだね、続きはまた今夜にとっておくとするか」 くすっと笑って口にされた言葉に、梓は言葉を失くして顔を赤くせずにはいられない。 彼が目覚めてから二週間。 結婚式から一週間。 一年も眠っていたのが不思議なほど、以前通りなダリウスに梓は振り回されている。 ・・・それが、とても幸せだった。 「ねぇ、俺の運命・・・今日の目覚めの挨拶は?」 ダリウスのいたずらっぽい表情と口調に、梓は仕方ない、というように微笑んで・・・そっと、唇を重ねた。 おしまい |